第5話 剣聖、一億円する杖をただでもらう
アスベル・ノースエンデ、三十五歳。帝都にあるノアカーター魔法学院への、特待生としての入学が決まっていた。
合格発表の日、彼は同級生となるカレンと連れ立って、帝都の街を歩いていた。
「これから、どこへ行くんだ、カレンちゃん」
「ちゃん、はやめて。呼び捨てでいいわ」
「しかし、会って一日二日の君を呼び捨てにするというのは……」
「いいの。あんたは、特別。あたしのライバルなんだから」
カレンは立ち止まり、アスベルを見上げた。そこにはもう、彼を「おっさん」と見下していた頃の色はない。対等、あるいはそれ以上の相手への敬意が、その瞳には宿っていた。
「あたし、在学中にあんたを超えてみせるから」
「……そうか」
(思えば、初めての学友というやつか。はは、嬉しいものだな。この歳になって友ができるとは)
「ありがとう、カレン。よろしく頼む」
アスベルは、右手を差し出した。カレンはわずかに頬を赤らめると、スカートの裾で右手を拭ってから、その手を握り返した。
「い、今からどこへ行くのか、だったわね。杖屋よ」
「杖……」
「そう、杖。魔法使いにとっては必需品よ。あんた、持ってないんでしょう」
「そういえば、そうだったな」
「仕方ないから、このあたしが、良い杖屋を紹介してあげようと思ったの」
「なるほど、ありがとう」
程なくして辿り着いたのは、二階建ての小さな杖屋であった。『銀のフクロウ亭』と書かれた看板が掲げられている。
「銀のフクロウ、か。ペットショップではないのだな」
「なによ、それ。ここはとても有名な杖屋なんだから。なにせ、ここで杖を買った者は、何人も賢者になっているんだから」
賢者とは、特級の魔法使いを指す称号である。そう易々と名乗れるものではない。だが、カレンによれば、当代の賢者は皆、この店で杖を求め、名を上げたのだという。
カレンが扉を開ける。店内には、静けさが満ちていた。奥の壁には、無数の箱が突き刺さるように並んでいる。
「ごめんください」
「はぁい」
小柄な少女が、とてとてと店の奥から姿を現した。
(緋色の髪の、愛らしい娘だな)
「いらっしゃいませ。私は、店主の……。……!?」
店主の目が、一瞬、大きく見開かれた。
「これは……凄い……」
「え?」
アスベルは、まだ何一つ見せていない。だというのに、緋色の髪の店主は、駆け足で近づいてくる。
「貴方は、凄いです!」
「は、はぁ……。急に、どうされたのですか」
店主は、髪と同じ、燃えるような緋色の瞳を輝かせた。
「あなたは、とてつもないポテンシャルを秘めておいでです。これほどの魔法使い、滅多にお目にかかったことがございません」
「そ、そうですか……」
「杖を、お探しなのですね。ならば……何が良いかしら。永年樹……いえ、それでは受け止めきれないし……」
店主は、ぶつぶつと呟きながら、何やら考え込んでいる。傍らから、カレンが声をかけてきた。
「ちょっと、あんた、何をしたのよ。店主に――八宝斎様に、気に入られるなんて」
「はっぽうさい……? なんだ、それ、料理の名か」
「伝説の杖職人の称号よ。この方は、生ける帝国の人間国宝、天才魔法使い、虚無の賢者……と、数々の称号と実績を持つ、凄い方なんだから」
(さらりと、とんでもないことを言っていないか。賢者……? なぜ賢者が、杖屋などを営んでいるのだろう)
しかも、店主はいまだ年若い。この若さで人間国宝を担っているとは、と、アスベルはただ驚くばかりであった。
「八宝斎様は、このおじさんの、いったいどこを気に入ったのかしら。まあ、確かに強いけれど」
「まったくだ」
しばらくして、店主は何箱もの杖の箱を運んできた。
「さあ、試してみましょう。まずは、この杖から」
三十センチほどの、黒い杖である。アスベルが手を触れようとした、その瞬間――
パァン、と乾いた音が響いた。
「え、な、なに、これ! 壁が壊れた!? 触れてもいないのに」
店の右手の壁が、粉々に砕け散っていたのである。
「す、すみません」
自分がやったわけではないが、無関係とも思えない。アスベルは、とにかく真っ先に頭を下げた。
一方の店主は、「すごぉい」と、なぜか小躍りしている。
「杖が、杖が恐縮しております」
「は、はぁ……。杖が恐縮、ですか」
「はい。杖が、貴方の才を認め、自分では貴方に相応しくないと、杖自らの意志で魔法を発動させ、合図を送ったのです。これは、大変なことですよ」
ふがふがと、店主が鼻息を荒くする。
(確かに、杖が自ら魔法を発動させるなど、聞いたことがないが……)
たいていの場合、魔法とは、魔法使いが杖を握ることで発動するものだ。
「なるほど、他の杖たちも、同様と?」
「はい。皆、貴方を畏れております」
「まるで、杖が生きているかのような言い方ですね」
すると、店主は不思議そうに首を傾げた。
「まるで、とは? 杖は、生きておりますが」
「そ、そうですか……」
(ずいぶんと、変わった店主だな)
しかし、先ほど杖が独りでに魔法を発動させたのは、紛れもない事実である。杖屋の店主が言うのならば、あながち間違いでもないのかもしれない。
「困りましたね……。うちには、貴方に見合う杖は……。いえ、待てよ」
ぶつぶつと呟きながら、店主は店の奥へと引っ込んでいった。そして――
「うんしょ……うんしょ……」
ずり、ずりと、何かを引きずりながら戻ってくる。麻袋に包まれた、店主の腰の高さほどもある、何かであった。
ごとり、と重そうに、それを床に置く。「地べたでごめんなさいね」と、詫びながら。
そして、麻袋から、それを取り出した。
「って、それ、剣じゃない!?」
紛れもなく、鞘に収まった立派な剣であった。柄も鍔も、きちんと備わっている。
「魔杖剣です。剣であり、杖。杖であり、剣。『戦う杖』をコンセプトに作り上げた、私の自信作なのです」
「なるほど。剣と杖が、一つになったものですか」
こくこくと、店主が頷く。
「ただ……この子は、気難しくて。作り手である私にすら、心を完全には開いてくれないのです」
「心を開かないって、それがどうしたっていうの?」
カレンが近づき、魔杖剣を店主から受け取った。
――ずしり。
――どごぉん。
「いっ、痛ぁい……! 痛い痛い痛い……!」
突如として、魔杖剣が地面に落ち、カレンの手を挟み込んだのだ。慌てて店主が「こら、駄目でしょう」と叱りながら、わずかに持ち上げる。その隙に、カレンは手を引き抜いた。
「お、重い……。八宝斎様、よくこんな重い杖を持てますね」
華奢な少女が持ち上げるには重そうにしていたが、実際に持ち上げてはいた娘。それを、カレンはまるで巨岩でも持たされたかのように感じたのである。
「杖が、貴方を拒んだのです。貴方だけではありません。これまで、この魔杖剣を完全に持ち上げられた者は、一人もおりません。ですが、貴方ならば――」
店主が、期待の込もった眼差しをアスベルに向けてくる。
「いや、しかし、俺は……魔法使いになりたての新人なのだが……」
「……」
店主の無言の圧に耐えかね、アスベルは魔杖剣に手をかけた。どれほどの重さだろうかと、力を込めて引き抜こうとして――
――すぽん。
「うわっ」
思わず、アスベルは背後に転がってしまった。
「軽いではないか。羽根かと思ったぞ」
その瞬間。
【くく……かーっかっかっか!】
どこからか、声が響いてきた。
【やっと、オレ様に見合う使い手が現れやがったぜぇ! ひゃっはー!】
「な、なんだ、この声は……」
脳内に直接響く、しゃがれた声。
「キャァアア! しゃ、しゃべった……!?」
カレンが目を剥き、震える指で魔杖剣を指し示す。
「え、まさか、喋ったって……」
【その通りだぜ。オレ様が喋ってやってんだよ。なぁ、相棒】
「は、はぁ……。あの、杖が喋るなんて……って、店主さん!?」
店主は、その場にしゃがみ込み、滝のような涙を流していた。
「やっと……やっと、この子に見合う人が、現れてくれた……」
「え、え……」
「杖の作り手として、不甲斐なかったのです。この子に見合う人が、いるのだろうかと……。いくら探しても、ぴったりの相棒を見つけてやれなくて……それが、ずっと申し訳なくて」
店主は涙を拭いながら、晴れやかな笑みを浮かべた。
「貴方は、この子の運命の人です。お代は結構ですので、どうかその子と、末永く仲良くしてやってください」
まるで、娘を嫁に出す母のような口ぶりであった。
「ええええ!?」
カレンが、再び驚愕の声を上げる。
「どうした」
「八宝斎様の杖は、相当な値がつくのよ。しかも、彼女自らの手で作られたものとなれば、金貨一万はくだらないわ」
金貨一枚は、現世で言うところの一万円に相当する。つまり――
(一億円もするのか、この杖一本に。それを……ただで?)
「さすがに、これは受け取れ……」
「……」
店主が、この世の終わりのような顔をしたので――
「こ、この子は、俺が、ありがたく使わせてもらいます」
「はい! ありがとうございます!」
(さすがに、あの顔をされては、断れないな……)
店主は嬉しそうに、「では、腰に付けるベルトを用意して参りますね」と、また店の奥へと戻っていった。
「て、ていうか……喋る杖なんて、初めて見たのだけど」
【へん、何を言ってるんだ、この馬鹿たれ。杖は皆、意志を持ってるって、かーちゃんが言ってただろうが、ボケ】
「口の悪い杖ね」
【へん。良い杖を提げていながら、その声にも耳を貸さないような青二才に馬鹿にされても、痛くも痒くもねえよ】
ぎゃあぎゃあと言い合うカレンと魔杖剣。
「……とんでもない杖を、手に入れてしまったな」
こうしてアスベルは、一億円もする杖を、ただで手に入れることとなったのだった。
【作者からお願いがあります】
少しでも、
「面白い!」
「続きが気になる!」
「更新がんばれ、応援してる!」
と思っていただけましたら、
広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】をタップして、
【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!
皆様の応援が、作品を書く最高の原動力になります!
なにとぞ、ご協力お願いします!




