↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
131/228

第10節 ― イル=ヴァスの問い

 黒鴉館二階。


 ミラベルのペン先が、二百十四人目の名前へ向かう。


 レオンは、ノクス=モリアンの論文を机へ置く。


 窓の外では、霧を裂いて高架鉄道の汽笛が鳴った。


 彼らの時間は、まだ流れている。


 だが。


 あなたへ届けられる記録は、ここで一度、頁を閉じる。


 ごきげんよう、読者諸君。


 わたしは、イル=ヴァス。


 ここで、記録を止めよう。


 新しい証拠は加えない。


 語られていない人物も。


 神の奇跡も必要ない。


 必要なものは、すでにあなたの前へ置かれている。


 一。


 ローデン家霊廟の扉は破られていない。


 石棺の上蓋を封じた家封も。


 市封印も。


 接合部も損なわれていなかった。


 二。


 シラス=モーンの靴には、第一環の地上区画には存在しない赤褐色の土が付着している。


 よく似た泥は、地下納骨環の排水溝に残っていた。


 三。


 死体は仰向けで発見された。


 だが。


 死斑は身体の左側へ偏り、発見時の姿勢と一致しない。


 シラスは、死後の一定時間。


 左側を下にして置かれていた。


 四。


 石棺の内張りは古い。


 だが。


 底部の布だけが、新しい糸で縫い直されている。


 その布は。


 石棺本体ではなく。


 鉄枠へ収まった木製の底板と一体になっていた。


 五。


 シラスの胸に置かれていた、ノア=フェルの埋葬札。


 区画番号には。


 元の数字へ重ねて打刻した痕跡がある。


 享年を示す「七」は。


 ほかの数字よりわずかに傾き。


 上端の角が欠けていた。


 六。


 ノアの墓は、空ではなかった。


 だが。


 そこに納められていた遺骨は。


 現場での予備検分では、小柄な老年のドワーフ女性である可能性が極めて高い。


 少なくとも。


 十七歳のエルフ男性ではない。


 七。


 体表温度から受ける印象と。


 死後硬直の進み方は一致しない。


 体表温度だけでは。


 死亡時刻を確定できない。


 外套の外側に、雨へ打たれた跡はない。


 だが。


 内側には湿気があり。


 左袖には、緑青に似た汚れが残されている。


 地下第二納骨環には。


 冷たい気流と。


 緑青の浮いた旧冷却通風管がある。


 八。


 旧棺昇降機は、十五年前に廃止され。


 撤去されたと記録されている。


 しかし。


 機械は地下へ残っていた。


 手動で動作し。


 歯車には、比較的新しい潤滑油がある。


 その昇降台は。


 ローデン家専用の縦坑を上り。


 石棺の底へ接触した。


 底部の木板と内張りは。


 地下から押された力に合わせ。


 一体となって、わずかに動いた。


 完全には開いていない。


 底面側の留め具が。


 実際に解除され、再び固定できるかも。


 まだ確認されていない。


 九。


 地下移管を示す鉛筆の印は、正式な記号ではない。


 確認された印は。


 いずれもマレク=ドーンが記入した頁。


 または、主任として確認した頁に残されている。


 ただし。


 彼がすべてを書いたという証明にはならない。


 十。


 シラスは、報告を予定していた前夜。


 マレク=ドーンとの最終確認を予定していた。


 そして。


 灰環大墓苑の旧運用覚書には。


 ノクス=モリアンの論文から、前半だけが引用されていた。


 法が保全するのは、死体そのものではない。


 死者の名と、埋葬された場所との関係である。


 その原文は、そこで終わっていない。


 名と場所の関係を切断した者は。


 死体を盗んだのではない。


 死者が存在した場所を盗んだのである。


 以上。


 記録された事実を疑う必要はない。


 疑うべきは。


 その事実が、どこへ所属しているかである。


 では、読者諸君。


 石棺は、本当に密室だったのか。


 死体は、いつ石棺へ入れられたのか。


 ノア=フェルの札は、誰を示すために置かれたのか。


 墓碑。


 遺骨。


 埋葬札。


 区画台帳。


 長年の墓所不正において。


 犯人が守ろうとした記録は、どれか。


 そして。


 石棺へシラスの死体を入れた方法と。


 長年の墓所不正で。


 死者を移し。


 その移動を隠した方法は。


 同じ地下設備と。


 同じ記録の仕組みによって。


 守られてはいないだろうか。


 答えを語れば、これは記録になる。


 問いを残せば、これは事件になる。


 さあ。


 観測を再開しよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。