第7話 風紀委員長の座をかけて決闘する
ティスタ・リスタは、自室の寮の一室にこもっていた。ノアカーター魔法学院は、生徒のために寮を用意しており、一人ひとりに個室が与えられている。
彼女は、湯に浸かりながら、今日の入学式の光景を思い返していた。驚きを、禁じ得なかった。
新入生の放ったあの魔法は、これまで目にしてきた、いかなる魔法よりも洗練されたものであった。
「あれが……武装解除。杖を飛ばすだけの魔法で、障壁まで取り払ってしまうとは……」
ティスタをはじめとする優れた魔法使いは、大小、練度の差こそあれ、皆、魔法障壁を身にまとっている。
また、生徒が身につけるローブもまた、優れた防具である。なにしろ、放った魔法の反動を、すべて打ち消してくれるのだから。
作用と反作用の法則は、魔法にも当てはまる。強力な魔法を放てば、通常、その反作用は使い手にも跳ね返ってくるものだ。
その負担を、すべて肩代わりしてくれる、極めて優れた魔法道具。それが、学院指定のローブであった。竜の息吹すら防ぐという、とりわけ優秀な防御具である。
――その障壁も、ローブすらも、アスベルの放った武装解除の魔法は、すべて払い除けてしまったのである。
「……とてつもない練度。それに、力強さ……」
これまで、ティスタは自分より強い魔法使いに、出会ったことがなかった。他者を見下すつもりは、毛頭ない。だが、どこか寂しくもあった。
誰もが自分を見上げるばかりで、対等に渡り合える才を持つ者は、誰一人としていなかったのだ。
――そこに現れたのが、あの謎めいたおじさま、アスベルであった。
「アスベル、君……」
体が、なぜだか熱い。こうした感覚は、初めてのことであった。彼に屈したい。従いたい。尽くしたい。そんな感情が、次から次へと湧き上がってくる。
「なんだ、なんなの、この気持ちは……。これは、いったい……」
体が火照る。彼を、求めている。それは、会いたいという程度のものではない。彼が、欲しい。彼に抱かれたい――そんな、そう、これはつまり――
「私は――」
◇
さて、アスベルはというと、寮の自室にいた。
一学生が使うには、あまりに広く豪華な部屋であった。ふかふかのベッド、魔道冷蔵庫まで完備されており、大きな姿見も置かれている。
アスベルは、魔法学院の制服に袖を通した。黒のスラックスに白のシャツという、簡素な装い。その上から、魔法使いのローブを羽織る――のだが。
「これは……」
こんこん、と扉が叩かれた。
「アスベル、授業に行くわよ」
カレン・フォン・ローウェルが、部屋に入ってきた。彼女は学院の女子制服姿である。プリーツスカートに、シャツ、そして黒のローブ。
「あら、似合ってるじゃない」
「ありがとう。ただ、ローブの色が、君のものと違うようだが」
「白のローブ、ね……」
そう、カレンは黒であるのに、アスベルだけが白なのであった。
「確か、学年ごとにローブの色が異なると、君から聞いていたが」
「そうね。今年は一年生が黒、二年生が茶、三年生が紫、四年生が緑」
色は、年ごとに巡っていくものらしい。来年度は、一年生が緑になるという。いずれにせよ、白のローブは、この法則には当てはまらない。
「要注意人物だと知らしめるための、学院の措置でしょうね」
「よ、要注意、か……。俺、何かしたか……いや、まあ、うん」
アスベルとて、愚かではない。模擬試合で生徒会長を全裸に剥いてしまったことが、普通の出来事でないことくらいは、承知していた。
「それにしても、武装解除で相手を全裸にするなんて、どれほどの威力の魔法よ」
「いや、呪文を唱えきる前に、出てしまったからな……。あれは、うちの流派の『風花剣』だ。剣術であって、魔法ではない――はずなのだが」
呪文を唱えずに放った剣術が、魔法と同等、あるいはそれ以上の威力を発揮していたのである。
「あたしとの魔法決闘のときも、そうだったわね。あんたの剣術って、魔法なんじゃないの」
「……剣術が、魔法だと」
「そう」
いや、いや、とアスベルは首を横に振る。
「魔法とは、詠唱があって、杖から放たれるものだろう」
「無詠唱魔法、というものもあるわ。それに、杖を使わずに魔法を放つ種族だっている。エルフとか、ね」
呪文なし、杖なしでも魔法が放てるというのならば、呪文なし、剣による魔法という可能性も、あながちないとは言えまい。
「まあ、あたしにはよく分からないから、学院の先生にでも相談してみたら」
「そうだな。せっかく、学院に来たのだし」
白いローブを羽織り、魔杖剣を腰に佩く。
「待たせたな。行こう」
「そうね」
二人が部屋の外へ出ると――
「や、やあ!」
「ティスタ会長……?」
なぜか、ティスタ・リスタがそこに立っていた。四年生の証である、緑のローブを纏っている。
「昨日は、本当に申し訳ありませんでした」
「ぜぜぜ、全然、気にしてないから、大丈夫、大丈夫!」
(めちゃくちゃ、気にしているな……。まあ、それはそうだろう。年頃の娘が、あのような目に遭ったのだ。これは、嫌われたな。始末書でも書けと言いに来たのだろうか)
カレンが、じとりとした目でティスタを見つめる。
「会長は、どうしてこんなところにいらっしゃるんです?」
「それは、こちらの台詞だよ、カレン・フォン・ローウェル君」
ティスタも、じとりとした目でカレンを見返した。
「ここは、男子寮のはずだが。なぜ、女子の君がいるのかね。もしや、こここここ、恋人、とか……?」
確かに、この学院の寮は男女で分かれており、女子がいるのは不自然なことであった。だが、それは本来、どの口が言うのかという話でもある。
ティスタは激しく動揺しながら、カレンを問い詰めた。
「どう、って言われても……べ、別に! アスベルとは、ただの同級生ですから!」
「はい、カレンの言うとおりです。ただの同級生です。俺が教室の場所を知らないので、案内してもらおうと……」
カレンは、なぜか浮かない顔をし、対してティスタは、満面の笑みを浮かべた。
「それで、会長は、どうしてここに」
「ああ、うむ。こほん。アスベル・ノースエンデ君。君を、風紀委員長に任命しようと思ってな」
「風紀委員……」
「文字どおり、校内の風紀を正す組織だ。その長に、君を任命したい。……べ、別に、風紀委員長ともなれば、生徒会長である私と共にいても不自然ではないからと、職権を濫用したわけではないのだがっ」
「謹んで、お断りいたします」
「なな、どうしてだい!」
ティスタは、涙目になりながら、アスベルに縋りついた。
「私を、捨てるのかい! 嫌いになったのかい!」
「落ち着いてください……。捨てる、とは何の話ですか……」
生徒会長の豹変ぶりに、アスベルは戸惑うばかりであった。
「入学して間もない俺が、そのような役職に就けば、他の生徒から不満が出るでしょう。それに、長というからには、その下に立つ者たちから、素直な納得を得られるとも思えません」
と、そのときである。
「お姉様!」
傍らを見ると、小柄な少女が近づいてきていた。紫のローブ――三年生の色である。
「キキ。どうした」
キキと呼ばれた三年生の少女が、こちらへと歩み寄ってくる。その腕には、『風紀委員』と記された腕章が巻かれていた。
「どうした、はこちらの台詞ですわ、ティスタお姉様! どうして、このような異端児を、風紀委員長になさるのです! その役職には、本来キキがつくはずでしたのに!」
どうやら、元来は、この三年生の少女が、風紀委員長に就任する予定であったらしい。アスベルに対して不満を抱くのも、無理からぬことであった。
「彼が、強いからだ。風紀を取り締まる魔法使いには、それ相応の強さが求められる」
「この男が、キキより強いと、そう仰るのですか」
「ああ。昨日の、私との模擬試合を見れば、明らかであろう」
「あれは、お姉様が油断なさっただけですわ! お姉様は、まだ本気――『固有魔法』を、お使いになっていないではありませんか!」
(固有魔法……?)
聞いたことのない言葉であった。
(なるほど、まだ奥の手を、隠していたということか)
そもそも、あの一戦は、胸を貸すつもりのものであったはずだ。あれが本気であったとは、アスベルも思ってはいなかった。
「お姉様が認めようとも、キキは認めません! このような、得体の知れないおじさまなど!」
「ふむ……彼の力を、信じられぬか。ならば、こうしよう。魔法決闘を行い、そなたが勝てば、彼を風紀委員長に据えることは諦めよう」
「ふん! 望むところですわ!」
――と、こうして、アスベルの意向とは無関係に、またしても決闘が決まってしまったのであった。
「アスベルの意見は、聞かないんですか……。彼、風紀委員長になりたいなんて、一言も言っていませんけど……」
カレンだけが、至極真っ当なことを口にしていた。一方で、当のアスベルはというと。
「決闘は、望むところです」
「ちょっと、いいの?」
「ああ。多くの魔法を、見てみたいからな」
彼の中には、魔法への尽きぬ好奇心があった。剣とは異なる、もう一つの技術。しかも今しがた、『固有魔法』などという、聞き慣れぬ言葉まで耳にしたばかりである。
見てみたい。体験してみたい。そうした思いが、自然と湧き上がってきたのだ。
(負ければともかく、勝てば、辞退することもできるだろう)
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