第4話 剣聖、秘めた力を女教師に見せつけ失神させる
時は、アスベル合格の前日まで遡る。
場所は、ノアカーター魔法学園。帝都カーターに存在する、世界でも有数の魔法学園である。卒業生の誰もが、歴史に名を残すほどの英雄的な活躍を成し遂げてきた。
虚無の賢者ギルバート・フォン・ヴォルグをはじめ、幾多の優れた魔導士を輩出してきたこの学園の――現在の学園長は、ガンダールヴルという。
白く長い髭と髪をたくわえた、穏やかな老魔導士だ。彼もまた、賢者の称号を持つ、偉大にして優秀な魔導士であった。
「さて、諸君。今年の合格者を決めるとしようかの」
ガンダールヴルが、集まった教員たちを見渡す。手元には、今回の受験者たちの試験結果をまとめた資料が置かれていた。
ガンダールヴルの右腕を務める女性が、立ち上がる。眼鏡をかけた、切れ長の目をした女性だった。
「受験者千名に対し、合格者は百一名。例年どおりの倍率です」
「ふむ。試験は、滞りなく行われたようじゃな」
「はい。ただ――一部、例外がございます」
「ほう。例外、とな」
ガンダールヴルは資料に目を通す。そこには、こう記されていた。
アスベル・ノースエンデ。
「いずれの魔法名家にも属さぬ、辺境の地から来たこの者を、はたして合格――それも特待生とすべきかどうか、教員一同より疑問の声が上がっております」
教員たちが、口々に声を上げる。
「この男は、誰かに師事したわけでもございません。魔法の訓練すら、受けた形跡がないではありませんか」
「素性の知れぬ者を安易に迎え入れれば、学園の威光にも関わりましょう」
頭の固い教員たちが、次々とアスベルの入学に異を唱えた。
「諸君の言い分は、よくわかる。じゃが、彼の試験結果は、申し分のないものじゃ。そうであろう?」
魔力量は、測定器が壊れるほどに膨大なものであった。筆記試験も、選択式であったにもかかわらず、全問正解を果たしている。
「実技においても、フォン・ローウェル家の令嬢を打ち破るほどの腕前だという。彼の実力、その将来性は、疑いようがなかろう」
「しかしながら、あまりに素性が知れなさすぎます。デッドエンド村、などと……聞いたこともございません」
そうだそうだ、と教員たちが不満を漏らす。
(デッドエンド村を知らぬか。まあ、無理もないのう。英雄たちの隠棲する地――通称「英雄村」の存在は、もとより秘されておるのだから)
国の最果てに存在する、小さな村。デッドエンド。人外魔境とも呼ばれるその地には、恐るべき魔物たちが跋扈している。
そうした魔物たちが、人々の暮らす地へと及ばぬよう、彼らは人知れず、その脅威を退け続けてきたのだ。
(アスベル君は、その英雄たちの末裔じゃ。将来性は、十分すぎるほどある)
「我が国は、実力主義を掲げておるはずじゃな。実力ある者を落とすとあらば、皇帝陛下もお許しにはなるまい」
「「「……」」」
この国、マデューカス帝国は、比較的新しい国でありながら、徹底した実力主義の下に発展を遂げてきた。実力申し分ないアスベルを退けることは、すなわち皇帝の掲げる実力主義に背く行いとなり、自らの評価にも関わってくる。
それゆえ、誰もが、口をつぐんでしまった。
(やれやれ。それでもなお、異を唱えるだけの気骨ある者は、おらぬのかのう)
「よろしいでしょうか、学園長」
「おお、何かね、キルケー君」
女教師のキルケーが、手を挙げた。最年少で一級魔導士にまで上り詰めた、天才魔女である。
「あの男、三十五歳と記されておりますね」
「そうじゃな。年齢が、気になるかの」
「ええ」
キルケーは、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「三十五にもなれば、才能などとうに涸れ果てているのが道理ですわ。真に才があるならば、もっと早くに見出されているはず。それこそ、今年の入学者――【S5】のように」
(S5か。優れた五人の受験生……とは言うても、それはお前たち教員が勝手にそう呼んでおるだけであろうに)
「学園長もご存知でしょう。今年の上位五名は、いずれも桁外れの高得点を叩き出しております」
「ふむ。じゃが、いずれもアスベル君には及ばぬ」
アスベルは、全教科満点であった。そしてS五の中には、彼の名は含まれていない。
「特待生とするならば、カレン・フォン・ローウェルを含む、その五名になさるべきです。アスベル・ノースエンデは、確かに全試験満点でしょう。しかし、三十五――伸びしろなど、もはや残っておりますまい」
ガンダールヴルは、小さくため息をついた。
「つまり、カレン君らは若く、まだ伸びる余地がある。一方でアスベル君は、すでに力の頂にある。これ以上の伸びは望めまい――そう言いたいのじゃな」
「おっしゃるとおりです。アスベル・ノースエンデを入学させたところで、我らに得るものなど、何もございませんわ」
教員の評価とは、いかなる生徒を育て上げたかにも左右される。将来、英雄あるいは賢者となるような人材を育て上げれば、それは自らの功績となるのだ。
キルケーは、アスベルがそれほどの器であるとは、露ほども思っていないようだった。
「キルケー君。年齢だけで、才を切り捨ててはならぬよ」
ガンダールヴルは、諭すように言った。
「歳を重ねてなお、才を秘めた者はおる。くだらぬ理由でその原石を捨て去るのは、いかがなものかと、わしは思うがのう」
「年齢が、くだらないと仰るのですか」
キルケーが、声を荒らげた。彼女の怒りに、三十三という自身の年齢が無関係であったとは、言い切れぬところであった。
「では、こういたしましょう。わたくしが、密かにアスベルの実力を測って参ります」
「……何を言い出すのじゃ。試験はすでに終わっておるぞ。勝手な真似は、控えなさい」
「わたくしは、此度の試験内容――というより、アスベルという男そのものに、不信の念を抱いております。試験を再度行うことは叶いませんので」
「キルケー君」
ガンダールヴルは、穏やかに微笑んだ。
「君の言い分は、よくわかった。しかし、それはあまりに身勝手というものじゃ。多分に、私情も含まれておるように見えるがのう」
「し、私情、ですって」
「うむ。歳の近い彼が、自分より重んじられることに、嫉妬しておるのではないかの」
――図星を指されたキルケーの顔が、みるみる赤く染まっていく。
「感情的になっては、冷静な議論はできぬ。キルケー君、下がりなさい」
◇
(嫉妬ですって。このわたくしが。三十五の、おっさんに。冗談ではありませんわ)
キルケーは、夜道を一人、歩いていた。
確かに、自分の年齢は三十三。歳が近いのは事実だ。だが、それだけのことである。
(たしかに、この学園の試験で、全教科満点を取ったことは、わたくしにもございません。それは、認めましょう。けれど――わたくしのほうが、上のはずですわ)
それを証明するべく、キルケーはアスベルの逗留する宿へと向かった。願書に記されていた住所と連絡先を、勝手に盗み見た上でのことである。
「ここですわね」
宿の前に立ち、ふん、と鼻を鳴らす。
「どうせ、大したことのない男でしょう。――魔力視、解放」
キルケーら、優れた魔法使いは、相手の魔力を見て取る術を、一つは身につけているものだ。
魔力量を測れば、相手の力量をある程度は把握できる。無論、例外もあれば、魔力そのものを隠す技術も存在する。ゆえに、魔力量を見ることが、相手の力のすべてを知ることには繋がらない。
――そのはずであった。
「おげぇえええええええ……!」
キルケーは、その場に吐瀉物をぶちまけた。彼女の目には、二階にいるはずのアスベルの魔力が、はっきりと映っていたのである。
宿を、そして宿の周囲の建物ごと呑み込んでしまうほどの、途方もない魔力量。それを、まざまざと目撃してしまった。
「無理、無理、無理……! うっ、げぇえええ……!」
これまで相対したいかなる魔物よりも、アスベルの魔力量は多かった。底も、果ても知れぬそれを目の当たりにしたキルケーは、完全に怯えきっていた。
――これは、人ではない。あまりに圧倒的な才の輝きを直視してしまった彼女は、白目を剥いたまま、その場に崩れ落ちた。
(あれは……おっさんの皮を被った、悪魔だわ……)
魔力視とは、誰にでも扱える術ではない。相応の実力を持つ魔法使いにのみ、許された技である。
「やれやれ、やはり、こうなったか」
ガンダールヴルが、倒れ伏したキルケーを、魔法でそっと持ち上げた。彼もまた魔力視を扱える。ゆえに、こうなることは、初めから見えていたのだ。
倒れるであろうキルケーを回収すべく、こうして自ら足を運んできたのである。
止めることは、無論できたであろう。だが、この世には、痛い目を見なければ学ばぬ者も多い。キルケーも、その一人であった。だからこそ、ガンダールヴルは、あえて静観していたのだった。
「アスベル・ノースエンデ君。楽しみにしておるよ。君が、凝り固まった魔法使いたちの固定観念を、今宵のように打ち砕いてくれることを」
キルケーは、確かに優れた魔法使いである。だが、己の才を鼻にかける嫌いがあった。その伸びきった鼻を、いずれ叩き折ってくれる存在を、ガンダールヴルはひそかに望んでいたのである。
今の魔法界には、キルケーのように、将来を嘱望されながらも、その性根にいささか難のある者が少なくない。
ガンダールヴルがアスベルの入学を許したのは、彼という存在が、この世界に一つの革命をもたらすことを、期待してのことであった。
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