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蒸都ヴァルテリアと偽装記録の探偵〜記録が嘘をつく街で〜  作者: 秋月キアラ
【予告】第4話 死ぬ前に届いた死亡記録
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【予告】観測記録 ― 人はいつ死者になるか

 探偵譚において、死亡記録とは結論である。


 事件が起こり。


 死体が発見され。


 医師が脈と呼吸を確かめる。


 身体に残された傷と、失われた熱を読み。


 いつ。


 何によって。


 どのように死んだのかを調べる。


 そうして一人の人間が死んだという事実は、紙の上へ移される。


 氏名。


 死亡時刻。


 死亡場所。


 死因。


 確認した者。


 必要な印と、照合番号。


 すべてが正しく記され。


 受理されたとき。


 その者は、都市においても死者となる。


     *


 肉体が死んでも。


 記録が生きていれば、名はまだ働く。


 口座は残り。


 雇用契約は続き。


 職員証も、病院の患者票も、その名を受け入れる。


 だから人間たちは、死者の記録を閉じる。


 賃金を止め。


 財産を凍結し。


 職員証を失効させ。


 生者の名簿から、その名を外す。


 死者と生者を分けなければ、都市の秩序は保たれない。


 では。


 その順序が逆になったならば、どうだろう。


 人が死んだから、記録を閉じるのではなく。


 記録を閉じたあとで、人が死んだならば。


     *


 その夜。


 ヴェルム=クロウの中央記録塔では、一台の新しい機械が動いていた。


 黒い煉瓦の塔。


 真鍮の歯車。


 壁の内側を走る気送管。


 穿孔された名票。


 蒸気圧で紙へ文字を打ちつける印字腕。


 その機械は、都市に散らばる人間の記録を、一つへ結ぶために作られていた。


 一つの場所で名を書き換えれば。


 その結果は、都市の各所へ届けられる。


 誰かが死ねば。


 都市全体が、同じ時刻にその死を受け入れる。


 人が名を書き誤り。


 番号を取り違え。


 死者を生者として残し。


 生者を死者として処理する時代は終わる。


 少なくとも。


 その機械を作った者たちは、そう信じていた。


     *


 午後十時三十一分。


 機械が、一枚の紙を吐き出した。


 正式な書式。


 正式な用紙。


 処理印も。


 照合番号もある。


 そこには、一人の男の名が記されていた。


 エリアス=フォルン。


 市政記録局外部安全監査官。


 四十三歳。


 死亡場所。


 ブラス重工商会中央記録塔。


 死因。


 工業設備内における圧力事故。


 死亡時刻。


 午後十一時十分。


 疑いようのない死亡記録だった。


 ただし。


 その記録に名を書かれた男は。


 機械の前に立っていた。


 自分の足で。


 自分の目で。


 自分の死亡記録を読んでいた。


 顔には血の気があり。


 胸は呼吸によって動き。


 紙を持つ指には、まだ体温があった。


「訂正してください」


 男は言った。


「私は、まだ生きています」


     *


 時計は、午後十時三十一分を指していた。


 死亡記録に書かれた時刻まで。


 三十九分。


 その紙は。


 まだ生きている男が、三十九分後に死ぬと記していた。


 殺人の予告か。


 誰かが入力した偽の記録か。


 それとも。


 新しい記録機械が、人間の知らない未来を先に照合したのか。


 塔にいた者たちは、機械を止めた。


 主動力を落とし。


 蒸気を閉じ。


 記録筒を封鎖した。


 警察官がいた。


 技師がいた。


 記録官がいた。


 商会の総帥がいた。


 そして。


 記録の矛盾を読む探偵も、そこにいた。


 機械は止まった。


 男は生きている。


 ならば、その死亡記録は。


 ただの誤記として終わるはずだった。


     *


 午後十一時十分。


 死亡記録に記された時刻が来た。


 男の心臓は、まだ動いていた。


 呼吸もあった。


 問いかければ、自分の名を答えることもできた。


 死亡記録は外れた。


 未来を予言する機械など、存在しなかった。


 死ぬと書かれた男は。


 書かれた時刻を過ぎても、生きていた。


 それで終わるはずだった。


 だが。


 午後十一時三十一分。


 エリアス=フォルンは死んだ。


 記録に書かれた場所で。


 記録に書かれた死因によって。


 工業設備内における圧力事故。


 死亡記録に記された時刻から。


 二十一分遅れて。


     *


 一枚の死亡記録がある。


 それは、男が死ぬ前に印刷された。


 男自身が、その紙を読んだ。


 記された死亡時刻が来ても、男は生きていた。


 そして二十一分後。


 紙に記された死因によって死亡した。


 時刻は外れた。


 結末だけが現実になった。


 ならば。


 その紙は、何を記録していたのだろう。


 まだ起きていない事故か。


 誰かが予定した殺人か。


 それとも。


 肉体とは別の何かが。


 午後十一時十分に、死者となったのか。


     *


 人は、いつ死者になるのだろう。


 心臓が止まったときか。


 呼吸が途絶えたときか。


 医師が死を認めたときか。


 それとも。


 都市がその名を、生きた人間の数から外したときか。


 肉体は生きている。


 だが。


 銀行は口座を閉じ。


 工房は職員証を無効にし。


 病院は患者として受け入れず。


 機械は、その者がそこにいることを認めない。


 そのとき。


 その人間は、まだ生者なのだろうか。


     *


 ごきげんよう、読者諸君。


 わたしは、イル=ヴァス。


 記された結果と。


 その結果へ人間を導いた構文のあいだを観測する者である。


 この事件に、未来を見通す神託は必要ない。


 死を予告する呪いも。


 人間の運命を書き込む魔導機械も必要ない。


 あるのは。


 一台の記録機械。


 一枚の死亡記録。


 その記録を、自らの手で読んだ一人の生者。


 そして。


 記された死因を現実へ変えた、誰かの意思だけである。


 観測神格イル=ヴァスは、ここに第四の事件を開く。


 死亡記録は、男が死ぬ三十九分前に届いた。


 記された死亡時刻を過ぎても、男は生きていた。


 だが、その二十一分後。


 男は記録どおりの事故によって死んだ。


 ならば、問おう。


 その死亡記録は、男の死を知っていたのか。


 それとも。


 男を、そこへ連れていったのか。


 題して――


 死ぬ前に届いた死亡記録。

挿絵(By みてみん)

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