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第3話 剣聖、実技でも驚かせる

 そして、最後に控えるのは実技試験だった。受験生たちは、円形の闘技場のような場所へと通される。


 試験官の説明によれば、実技はグループごとに行われるという。


「実技試験は、模擬戦とします」


 模擬戦とは、生徒同士で行う魔法決闘のことらしい。


「魔法決闘、とは」


「あなた、本当に何も知らないのね」


 カレンが、またしても突っかかってきた。どうやら実技も、同じグループで行われるようであった。


「魔法使い同士の決闘のことよ。決闘の儀式が発動すると、互いの体が結界に包まれる。その結界を先に破ったほうが、勝ちとなるの」


 ふと、アスベルは疑問を口にした。


「魔法使いに、そのような戦闘の試験が必要なのか」


 魔法使いとは、後方から魔法を放つものだという印象があった。決闘というものを行うとは、思いもよらなかったのである。


「だから、たいていは離れた場所から、互いに魔法を撃ち合うのよ」


「斬り合いには、ならないのか」


「呆れた。斬り合い? ここにいるのは、魔法使いよ。誰が剣なんて持っているというの」


 なるほど、確かにこの場にいる者は皆、杖しか手にしていない。誰一人として――アスベルを除いては。


「相手が、このアタシでないことを祈ることね。こう見えて、アタシは強いのよ。このグループで一番なんだから」


 これほど言い切るのだ、実際に相応の実力があるのだろう。だからといって、アスベルに焦りはなかった。むしろ、胸の高鳴りを抑えられずにいた。


(人が魔法を使うところを、この目で見られるのか)


 魔法生物たちが放つそれを、魔法と呼ぶのだと試験を通して知ったばかりのアスベルである。だが、あれはあくまで過去に目にしたもの――魔法と意識せずに眺めていた、いわば映像に過ぎない。


 今から見られるのだ。目の前で、人が魔法を放つ、その瞬間を。


「では第一試合、アスベル・ノースエンデ対、カレン・フォン・ローウェル」


(なんと、第一試合か)


 できることなら、最後の試合が良かった。他の受験生たちの魔法を、じっくり見たかったのだが。


(まあ、第一試合ならば、あとはゆっくり他の者の魔法を見物できるか)


 アスベルとカレンが、前へと進み出る。試験官は二人に、先ほどカレンが語っていた結界の魔法をかけた。


「結界を破られたほうが、負けです。勝敗以上に、内容を重視いたします。……アスベル・ノースエンデ?」


「はい、なんでしょうか」


 カレンは杖を構え、アスベルは、長年使い込んだ剣を構えている。


「それは……杖ですか」


「いいえ、これは剣です」


(何やら、妙な問答になってしまったな……)


 試験官は「ふざけているのですか」と眉をひそめたが、アスベルはいたって真面目であった。


「これで戦います」


「そうですか。……では、始め」


 カレンは、遠慮なく杖を構え、魔法の準備に入る。


「来たれ、来たれ、来たれ。火の精霊よ、我が声に応えよ」


(うむ……戦いはもう始まっているのに、何をぶつぶつと唱えているのだろうか。もしや、これが呪文というものか)


 どう見ても、隙が多すぎる。この間があれば、魔物であれば十度は仕留められている。だが、アスベルはあえて先手を譲った。魔法を、しかと見たかったからである。


「――【業火玉フレイム・ストライク】!」


(ようやく、放たれたか)


 杖の先から噴き出したのは、巨大な炎の球であった。それが弧を描きながら、アスベルへと迫ってくる。


(これが……魔法、か。まさか、これほどとは)


 炎の球が、アスベルへと着弾する。轟音とともに、衝撃波と黒煙が立ち上った。


「ふふん。アタシの勝ちね」


 相手は結界に守られている。命に別状はないはずだ――そう思っての一言であった。


「いや、君は勝っていない」


「な……はぁ、あ?」


 アスベルは、変わらずそこに立っていた。手には剣が握られている。服に焦げひとつなく、結界も破れてはいない。


「う、嘘でしょう。中級魔法の直撃を受けて、結界が破れないなんて。一体、どうやって防いだのよ」


「防いだのではない。ただ、斬っただけだ」


「は……斬る、ですって?」


「ああ。それで終わりか? もっと他のも見せてくれ。あの程度では、物足りない」


(あれくらいなら、森に出る火吹き蜥蜴でも普通に放ってくるな。いや、あの魔物は呪文など唱えぬぶん、こちらより速いか……)


「くっ」


 カレンは再び、長く呪文を唱え、同じ業火玉を放った。


「それはもう見た」


 アスベルは動かない。炎の球が触れる直前――斬撃が奔る。


 彼は、宣言どおり、魔法を剣で斬って見せたのだった。


「う……そんな。あり得ない。魔法は、物理攻撃ではないのよ。斬るなんて……」


 アスベルには、彼女が何をそれほど驚いているのか、正直よく分からなかった。彼の流派では、魔物の放つ術を剣で斬り、無効化することなど、当たり前のことだったからである。


 ――もっとも、それが可能なのは、ノースエンデ流免許皆伝の域に達した、彼の突出した剣技があってこそなのだが。


「では、お返しをしよう」


「お返し……? 何を言って……」


「俺は呪文というものを知らない。だから、君の放った魔法を、そのまま打たせてもらう」


(本来ならば斬り込めば一撃で決着がつくだろうが、これはあくまで魔法の技量を試す試験だからな)


 アスベルは腰を落とし、剣を振るう。刃が、赤くきらめいた。


「――ノースエンデ流奥義、『魔鏡剣』」


 魔鏡剣。斬った相手の魔法の魔力を刃に纏わせ、そのまま相手へと返す、カウンターの技である。しかも今回は、業火玉を二発分、斬り受けている。すなわち放たれるのは、彼女の魔法の――倍の規模と威力を持つ魔法であった。


「な――これ、は、早――防――」


 カレンは咄嗟に後方へと飛んだ。着弾と同時に、倍の威力を持った業火球が炸裂する。


 轟音とともに、凄まじい衝撃波がカレンを襲った。彼女を守っていた防御結界はもとより、身にまとっていた衣服までもが、焼き尽くされてしまう。


 ――全裸になった彼女は、仰向けに倒れたまま、白目を剥いて気を失った。


「す、すまない。加減を誤った。まさか、これほど脆いとは思わなかったのだ」



 試験が終わり、試験官たちによって、受験生らの採点が進められた。


 そして数日後、結果が張り出された。


「……俺の名は、ないな」


 合格者一覧に、アスベルの名前は見当たらなかった。彼は、静かに肩を落とす。


「まあ、仕方がないか。試験では、魔法を使っていないのだからな」


 だが、アスベルは前を向いた。


(自分に魔力があることは分かった。魔法が学問として成り立っていることもだ。ならば、図書館なりで調べ、独学で身につけることも、できるはずだ)


 彼は、魔法への執着を捨ててはいなかった。学ぶだけならば、どこにいてもできる。そう思い、その場を立ち去ろうとしたときだった。


「アスベル・ノースエンデ! どこへ行くつもり!」


「カレン……」


 赤髪のカレンが駆け寄ってきて、きっと睨みつけてくる。


「合格者は手続きをするようにと、アナウンスがあったでしょう。なぜ帰ろうとするの」


「いや……俺は、合格者一覧に載っていないのだが」


 カレンは柳眉を逆立てると、アスベルの手を引いて移動を始めた。合格者一覧の隣に、『特待生』と記されたプレートがある。今年の特待生は、一名のみであるという。


「お、俺が……特待生だと……?」


 かくして、田舎から出てきた「おっさん剣士」は、見事、魔法学園に特待生として合格を果たしたのだった。


 彼は、まだ知らない。この身に秘められた、途方もない潜在能力のことを。


 そして、彼は知らない。彼が生まれ育った土地が、人外魔境と呼ばれる、恐るべき地であったことを。


 そこで培われた剣技こそが――この世界における、最強の魔法に等しいものであったことを。


 世界は、そして彼自身も――これから、それを知ることになる。

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