第8話 固有魔法使いとの決闘
アスベルは、キキと魔法決闘をすることとなった。
「俺は、魔法決闘ばかりしている気がするな……」
彼らがいるのは、大きな体育館のような場所であった。アスベルは、いささか疲れたように呟く。確かに、多くの魔法を見てみたいという思いはある。だが、争いを求めて学院に入ったわけでは、決してなかった。
「仕方ないわよ。この学院は、決闘を推奨しているんだから」
とカレンが言う。
「技術を磨くには、競い合うことが一番、という考え方らしいわ」
「……なるほど」
アスベルもまた、剣術道場で日々を過ごしてきた身である。感覚的には、その理屈を理解できた。実力ある者との決闘ほど、己を伸ばす稽古はない。
生徒会長のティスタが、中央に立つ。アスベルは、キキと向かい合っていた。
「始める前に、申し上げておきますわ。わたくしは、二級魔法使いですの」
「……二級?」
「魔法使いの格付けも、ご存知ありませんの?」
魔法使いは、その実力に応じて等級を付けられているという。最も下、大半の魔法使いは三級。その上が二級、さらにその上が一級。
そして最上位、特級魔法使いは、この世界では「賢者」と呼ばれているらしい。
「特級は、いわば規格外の化け物。事実上の頂点は一級ですわ。その一つ下というのが、わたくしの位置ということですの」
一般的な枠組みからすれば、キキはすでに抜きん出た実力の持ち主であるという。アスベルは魔杖剣を握る手に、静かに力を込めた。口の端が、わずかに上がる。
(一体、どのような魔法を、使ってくるのだろうか)
「さ、実力差はお分かりになったでしょう。降参して、風紀委員長の座を、お譲りいただけますかしら」
「それは、できない相談だな」
なりたいわけではない。だが、負けるつもりもなかった。何より、全力の魔法を、この目で見てみたかったのである。
「……いい度胸をしておりますわね」
キキが杖を構える。アスベルも、魔杖剣を構えた。
「では――魔法決闘、始め!」
アスベルは、むやみに踏み込まなかった。剣を構えたまま、泰然と立つ。その姿は、キキの目に、一本の巨木のように映った。風が吹こうと、雷が落ちようと、平然とそこに在り続ける、自然そのものの力強さである。
「せ、先手必勝ですわ! 『チェンジス』!」
瞬間、アスベルの姿が――消えた。
「消えた!?」
カレンが動揺の声を上げる一方、アスベル自身は、冷静に己の状況を把握していた。体育館の天井近くまで、強制的に転移させられていたのである。
「ちょっと!? あんな高さから落ちたら、さすがに死んでしまうわ!」
カレンが焦るほどの高さから、アスベルは落下しようとしていた。だが、当の本人はというと――
「おお、これは見事だ。位置を入れ替える魔法か」
と、冷静に分析し、むしろキキの魔法に感心すらしていた。
アスベルは、すでに相手の魔法の正体を見抜いていた。
「物体と、相手の位置を入れ替える魔法、というわけだな」
アスベルの見つめる先、地面には、ぽとんと一つのボールが転がり落ちていた。
「『チェンジス』か。武装解除とは、また違う。杖も振っていなかったし、カレンの炎とも違う。なるほど、他の誰とも違う、君固有の力……それが、固有魔法というものか」
「感心している場合ですか!? 死んでしまいますわよ!」
「死ぬ、か」
カレンの叫びにも、アスベルはいささかも動揺を見せなかった。頭のほうが重いためか、自然と頭を下にした姿勢で落ちていく。
だが、落下の直前、アスベルは体勢を変えた。くるり、と曲芸師さながらの動きを見せる。そして、ふわりと、まるで羽根のように軽やかに着地したのだった。
「この程度の高さから落ちるくらい、日常茶飯事だろう」
「どこの世界の日常ですの!」
アスベルは、人外魔境で、幾度となく巨大な魔物と刃を交えてきた。奴らの首は、人の身の丈をはるかに超えた高さにある。首を斬り落とし、着地する。攻撃を跳んでかわす。それらは、彼にとって、ごくありふれた所作に過ぎなかったのである。
「な、なんなんですの……普通ならば、今ので完全に戦意を喪失するはずですのに」
「君は、優しいのだな」
アスベルは、ふっと柔らかく微笑んだ。
「な、何がですの……」
「俺が落下する直前、もう一度『チェンジス』を使おうとしただろう。つまり、俺が死なないようにと、気遣ってくれたわけだ。俺の体は、バリアに守られているというのに」
(この方、あの状況で、いったいどれほど冷静な分析をなさっているんですの……。何という、胆力……)
最初に抱いた印象は、まさにアスベルの精神性そのものを表していたのだと、キキは察した。何事にも動じぬ、大地に根を張る大樹のごとき心。
(一体、どれほどの死線を、潜り抜けてこられたんですの……)
一方のアスベルはといえば、戦いそのものというより、キキの魔法を心から楽しんでいる様子であった。
「位置を入れ替える力か。なるほど……つまりは、転移というわけだな。ならば――」
「『ラージ・チェンジス』!」
アスベルの立つ地面、その周囲一帯の空間が、一瞬にして消え去った。
「おお、相手ではなく、空間そのものを入れ替える力とは。これならば、上空に物体がなくとも、入れ替えが可能というわけか。見事なものだ」
「さらに! 『ガンズ・チェンジス』!」
地面が無数に抉れ、削り取られた土塊が、アスベルの頭上から一斉に降り注ぐ。
「落下と落石、二重の攻撃ですわ! さすがに、これならば……」
だが、そこでキキは気づいた。降り注ぐ落石の数が、あまりに多すぎることに。自分自身、そして何より大切なお姉様であるティスタまでも、巻き込んでしまっていたのである。
固有魔法の連続発動により、すでに魔力は底をついていた。
「危ない! お姉様ぁあああ!」
だが、アスベルは、少しも慌てなかった。彼は――空を蹴った。
「ノースエンデ流、『空歩剣』」
文字どおり、空を自在に駆けながら、魔杖剣で落石を――
「『岩砕剣』」
こん、と剣で石を打つと、それは粉々に砕け散った。空を歩く。岩を砕く。いずれも、魔法と見紛う所業である。
だが、これらはすべて、アスベルが剣の修行の果てに身につけてきた、確かな技であった。
これら一連の出来事は、まさに一瞬の間の出来事であった。雷のごとき速さで、彼はそのすべてをやってのけたのである。
「あはん……♡」
ティスタが、これまで一度も見せたことのない、甘い声を漏らした。彼の強さに、すっかり心を奪われてしまったのだろう。
「な、なんですの……どうして……わたくしたちは、バリアに守られているはずなのに」
「バリアを貫いてしまうかもしれなかっただろう。女性を傷つけるわけには、いかないからな」
アスベルの答えを耳にして、キキは胸の高鳴りを覚えた。
(何ですの……。殿方など、乱暴なだけの、無粋な生き物のはずでしたのに)
とりわけ、男の魔法使いというものは、誰もが高慢で、己の強さを鼻にかける者ばかりであった。強き者は、皆そうした性根を持つもの――そう、思い込んでいたのである。
(強く、それでいて、お優しい方も……いらっしゃるんですのね……)
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