第9話 魔の森で生意気女教師をわからせる
アスベルは、キキとの決闘に勝利し、風紀委員長に就任することとなった。
「結局、なるんじゃない!」
と、カレンに突っ込まれる。二人は、教室へと向かっていた。
「まあ、そのほうが、多くの固有魔法を見られそうだと思ってな」
固有魔法とは、いわば秘中の秘であるらしい。あまり人前で用いることはないのだという。ここぞという時のための切り札――それを使う機会といえば、決闘などの揉め事の折くらいであるらしかった。
風紀委員になれば、固有魔法を使う相手と、幾人も出会う機会に恵まれる。得なことだ――そう、アスベルは考えたのであった。
「得って、あんたねぇ……。はあ、まあ、あんたが良いって言うなら、良いけれど」
「そういえば、カレンの固有魔法とは、どのようなものなのだ」
入学試験の折、カレンが使っていたのは、火球を放つ一般的な魔法であった。あれは、カレン以外の者にも扱える魔法であり、固有のものではない。
「……使いたく、ないわ。ちょっと、一発芸みたいなところがあるから」
「おお、そうか。それは残念だ」
(興味はあるが、この浮かない顔を見る限り、あまり触れられたくない様子だな)
嫌がることを無理に聞き出すつもりはなかった。アスベルには、ミレーヌに疎まれた過去がある。若い娘への接し方には、慎重にならざるを得ないのである。
「ところで、次は魔法基礎学だったか」
「そうよ。キルケー先生の授業ね」
キルケーとは、試験前にアスベルの魔力を覗き見て、その場で嘔吐した、あの女教師である。あれ以来、アスベルに関わってくることは、一度もなかった。
もっとも、アスベル自身は、彼女に疎まれていることなど、まるで知る由もない。
ほどなくして、二人が辿り着いたのは、講義室ではなく――森であった。
「基礎学を担当する、キルケーよ。本日は、この森で実践訓練を行います」
誰もが、目を丸くした。カレンが、おそるおそる手を挙げる。
「あの……基礎学、ですよね」
「そうね」
「なぜ、基礎だというのに、いきなり実践なのでしょうか」
キルケーは、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「魔法とは、元来、魔物と戦うために編み出されたもの。魔物との実戦こそが、魔法を上達させるための、最良の基礎訓練と言っても過言ではないわ」
「過言ですよ……」
一方のアスベルは、「なるほどな」と、素直に得心している様子であった。
(泳ぎにしても、陸で座学ばかりするより、水に飛び込んだほうが、自然と体が覚えると言うしな)
もっとも、それは彼の中に、他の生徒の固有魔法を見てみたいという思いがあってこその、都合の良い解釈でもあった。
「では、ペアを組んで森へ入りなさい。ああ、そうでしたね。一年生は百一名でしたから、一人余る計算になりますね。ならば――アスベル・ノースエンデ」
キルケーが、アスベルを見やる。
「貴方は、一人ということになります。よろしいですね」
「よろしいわけないでしょう! 何をお考えなんですか!」
カレンが声を上げる。
「無論、構いません」
「よろしいわけないでしょう! 何を考えてるのよぉ!」
カレンが、また声を上げた。実に苦労性な娘である。彼女の心配をよそに、アスベルは、どこ吹く風といった様子であった。
「大丈夫だ。魔物の相手なら、慣れている」
「いや、だからって、あんた、ここがどこだか分かってるの」
カレンたちは、魔導車に乗せられ、学院からいくらか離れた場所へと運ばれていた。目の前に広がるのは、見上げるほど巨大な樹々の連なる、鬱蒼とした森であった。
「ここは、妖精郷。かつては禁足地と呼ばれた、魔物のうろつく地よ。冷徹の聖女ミシェル様が森を浄化なさらなければ、今も人の立ち入れぬ場所のままだったわ」
「なるほど。ミシェルという聖女殿が、森を清めてくださったおかげで、人が入れるようになったと」
「そう、それよ」
「ならば、心配はいらないな」
「あんた、話を聞いてなかったの! この、大馬鹿者!」
人が立ち入れるようになったとはいえ、魔物が出ることに変わりはない。しかし、アスベルにとって、魔物退治は慣れ親しんだ仕事である。恐れる理由など、何一つなかった。
「本人が良いと言っているのだから、カレン。その言葉を、信じてあげなさいな」
「……なんだか、わざとアスベルを危険な目に遭わせようとしていませんか」
カレンの鋭い指摘に、キルケーは余裕の笑みを浮かべた。
「そそそそそそんなわけ、ないでしょう。退学にするわよ、あなた」
完全に動揺している。三十を超えてなお、キルケーの精神性は、生徒たちと大差ないところがあった。
カレンが、いかにも疑わしげな目を教師に向ける一方、アスベルは「魔物か。まあ、いいだろう」とのんびりとした様子であった。まったく、呑気なものである。
「……アスベル、無理はしないでよ」
「分かった。ありがとう」
こうして、森での実践訓練が始まった。二人一組となり、森の中へと分け入っていく。カレンは何度も、心配そうにアスベルを振り返っていたが、キルケーの「早く行かなければ、単位を落としますよ」という一言に急かされ、渋々出発していった。
「さて、行くか」
アスベルに、気負いはなかった。腰には、魔杖剣が佩かれている。
「ふふ、アスベル・ノースエンデ。無理だと思ったら、すぐに『ぎぶあーっぷ』と、情けない声を上げなさいな」
ふん、とキルケーが小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
彼女は、後天的な技術として魔力視を身につけた者であった。生まれながらの魔眼を持たぬがゆえに、よほど集中しなければ、アスベルの膨大な魔力を見て取ることはできない。
彼の秘めたる将来性を目の当たりにしてなお、キルケーはそれを信じていなかった。アスベルの実力を、いまだ見抜けずにいる。つまるところ、彼女には、人を見る目が備わっていなかったのだ。
――だからこそ。
「先生。伏せたほうが、よろしいかと」
「ほへ?」
ズバァン、と。
アスベルは、目にも留まらぬ速さで、魔杖剣を抜き放った。無論、女教師の態度に腹を立てたからではない。
彼女の背後に、巨大な蠍の魔物が迫っていたのである。危機を救ったのだ――が。
「あひぃ……あひぃ……」
キルケーは、アスベルの放った一閃にすっかり怯え、腰を抜かした上、粗相までしてしまったのだった。
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