第6話 剣聖、生徒会長をワンパンしてしまう
アスベル・ノースエンデは、魔杖剣を手に入れ、いよいよ入学の日を迎えようとしていた。
「いよいよ、入学か……」
帝都カーターにある、ノアカーター魔法学院。煉瓦造りの、巨大な学び舎である。
まるで西洋の城のようだ、というのが、彼の第一印象であった。
「何を、ぼんやりしているのよ」
傍らには、当然のようにカレンがいる。試験に合格した日から、すでに半月ほどが経っていた。その間、彼女はなぜか、ずっとアスベルのそばにいたのである。
あれこれと質問をしてきたり、逆に問われたりする日々であった。
「いや、本当に魔法学院に入るのだな、と思ってな」
「試験の日にも、合格発表の日にも、ここには来たでしょう」
「まあ、そうなのだが」
城へと向かって歩く大勢の新入生たち。彼らを祝福する、先輩らしき生徒たち。そうした、いかにも入学の日らしい光景を目の当たりにして、ようやく――自分が、念願だった魔法の学び舎へと辿り着いたのだという実感が湧いてきたのだった。
「言っておくけど、ここからが大変なんだからね。あんたは特待生。しかも、おっさん。しかも、誰に師事したわけでもない。絶対に、不正を疑われるわ」
確かに、先ほどから、周囲の生徒たちの視線がこちらへ向いている。値踏みするような目もあれば、あからさまな嫌悪を向けてくる者もいた。
カレンの言うとおり、あまり歓迎されてはいないらしい。それでも、アスベルは気にしていなかった。自分がおっさんであること、異分子であることは、重々承知の上である。
「カレン。俺に、付き添う必要はないぞ。俺のそばにいることで、君まで妙な目で見られてしまう。それは、忍びない」
この半月、世話になった娘が、自分のせいで肩身の狭い思いをするのは、望むところではなかった。
「ふん。誰に何を言われようと、関係ないわ。あたしは、あたし。したいようにするだけよ」
「俺のそばにいることが、君のしたいことなのか」
「そうよ。あんたのそばにいることで、あたしは成長できるんだから。あんたっていう、高い目標がいるほうがね」
(高い目標か。なるほど、そういう心づもりで、そばにいてくれるのか。感心なことだ)
カレンは顔を赤らめると、「か、勘違いしないでよね。別に、好きとか、そういうんじゃ……」と、早口で付け加えた。
アスベルは、それを額面どおりに受け取った。若い娘に婚約を破棄された身の上でもあり、自分のようなおっさんに、若い娘が本気の恋心を抱くはずなどないと、そう思い込んでいたのである。
さて。まず彼らは、講堂へと通された。日本の体育館とはまるで趣の異なる、洒落た大広間である。天井からは、いくつものシャンデリアが吊り下がり、赤絨毯の敷かれた床には、長いテーブルが幾つも並んでいた。
ローブをまとい、すでに席に着いているのは、在校生たちであるらしい。
(確かに、食堂も兼ねている、と聞いていたな)
この学院にまつわるあれこれは、カレンからひととおり教わっていた。新入生たちは列を成して講堂へ入り、それぞれ席についていく。
ほどなくして、背の高い女生徒が、正面に立った。
すっと伸びた背筋、切れ長な目元。どことなく、魔法使いというより、武芸者を思わせる佇まいであった。
「今年度、生徒会長を務める、ティスタ・リスタルテだ」
ティスタが新入生たちを見渡しながら、よく通る声で告げる。彼女が言葉を発するだけで、男子生徒たちは顔を赤らめ、女生徒たちも黄色い声を上げていた。
(人気者、というやつだな。まあ、確かに華のある人だ。舞台役者のような佇まいだしな)
「入学、おめでとう、諸君。生徒会長のティスタだ。百一名の新たなる同胞が加わった。これより四年間、共に切磋琢磨していこう」
カレンから聞いたところによれば、この学院は四年制であるという。一般の大学と、さほど変わらぬ仕組みらしい。
「長い挨拶は、性に合わない。これで終いとしよう。さて――では、毎年恒例の、伝統行事といこうか」
(伝統行事か。そのようなものが、あるのだな)
ふと、ティスタと目が合った。彼女は、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべる。
「特待生、前へ」
「は……」
突然のことに戸惑うアスベルの脇腹を、カレンが「説明したでしょう」と小突いた。
「入試の首席は、毎年、入学式で生徒会長との模擬試合をするのよ」
「いや、まあ……しかし、このタイミングでか。これほど大勢が見ている前でやるとは、聞いていなかったが」
式典が終わった後、個別に呼び出され、人目のないところでひっそり行われるものとばかり思っていたのである。
多少の戸惑いはあったものの、進行を遅らせるのも忍びなく、アスベルは前へと歩み出た。
「あれが、特待生……」「おっさんじゃないか」
「あんなのが、全教科満点だなんて、嘘だろう」
その場の誰もが、アスベルの実力を疑っていた。カレンの忠告どおりであったため、アスベルは、特に不快感を表すことはしなかった。それよりも、これほど多くの視線を一身に浴びることに、慣れていないのが正直なところであった。
ティスタの前へと歩み出る。
(近くで見ると、本当に美しい人だな。顔が小さい。俺の手のひらより小さいのではないか。それでいて、目は大きい)
「初めまして、アスベル君」
「はい、初めまして。生徒会長。これから、よろしくお願いいたします」
「うむ。堅苦しい挨拶は、ほどほどにな。さて、始めようか」
「魔法決闘、ですか」
「うむ。だが、使う魔法は一つ、『武装解除』のみだ」
「武装解除……」
「文字どおり、相手の杖を弾き飛ばし、魔法の使用を困難にする、無属性の魔法だ。魔法には属性と無属性があるのだが……いや、それは追々学んでいくことだ、説明は省こう。使い方だが――」
ティスタは、ひゅん、ひょいと、杖を動かしてみせる。
「呪文は単純だ。『武装解除』。よいか」
「わかりました」
よし、とティスタが頷き、自ら間合いを取った。
「これが……初めての、魔法か」
魔杖剣を握る手が、わずかに震えた。入学式から今日まで、魔法を使う機会は幾度かあった。だが、この日のためにと、あえて取っておいたのである。
どうせならば、学院で正式に習い、この手で試してみたい。まるで、あの物語の主人公のように――そう、思っていたのだ。
アスベルは、鞘に収めたまま、魔杖剣を構える。
「なんだ、あれは」「杖か」「どう見ても、杖じゃなくて剣だろう」
生徒たちの視線が、アスベルの手にする杖――否、剣に集まっていた。
アスベルは、失敗を恐れてはいなかった。それよりも、初めて魔法を使うのだという高揚感のほうが、はるかに勝っていた。
「では、始めようか」
「はい」
アスベルは、教わったとおりに、魔杖剣を動かす。
ひゅん、ひょいと。そして――
「武装か――」
スパァン、と鋭い音が響いた。
「「は……」」
あまりに、信じ難いことが起きた。アスベルは、教わったとおりに杖を動かしただけである。呪文を唱えきる前に、相手の杖が、粉々に砕け散っていたのだ。
それだけでは、終わらなかった。ティスタが身にまとっていた衣服が、その一瞬で、跡形もなく砕け散ったのである。
彼女は、身につけていたものすべてを失った。全裸に剥かれてしまったのだ。
「ひっ、きゃあああああああ!」
先ほどまでの凛とした佇まいから一転、可憐な悲鳴を上げるティスタ。
「す、すまない……!」
アスベルは慌てて駆け寄り、自らのローブを彼女にかけた。
(お、おい、魔杖剣。どういうことだ。お前が何かしたのだろう)
【ふがっ……んー、よく寝たぜ。なんだよ、相棒】
どうやら、杖のほうは眠っていたらしい。八宝斎が言うには、この魔杖剣はできたばかりの赤子のようなもので、眠る時間が長いのだという。
てっきり、この杖が何かしでかしたのだろうと思っていたのだが――
【オレ様は、何もしちゃいねえよ】
(いや、しかし、それならば、なぜ生徒会長が全裸に)
【相棒が、何かやったんじゃねえのかよ。カレンとかいう小娘との決闘のときと、同じでよ】
アスベルは、あのときは、己の剣技を披露したまでのことであった。
だが今回は、剣技ではなく、魔法を使おうとしたはずだ――
(いや、待てよ。生徒会長から教わった、杖の動き。妙に、手に馴染んでいた気がするな。どこかで、やったことのある動きのようで……)
馴染むのも、道理であった。あの動きは、彼が道場で身につけた剣技、『風花剣』そのものだったのである。
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