【予告】観測記録 ― 少女の人生は、誰が記すのか
少女が生まれる。
産声を上げ。
小さな手を握り。
まだ自分の名を知らぬうちに、家族はその名を紙へ記す。
出生の日。
父母の名。
家の住所。
受け継ぐ血統。
記録官は欄を埋め、印を押し、少女がこの世界へ生まれたことを認める。
その日から、少女は名を持つ。
だが。
その名を最初に記すのは、少女自身ではない。
*
やがて少女は学校へ入る。
決められた制服へ袖を通し。
髪を整え。
襟を正し。
名簿に記された席へ座る。
教師は少女の名を呼ぶ。
少女は返事をする。
「はい」
その一言によって、今日もそこにいることが確かめられる。
遅刻。
欠席。
病気。
素行。
努力。
理解。
服装。
礼儀。
教師は少女を見て、帳面へ記す。
試験には点数がつき。
作文には評価がつき。
音楽には優劣がつき。
礼法には品位がつく。
優秀。
平凡。
不注意。
内気。
反抗的。
従順。
一度そう記されれば、その言葉は少女より先に、次の教師のもとへ届く。
教師は顔を見る前に評定を読み。
寮母は声を聞く前に素行記録を読む。
少女が昨日までとは違う人間になっていても。
紙の上では、昨日のままである。
*
学園を出れば、別の記録が待っている。
社交界は少女の評判を記す。
誰と話したか。
誰へ微笑んだか。
誰の招待を断ったか。
誰の隣で踊ったか。
言葉が多い。
笑い方が軽い。
視線が強い。
教養がある。
慎みがある。
良い家の娘である。
妻にふさわしい。
評判には公印がない。
照合番号もなければ、訂正を申し立てる窓口もない。
それでも評判は、正式な記録より速く広がる。
本人の知らぬところで複写され。
別の言葉を加えられ。
本人が否定するころには、すでに事実として扱われている。
人は、それを記録とは呼ばない。
だが。
少女の将来を決める力を持つならば。
それは記録と、何が違うのだろう。
*
やがて契約官が、少女の名を新しい書類へ記す。
家と家。
財産と財産。
土地と土地。
商会と商会。
祝福。
義務。
居住地。
相続。
同じ紙へ二人の名が並ぶまでに。
どれほど多くの者が、少女の人生を書き加えてきただろう。
家族は将来を選ぶ。
教師は能力を量る。
社交界は価値を決める。
契約官は、それらを正式な文面へ整える。
少女が何を望むかを尋ねるより先に。
少女のためだと言う。
守るためだと言う。
幸福にするためだと言う。
まだ若いから。
経験がないから。
危ういから。
間違えないように。
道を外れないように。
将来を損なわないように。
実に整然としている。
誰も少女を傷つけるつもりはない。
誰も少女の名を奪ったつもりはない。
ただ。
少女に代わって、書いただけである。
善意の筆は、悪意の刃より見つけにくい。
血を流さない。
悲鳴も上げさせない。
紙を破りもしない。
正しい欄へ。
正しい文字を。
正しい書式で記す。
そして最後に、本人へ差し出す。
これは、あなたの人生です、と。
*
では。
少女が、その紙を受け取らなかったならばどうなる。
決められた席を離れ。
教師が記した評価を疑い。
家族が用意した道から外れ。
他人が置いた場所から、自分の名を持ち出したならば。
人々は言うだろう。
反抗的である。
無分別である。
危険である。
誰かに惑わされた。
何も分かっていない。
それもまた、記録される。
少女が自分の人生を取り戻そうとした行為さえ。
別の者の手によって、別の意味へ書き換えられる。
ならば。
少女は、どこへ自分の意思を記せばよい。
家族の帳面か。
学校の名簿か。
社交界の噂か。
契約官の書類か。
あるいは。
まだ誰にも読まれていない、自分だけの一頁か。
*
ごきげんよう、読者諸君。
わたしは、イル=ヴァス。
記された言葉の裏側に。
記すことを許されなかった意思を観測する者である。
名簿に名前があれば、その少女はそこにいる。
欠席と記されれば、そこにはいない。
退学と記されれば、もう生徒ではない。
優秀と記されれば、その名には価値が与えられ。
不適格と記されれば、その名の前から道が消える。
実に簡単である。
実に正確である。
そして。
人間を、その者自身よりも紙の中へ閉じ込めるには、都合がよい。
だから、問おう。
自分の名を自分で記せぬ者は。
その人生の所有者と呼べるのだろうか。
名を呼ばれ。
決められた言葉を返し。
他人の筆で評価され。
他人の選んだ場所へ、その名を置かれる。
その少女は。
本当に、そこにいるのだろうか。
学園は少女の名を記す。
少女は、その名で返事をする。
ただし。
紙に記された少女と。
その場に立つ少女が。
同じ者であるとは限らない。
ならば、問おう。
その返事は――誰のものなのか。
題して――
十三人目は返事をする。




