第2話 剣聖、魔力測定と実技で周りを驚かせる
ノアカーター魔法学園。帝都に構える、全国でも指折りの名門魔法学園である。
実力主義を貫くこの学園は、魔法の才さえあれば、誰であろうと受験を許されていた。
たとえそれが、三十五のおっさんであったとしても。
「なんだ、あのおっさんは」「わからん」「もしかして、受験生か」「あんな年寄りが……」
言うまでもなく、会場には若い受験生たちの姿が目立った。体育館のような広い場所へと、大勢の受験者が案内されていく。
(見たところ、十代前半の子が多いな。年齢制限がないとはいえ、ここは学び舎だ。若い者が集う場所なのだろう)
というより、とアスベルは胸の内でひとつ息をつく。
(年齢制限がないというのは、建前なのかもしれん。面接で「普段着でお越しください」と言われても、実際にはスーツで臨むのが暗黙の了解というのと、似たようなものか)
だが、アスベルに帰るつもりはなかった。帰るべき場所など、どこにもないのだから。
「はぁ……はぁ……なんとか、間に合ったわ」
(あの赤い髪の子――今、来たのか)
隣室を借りていた少女が、汗だくの様子で試験会場に駆け込んできた。気の強そうな吊り目に、赤毛のツインテール。胸元には、受験番号と名前が記されている。
(カレン・フォン・ローウェル、か。……まあ、俺には関わりのないことだ)
アスベルは、気づいていない。自分より遅れて宿を出たはずの少女より、自分のほうが先にこの会場へ辿り着いていた、という事実に。
カレンと違い、アスベルにとって帝都は今日が初めての土地であった。故郷を出たのも、生まれて初めてのことだ。この帝都の地理など、まるで頭に入っていない。それでいて彼のほうが早く到達していた――その事実こそ、化け物じみた片鱗であった。もっとも、当の本人は、まるで気づいてはいなかったが。
「それでは、試験を開始いたします。試験は三つ。魔力測定、筆記、そして実技試験です。まずは魔力測定より始めます」
中年の女性魔法使いが声を張り、杖を振るう。瞬く間に、大きな水晶の柱が幾本も地から生え出た。
「この水晶に、手を触れてください。魔力が数値として表示されます。受験番号順に、お並びください」
教員たちの誘導で、受験生たちは列をなす。ちょうど、アスベルの隣の列に、カレンが並んでいた。
(俺の、隣か)
「なによ、おじさん。アタシの顔、じっと見ちゃって」
「ああ、すまない。つい見てしまった。実は俺、君と同じ宿に泊まっているんだ」
「へえ、そうだったの。アタシ、カレン。カレン・フォン・ローウェルよ。よろしく」
カレンが、すっと手を差し出してくる。
「アスベル・ノースエンデだ。よろしく」
「……」
カレンは、どこか腑に落ちない顔をした。期待していた反応とは違ったらしい。
「ふん、よろしく、おじさん。まあ、どうせあなたは落ちるでしょうけど」
「それは、どうして」
「ここの倍率は百倍と言われているの。百人にひとりしか受からない」
「なるほど、さすが名門校だ」
「そう。通れるのは、このアタシのようなエリートだけ。見ていなさい」
カレンの列のほうが、幾分早く進んでいた。彼女が水晶に手を置く。
水晶が輝き、そこに『九五』の数字が浮かび上がった。
「おお、すごい」「九十代とは、初めて見たぞ」「ほとんど百ではないか」「歴代でも、最上位の魔力量だ」
周囲の受験者と試験官たちが、口々に驚きの声を上げる。カレンは、その反応に満足したのか、ふふん、と小さく鼻を鳴らした。
「次、アスベル・ノースエンデ。あなたの番です」
「あ、はい」
(そういえば、俺の魔力量とは……どれほどのものなのだろうな)
生まれてこの方、魔法など一度も使ったことがない。無論、魔力を測ったこともない。彼は、そっと水晶に手を触れた。
『∞』
「「「――は」」」
アスベル、試験官、そしてカレン。その場にいた誰もが、その数字に絶句した。
「八、なのか」「いや、八ではないだろう。向きが違う」「あの数字は、何だ」
誰も、その意味を読み取れずにいる。だが、異世界の記憶を持つ彼だけは、その数字の意味を理解していた。
(∞――無限、か。無限とは、いったい)
変化は、それだけでは終わらなかった。
ぴきり、と何かに罅の入る音がした。ぴき、ぴきぴき――。
「あ、アスベル・ノースエンデ! 早く、手を離しなさい!」
パアン、と乾いた音を立てて、測定用の水晶が粉々に砕け散った。それはもう、見事なまでに、木端微塵であった。
「壊れることも、あるのだな」
「あるわけないでしょう!」
カレンが、鋭く突っ込みを入れる。
「測定用の水晶は、固定化が施されているの。決して壊れないはずなのに……それを壊すということは、途方もない魔力量だということだわ。……くっ、なんなのよ、まったく」
(それは、こちらの台詞なのだが)
◇
続いて、筆記試験であった。カレンたちはグループごとに分けられ、それぞれの教室へと通される。
目の前には、学園側が用意したペンと問題用紙が置かれていた。アスベルは、カレンの斜め前に座る。
(アタシより多い魔力量の人間だなんて……許せないわ)
だが、魔力測定水晶が示した数値は、覆しようのない結果であった。あの数値をいじることなど、できるはずもない。ならば、事実としてアスベルは、カレンよりも多くの魔力を持っているということになる。
(だからって、なによ。ただ魔力を多く持っているだけの一般人でしょう。筆記試験なんて、解けるわけがないわ。あんな田舎丸出しのおじさんに……)
「では、試験を開始いたします」
カレンは問題文に目を通した。
(やっぱり、どれもハイレベルだわ。田舎者に解けるはずがない)
試験内容は、魔物の生態や魔法の仕組みに関するものだった。魔法理論、魔法生物、魔道具――魔法にまつわる、あらゆる知識が問われている。都に出てきたばかりのアスベルに、解ける問題など、一つもないはずであった。
しかし。
(なんだ……思ったより、答えられるものだな)
アスベルは、すらすらと問題を解いていく。
まず、魔法生物の設問。これは、魔物についての知識に他ならない。辺境の地で、数え切れぬほどの魔物と刃を交えてきたアスベルにとって、彼らの生態は身に染みて知るところであった。
続いて、魔法理論。これもまた、理解できた。
(そうか……魔物たちが使っていた術も、魔法だったのか。それなら、易しいものだ)
例えば、嵐の魔法。それは嵐鷲が放つ吐息であり、風と雷の魔法を組み合わせたものだ。その威力、その射程――それらすべてを、彼は実戦の中で、身をもって理解していた。
そして、魔道具の設問も、彼にとっては容易なものだった。
(この紋様は……道場に剣を卸してくれていた爺さんが打つ剣に、刻まれていたものだ。教えてもらったことがある。確か……)
魔道具に刻まれた術式や、魔力を効率よく通す工夫――そういった設問が、そこには並んでいた。どれも、生きるうちに自然と身についた知識ばかりであった。
(筆記が一番厄介だと思っていたが、案外どうにかなりそうだな。存外、易しい内容だったのかもしれん)
そうのんきに考えるアスベルをよそに、カレンは額に汗をにじませながら、必死にペンを走らせている。
(なんなのよ、この難解な問題は……。天才であるこのアタシでなければ、一問たりとも解けやしないわ)
カレンが苦戦を強いられている一方で、アスベルはすでに、すべての設問を解き終えていた。
彼は、気づいていない。
『以下五十問中、二十五問を選択して解答すること』
と記されていたにもかかわらず、彼は五十問すべてに答えていた。そして、その答えのすべてが、正しかったのである。




