観測記録 ― 墓碑は死者を指す
人は、死者を土へ埋める。
だが。
土は、その者の名を覚えない。
雨が降れば沈み。
草が根を張れば割れ。
長い歳月の末には、骨さえも大地の一部となる。
ゆえに人は、石を立てる。
硬い石の表面へ、名を刻む。
誰が生き。
いつ死に。
どこへ葬られたのか。
忘れぬために。
取り違えぬために。
その死者が、確かに存在したと証明するために。
墓碑へ刻まれた名は、そこに死者がいることを示す。
少なくとも。
生きている者は、そう信じて墓前に立つ。
花を置き。
言葉を残し。
返事のない石へ、失った者の名を呼びかける。
だが。
墓碑に刻まれているものは、死者そのものではない。
誰かが、そこへ刻むことを選んだ名前である。
石工が鑿を振るい。
記録官が台帳を照合し。
遺族が間違いないと認め。
都市が、その名をその場所へ所属させる。
それによって初めて。
一つの墓と、一人の死者が結ばれる。
ならば。
名が正しく。
記録も正しく。
墓碑が、長い年月を同じ場所で過ごしていたなら。
その下に眠る者もまた、正しいのだろうか。
墓碑は、誰が眠るかを語る。
だが。
墓碑の下に誰がいるかを、石は見ていない。
翌朝。
夜半の雨に濡れた、ヴェルム=クロウ市立《灰環大墓苑》。
名家の霊廟が並ぶ第一環で。
二十九年間、封じられていた石棺が開かれる。
その中には、新しい死体がある。
わたしは、この記録を開く。
題して――
墓碑には別人の名がある。




