第10節 ― イル=ヴァスの問い
ここで、記録を止めよう。
歯車が止まるわけではない。
運河の水は、変わらず海へ流れ。
港では荷役人が縄を引き、書記が船名を書き写している。
止まるのはただ。
ここまでを読む者へ開かれていた、事件の頁である。
必要な手掛かりは、すでに置かれた。
すべてが架空だったわけではない。
霧笛は存在した。
船籍票は真正だった。
貨物も。
船員名簿へ記された名前も。
ユリウスの手に残った紙片も。
すべて、本物である。
ただし。
本物の断片が、正しい場所へ置かれていたとは限らない。
問おう。
灰鷺号の霧笛は、事件の夜、何へ接続されていたのか。
霧の上へ突き出していた檣の影は、本当に船体から伸びていたのか。
機械が船体を見ず、船名票だけを読んで動くなら。
あの夜、閘門室を通過したものは何だったのか。
午後四時十分。
内陸側から第三十七倉庫へ入った貨物が。
なぜ午前零時に入港した船の積荷となったのか。
船員名簿にある名前は、架空ではない。
では。
西港で働き、そこで消えた者たちは。
なぜ《灰鷺号》へ乗ったことにされたのか。
三年前に船体を失った船籍を。
異議を重ねて生かし続けることで。
誰が、何を可能にしたのか。
ユリウスが握っていた灰色の紙片は。
誰の管理下にあった書類から。
どの場面で引き裂かれ、なぜユリウスの手に残ったのか。
そして。
保存槽から上流運河の外口まで続く、大型洗浄排水渠。
新しい工具傷を残した格子の向こうを。
何が通ったのか。
霧笛。
檣。
船名票。
貨物。
人間の名前。
閉じられなかった船籍。
破れた紙。
暗い大型洗浄排水渠。
一つずつは。
すでに観測されている。
あとは、それらを。
本来あるべき場所へ戻せばよい。
答えは、まだ記さない。
読者諸君。
この事件は、すでに解ける。
観測記録は、ここで一度閉じられる。




