第11節 ― イル=ヴァスの問い
わたしが止めたのは、時間ではない。
記録である。
証拠室の蒸気灯は、白い光を落とし続けている。
グレアムは扉へ向かおうとしていた。
ミラベルは手帳を閉じた。
レオンは、黒板に並んだ二人の名を見ている。
次の瞬間。
彼らは歩き。
問い。
否定し。
紙を動かした手へ、答えを求めるだろう。
だが、その前に。
わたしは、ここまでに記された事実を、あなたの前へ置こう。
*
アルヴィン=ヴェインは、記録の上では四年前に死んでいた。
だが彼は生きていた。
事件の三日前、妹へ手紙を書き。
昨夜、東倉庫の契約室へ現れ。
ヴェイン家の青いインクで、自らの名を記した。
そして、その直後。
後頭部を殴られ、本当に死んだ。
高架下の死体には、一枚の契約書が残されていた。
署名欄だけが焼かれ、その上には青い粒があった。
だが、そこに署名は存在しなかった。
筆圧も。
紙へ染み込んだインクもない。
残されていたのは、青色吸取砂だけだった。
誰かが署名を焼いたのではない。
空白を焼き、名があったように見せかけたのである。
*
中央記録院の《土地権利放棄・旧移転追認契約書》には、アルヴィン本人の署名がある。
筆跡も。
筆圧も。
青いインクも。
すべて本物だった。
しかし、シェリルが預かっていた控え割符には、
《生存確認・土地権利再審申立書》
と記されている。
控え割符と、土地放棄契約へ取りつけられた提出署名片。
番号。
透かし。
切断面。
そのすべてが一致した。
二つは、もともと一枚の署名票だった。
アルヴィンが署名したのは、生存を認めさせ、四年前の土地移転を止めるための申立書である。
だが、彼の本物の署名片だけが切り離され。
同じ番号を持つ土地放棄契約へ移されていた。
署名は偽造されていない。
偽装されたのは、署名の居場所である。
*
エドモンド=ブラスウェルは、アルヴィンの署名手続に立ち会った可能性が極めて高い。
そして事件後。
商会の馬車を使い、アルヴィンの死体を高架下へ運んだ。
蒸気排水弁を開き、事故に見える現場を作った。
車輪痕。
赤土。
運搬布。
測量杖の真鍮片。
商会工具の痕。
それらは、彼が死体運搬と現場偽装へ関与したことを示している。
しかし。
アルヴィンが殺された時刻。
エドモンドは商会本館の会議室にいた。
出席者の証言。
入退室記録。
会議中の発言。
各頁へ残された署名。
彼のアリバイは真正だった。
死体を運んだ者と。
死体へ変えた者は。
同じであるとは限らない。
*
アデラ=ロームは、提出署名片を扱うことができた。
旧式番号機は、彼女の管理下から失われていた。
記録院にいたというアリバイは存在する。
だが、その記録を書き、管理していたのは彼女自身だった。
アデラの携帯照合圧印器。
その底面は、アルヴィンの後頭部に残された傷と一致した。
器具の内部には。
東倉庫地区の赤土と。
アルヴィン由来と判断された、血のついた毛髪が残されていた。
圧印器は、事件後に洗浄されている。
さらに。
アルヴィンの死後、偽の土地放棄契約が東倉庫から記録院へ発送された。
その操作には、アデラの個人照合鍵が使われていた。
器具が使われた事実。
鍵が使われた事実。
それらは記録されている。
だが。
器具を持った手は、まだ名を記されていない。
*
以上が。
今、あなたの前へ置かれている事実である。
まだ、探偵の解答を聞いてはならない。
紙を動かした手を思い描き。
人間がついた嘘を分け。
それぞれの嘘が、何を守り、何を隠したのかを考えてほしい。
第一の問い。
**アルヴィンは、何へ署名したのか。**
第二の問い。
**本物の署名は、どのように別の契約へ移されたのか。**
第三の問い。
**なぜ死体の契約書へ、青い痕跡を残したのか。**
第四の問い。
**エドモンドは何を行い、何を行っていないのか。**
そして、第五の問い。
**アルヴィン=ヴェインを殺したのは、誰か。**
問いは、すでに記されている。
答えもまた。
これから現れる新しい証拠の中にはない。
あなたがここまで見てきた。
紙と。
傷と。
時刻と。
人間の嘘のあいだにある。




