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第6節 ― 犬は三度、同じ車輪を嗅ぐ

 東部保守機関庫の検査線には、夜明けというものがなかった。


 煤けた硝子屋根の下を白い蒸気が絶えず流れ、溶鉱炉の赤い光と吊り下げられた蒸気灯が、油に濡れた軌条を照らしている。外の空が夜から朝へ変わっても、ここでは機関車が入るか、出るか。それだけが時間を区切っていた。


 検査線の中央には、車体の下へ潜るための点検溝が口を開けている。周囲には大型の締結具、水圧式昇降器、油缶、煤落としの鉄箒。交換を待つ車輪が、人間よりも大きな黒い円となって壁際へ並んでいた。


 ブラムは検査線の手前へ座っている。


 落ち着いてはいたが、眠ってはいない。蒸気弁が開くたびに耳を動かし、遠くで車輪が軌条の継ぎ目を踏むたび、わずかに鼻を上げる。


 ミラベルはその横へしゃがみ、手帳の新しい頁を縦線で二つに分けた。


 左に、確認した行動。


 右に、まだ確認できない意味。


 エレノアが肩越しに覗き込む。


「また表にするの?」


「三台の反応を比べるためです」


「走った。止まった。嗅いだ、では足りない?」


「どこを、いつ、どれくらい嗅いだのかが必要です」


「私は覚えているわ」


「三日前、十二号を見たとき、ブラムが何秒間どちらの車輪を嗅いだかも?」


 エレノアは口を開きかけ、閉じた。


「……左だったことは覚えてる」


「では、残りは記録で確認します」


「感じが悪いわね」


「事実です」


「そこまで兄さまに似なくてもいいのに」


 ミラベルのペンが一瞬止まった。


 顔を上げるより先に、グレアムが二人の間へ分厚い入庫予定表を差し込む。


「喧嘩なら外でやれ。ここで足を滑らせたら、車輪の下だぞ」


「喧嘩ではありません」


「ミラベルが私の記憶力を侮辱しました」


「記憶だけでは比較できないと言ったんです」


「同じでしょう」


「違います」


「始まったな」


 グレアムは低く唸り、予定表を検査台へ置いた。


 第四六号機関試験車。


 第十二号廃材輸送車。


 第八号空車回送。


 三台を一度に運行から外す許可は下りなかった。


 事件は成立しておらず、事故も起きていない。誤字と犬の反応だけを理由に三つの保守区を止めれば、夜間工事だけでなく、始発前の線路点検にまで影響が出る。


 そのため、三人は各車両が東部機関庫へ入庫する時刻に合わせ、一台ずつ現物を確認することになった。


「最初は四六号です」


 ミラベルが懐中時計を開く。


「入庫予定まで、あと三分」


「予定は予定だ」


 グレアムが機関庫の奥を睨んだ。


「鉄道局の三分は、警察の三十分より正確ですよ」


 エレノアが言う。


「警察が遅いんじゃない。事件が時刻表どおりに起きんだけだ」


「犯人へ時刻表を配れば?」


「お前には二度と警察制度の提案をさせん」


 作業ベルが二度鳴った。


 整備員たちが工具を引き、点検溝の両側へ退く。


 高い鉄扉の向こうから、白い蒸気の塊が押し入ってきた。


 前照灯。


 短い煙突。


 黒い車体。


 正面の真鍮枠には、白い文字の番号札。


 四六。


 第四六号機関試験車が、低い唸りを上げながら検査線へ入ってきた。


 車輪が軌条の継ぎ目を越える。


 カタン、カタン、……カタタン。


 一定の音の中へ、一度だけ短い音が挟まる。


 機関車は整備員の手旗に従って速度を落とした。制動靴が鉄輪へ触れ、鋭い金属音を立てる。


 完全に停止するより先に、ブラムが立ち上がった。


「動いた」


 エレノアが声を抑える。


 ブラムは車体正面へは向かわなかった。


 番号札を見上げず、蒸気を避けるように左側へ回り込む。


 前方の大きな動輪。


 左前輪。


 正確には、車軸を覆う軸受け箱と車輪の内側が接する辺りへ、鼻先を近づけた。


 一度、深く息を吸う。


 位置を少し変え、もう一度。


 続いて車輪の下へ頭を下げ、耳を軌条へ向けるような姿勢で動きを止めた。


 ミラベルは時計を見た。


「十七秒」


「何が?」


「最初に鼻を近づけてから、顔を上げるまで」


 ブラムは左前輪から離れると、車体のほかの場所へは興味を示さなかった。


 右側の車輪も。


 煙突も。


 運転台も嗅がない。


 少し離れた位置へ座り、機関車を見ている。


「左だけね」


 エレノアが言った。


 ミラベルは手帳の左欄へ書く。


 四六号。


 入庫直後に起立。


 車体左側へ移動。


 左前輪軸受け付近を二度嗅ぐ。


 十七秒。


 ほかの部位への反応なし。


 右欄には、考えられる対象を並べた。


 油。


 車輪。


 車軸。


 音。


「犬が古い油の匂いを覚えているだけですよ」


 腕の太いドワーフの整備主任が、汚れた手袋を外しながら近づいてきた。


「ベルナー主任が使っていた頃から、ブラムは機関車の足回りを嗅いでいました」


「どの車両にも同じ油を?」


「古い保守機関車には、樹脂入りの潤滑油を使うことがあります。匂いが強いから、犬が覚えていても不思議ではない」


 主任が軸受け箱を開く。


 熱を持った油から、松脂に似た匂いが立った。


 ブラムの鼻がわずかに動く。


「左前輪だけを嗅ぐ理由は?」


 エレノアが尋ねた。


「たまたまでしょう」


「三夜とも、三つの番号へ同じ反応をしています」


「同じ型の機関車なら、似た場所へ似た油が入っています。犬に区別できるものと、できないものがあるのかもしれません」


 柔らかな答えではなかったが、筋は通っている。


 ミラベルは主任の許可を得て点検溝へ下りた。


 左前輪の縁へ蒸気灯を向ける。


 鉄の表面に、髪の毛ほど細い亀裂が一本走っていた。


「これは?」


「表面傷です。深さも測定済みで、運行に支障はありません」


「音の原因には?」


「古い車輪ですから、傷がなくても多少は鳴ります」


 主任は鉄槌で車輪を叩いた。


 澄んだ金属音が検査線へ響く。異常を示す濁りはないらしく、整備員は点検票へ検印を押した。


「少し動かしてもらえますか」


 ミラベルが頼んだ。


 主任が手旗を振る。


 四六号が試験位置までゆっくり前進する。


 車輪が一回転する。


 カタン。


 次の回転。


 カタン。


 少し間を置いて。


 カタタン。


 音は、軌条の一か所を通ったときだけではなかった。


 車輪の回転に合わせて戻ってくる。


 ブラムも左前輪に並んで数歩進み、軸受けから鼻を離さなかった。


「車輪の傷か、軸受けのどちらかへ反応している可能性があります」


 ミラベルが言う。


「両方かもしれないわ」


「そうかもしれません」


「やっと素直に認めた」


「可能性をです」


 グレアムが整備主任へ向き直る。


「車台番号と車軸番号を確認できるか」


「現物ならできます」


 車台番号は点検溝側の銘板。


 車軸番号は、軸受け箱の内側にある管理刻印へ記されているという。


 主任が読み上げ、ミラベルは二つの番号を手帳へ記録した。


 どちらも四六という運行番号とは異なる。


 運行番号は列車へ与えられた名であり、車体と車軸を識別する製造・管理番号とは別のものだった。


 四六号の点検が続く間、グレアムは中央保守区と西部貨物区へ伝送照会を出した。


 返答はほどなく届いた。


 第十二号。


 中央旧坑道接続路にて作業中。


 正面番号札、十二。


 側面所属板、中央保守区。


 第八号。


 西部貨物転送路を回送中。


 正面番号札、八。


 側面所属板、西部貨物区。


 いずれにも、現地係員の署名がある。


「いま、ここに四六号がある」


 グレアムは通信票を検査台へ置いた。


「同じ時刻に十二号は中央、八号は西部だ」


 エレノアが二枚を見比べる。


「車台番号は?」


「照会していない」


「車軸番号も?」


「ない」


 簡易照会で現地の係員が確認したのは、外から見える正面番号札と側面の所属板だけだった。


 車体下へ潜り。


 油を拭き。


 管理刻印まで読み取ったわけではない。


「では、向こうで確認されたのは、十二と書かれた番号札と中央保守区の板。それから、八と西部貨物区の板だけ?」


「それでも現物確認には違いない」


 グレアムが答える。


「だが、車台と車軸までは確認しておらん」


 通信票は、三台が別の場所にいたことを強く支える。


 同時に。


 確認された範囲も、はっきりした。


 番号札。


 所属板。


 外側から読める二つの標識だけだった。


 四六号は点検を終え、低い蒸気を吐きながら検査線を出ていく。


 カタン、カタン、……カタタン。


 ミラベルは音が消えるまで聞き、手帳の余白へそのまま記した。


     ◇


 第十二号が入庫したのは、二時間後だった。


 低い貨車を引く機関車が、灰色の煙をまとって現れる。


 正面の番号札は十二。


 煙突は四六号より太く見え、前照灯には丸い覆い。側面には中央保守区の識別板が取り付けられていた。


 外見だけなら、先ほどとは別の機関車だった。


「今度は、音を先に聞くわ」


 エレノアが線路へ耳を向ける。


 十二号が検査線へ入る。


 カタン、カタン、……カタタン。


「同じ」


 声とほとんど同時に、ブラムが立ち上がった。


 迷わず車体左側へ回り込み、前から一番目の動輪、その軸受け箱へ鼻を寄せる。


 一度。


 二度。


 顔を下げ、車輪の内側を確かめる。


「十九秒」


「二秒違う」


「完全に同じ動作ではありません」


「でも、同じ場所よ」


「ええ」


 軸受けからは、四六号と同じ樹脂入り潤滑油の匂いがした。


 左前輪の縁にも、似た位置へ細い表面傷がある。


 整備主任は肩をすくめた。


「同型車です。同じ規格の車輪を使い、大きな整備はこの機関庫で行う。油も、摩耗の仕方も似ます」


「同じ軌条へ入ってきたから、音も似る?」


 エレノアが尋ねる。


「その可能性もあります」


 同型の機関車。


 共通規格の車輪。


 同じ機関庫で補充された潤滑油。


 同じ検査線。


 三台が別の車両でも、ブラムが似た反応を示す理由にはなる。


 ミラベルは右欄へ、その四つを記した。


 ただし。


 似ているのは匂いだけではない。


 ブラムが嗅ぐ位置も。


 車輪一回転ごとに挟まる短い音も、四六号と重なっていた。


 グレアムが再び遠隔照会を出す。


 第四六号は東部試験線。


 第八号は西部貨物区。


 返ってきたのは、やはり正面番号札と所属板の確認だった。


 車台番号も。


 車軸番号も書かれていない。


 第十二号は点検を終えると、中央保守区へ戻っていった。


 その車輪も。


 カタン、カタン、……カタタン。


 と同じ間隔を残した。


     ◇


 第八号が西側の入庫門から姿を現したのは、始発列車が動き出す直前だった。


 空の貨車を引く機関車。


 正面の番号札は八。


 煙突には細い飾り輪。


 前照灯は四角い覆い。


 側面には西部貨物区の灰色の所属板。


 三台目も、外から見える姿は違っていた。


 エレノアは目を閉じた。


 機関車が近づく。


 カタン、カタン、……カタタン。


 目を開く。


「同じ」


 ブラムが立ち上がった。


 車体左側へ回り。


 左前輪。


 軸受け箱の下。


 三度目も、同じ位置へ鼻を寄せる。


 十五秒。


 匂いを確かめたあと、車輪が止まっているにもかかわらず、しばらく耳をその近くへ向けていた。


 三つの番号。


 三つの外見。


 三度とも、犬は左前輪だけを調べた。


「たまたまではありません」


 エレノアが言った。


「同じ位置へ反応していることは、偶然では説明しにくくなりました」


「それを、たまたまではないと言うのよ」


「ですが、同じ機関車とはまだ断定できません」


「音も、匂いも、傷も同じでしょう」


「似た不具合を持つ同型車かもしれない。同じ油を使った三台かもしれない。左前輪を確認するよう、ヨアヒムさんが訓練していた可能性もあります」


 整備主任が八号の左前輪を検査する。


 樹脂入り潤滑油。


 縁の細い表面傷。


 点検上は異常なし。


 三台目にも、代替説明は成立した。


 それでも。


 偶然が一つずつ重なるほど、説明は苦しくなる。


 グレアムは顎髭を撫で、八号と入出庫表を見比べた。


「三台あると言うなら、三台並べれば済む話だ」


「それができないのよ」


 エレノアが予定表を指す。


「一台を見ている間、ほかの二台は必ず別区画を走っていることになってる」


「呼び戻せ」


 グレアムが整備主任へ命じた。


「四六号と十二号を、ここへ入れろ」


「運行局の許可が要ります。四六号は試験線、十二号は中央の廃材積込みへ戻っています」


「一時間でいい」


「始発前の保守作業中です。三台の次回入庫時刻も揃いません」


 グレアムは伝送台へ向かい、三地区へ追加の照会を送った。


 正面番号札。


 所属板。


 車台番号。


 車軸番号。


 すべてを現地で確認するよう求める。


 だが、返答はすぐには来なかった。


 車台番号は点検溝へ入らなければ読めず、車軸番号は軸受け箱を開ける必要がある。走行中や作業中の車両へ、簡単に確認できるものではなかった。


 最初の遠隔照会で確認されたのは。


 番号札と所属板だけ。


 それらが取り付けられた車体そのものではない。


「三台あることを証明する記録は、何枚もあるのに」


 エレノアが八号を見る。


「三台の車体が同時に存在するところは、誰も確認していない」


 グレアムは否定しなかった。


 ミラベルは三台分の記録を机へ並べた。


 四六号。


 左前輪、十七秒。


 十二号。


 左前輪、十九秒。


 八号。


 左前輪、十五秒。


 三台とも、樹脂入り潤滑油。


 三台とも、左前輪の縁に細い表面傷。


 三台とも、


 カタン、カタン、……カタタン。


「断定できることは二つです」


 ミラベルは左欄を指した。


「ブラムは三台すべての左前輪へ反応しました。そして三台とも、車輪の回転に合わせて似た不規則な音を立てています」


「同じ音よ」


「そう聞こえました。ただし、正確な音響記録はありません」


「まだ慎重なのか」


 グレアムが問う。


「三台が別々に存在するという運行記録もあります」


「現物を三台同時には見ていない」


「ええ」


「遠隔で確認したのは?」


「番号札と所属板だけです」


「なら、まだ何が足りん」


 ミラベルは三枚の運行票へ目を落とした。


「外側の名前ではなく、車体そのものを照合する番号です」


 車台番号。


 車軸番号。


 番号札を掛け替えても変わらないもの。


 だが、いま手元にあるのは、現物確認した三台それぞれの番号ではなかった。


 四六号についてだけは、検査中に記録している。


 十二号と八号は、目の前で番号を確認しようとした時点には、すでに次の運行準備へ回されていた。整備台帳の閲覧にも、改めて許可が要る。


「三台を、同じ基準で確認できていない」


 ミラベルが言う。


「だから、同じとも、別とも決められません」


 八号の点検が終わった。


 機関車が蒸気を吐き、検査線を離れていく。


 カタン、カタン、……カタタン。


 ブラムはその音を見送ったあとも、列車の進んだ方角を追わなかった。


 耳を動かす。


 検査線の外。


 犬舎跡の方向へ顔を向けた。


 そして、歩き出す。


「ブラム?」


 エレノアが呼ぶ。


 犬は止まらない。


 前夜までの巡回と同じように、外周の鉄柵へ沿って進み、保守犬用の低い通用口を抜けた。


 その先に、使われなくなった古い水入れがある。


 三夜の巡回で、ブラムが毎回、底を嗅いでいた水入れ。


 新しい犬舎が工房の反対側へ移されたあとも、低い金属台へ固定されたまま残されている。


 ブラムは縁から水を飲もうとはしなかった。


 鉢と台の隙間へ鼻先を差し込み、低く息を吐く。


 前脚で台の側面を一度押した。


 鈍い金属音。


 さらに、爪を底板へ掛ける。


「そこに何かある」


 エレノアがしゃがみかけた。


「触らないで」


 ミラベルは整備主任を呼び、発見時の位置を手帳へ記した。


 古い水入れ。


 使用停止。


 台へ固定。


 ブラムが三夜とも底部を確認。


 主任が固定具を外す。


 二人の整備員が、重い鉢を台から持ち上げた。


 水入れの底には、薄い金属板が重ねられている。錆と煤に固着していたが、その端だけがわずかに浮いていた。


 ブラムが鼻を差し込んでいた場所だった。


 主任が細い工具を入れる。


 金属板の下から。


 油紙へ包まれた、小さな真鍮片が出てきた。


 長さは指二本ほど。


 四隅を不揃いに切られ。


 片面へ、数字と文字が刻まれている。


 ミラベルは手袋を借り、真鍮片を受け取った。


「運行番号ではありませんね」


 四六。


 十二。


 八。


 そのどれとも形式が違う。


 整備主任が刻印を覗き込んだ。


「車軸の管理番号に使う並びに見えます」


「どの車両のものです?」


「この数字だけでは分かりません。車軸台帳と照合しないと」


「四六号の左前輪とは?」


 ミラベルが手帳を見る。


 先ほど現物から控えた番号。


 真鍮片の刻印。


 一致しなかった。


「少なくとも、先ほど四六号として検査した車軸の番号ではありません」


 主任が答える。


「十二号と八号は?」


「現物の車軸番号を控えていません」


 遠隔照会にも。


 運行票にも。


 二台の車軸番号は記されていない。


 だから、この真鍮片がどの機関車を示すのかは分からない。


 現在も使用中の車軸か。


 交換済みの古い部品か。


 三台のいずれかと関係するものか。


 それさえ、この場では断定できなかった。


 ただし。


 ブラムが毎夜確認していた水入れの底から。


 人間が外側へ掲げる運行番号ではなく。


 車輪そのものを識別する番号が見つかった。


 ミラベルは真鍮片の刻印を、一字ずつ手帳へ写した。


「ヨアヒムさんが隠したのかしら」


 エレノアが尋ねる。


「まだ分かりません」


「でも、ブラムはこれを知っていた」


「この場所に何かがあると覚えていた可能性は高いです」


 ミラベルは、真鍮片を発見時の油紙へ戻した。


 犬が数字を理解していたわけではない。


 車軸番号の意味を知っていたわけでもない。


 ただ。


 主人から教えられた場所を。


 毎夜、同じ順序で確かめていた。


 グレアムは水入れと真鍮片を見比べた。


「これで事件になるか?」


「まだです」


 ミラベルは答える。


「番号が何を指すか確認できていません」


「三台のどれかかもしれない」


 エレノアが言う。


「どれでもないかもしれません」


「では、次は台帳?」


「車軸台帳と、三台の現物番号を照合します」


 ミラベルは検査線の向こうを見る。


 四六号。


 十二号。


 八号。


 三つの運行番号は、別々の部署の紙へ属している。


 水入れから見つかった番号は。


 まだ、どの列車にも属していない。


 だが。


 三つの列車を外から見分ける番号とは違い。


 車輪そのものへ結びつく可能性がある。


 エレノアは真鍮片を包んだ油紙を見つめた。


「三台を同時に並べられないなら」


 東部。


 中央。


 西部。


 夜間運行図の三つの区画が、彼女の目の中でつながっていく。


「この番号が通った道を調べればいい」


 ミラベルは頷かなかった。


 まだ、それが現在走っている車軸の番号だとは確認されていない。


 それでも。


 次に調べるべきものは明らかだった。


 番号札ではない。


 所属板でもない。


 外から付け替えられる名前ではなく。


 車輪とともに、どこから来て、どこへ消えたのか。


 その履歴だった。

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