15.初級魔法で、寮をぶった斬ってしまう
奴隷を得てしまった、アスベル。彼は、純粋に魔法を学びに来たはずであった。だというのに――
「はぁん♡ ご主人様ぁ~♡ お掃除、しておきましたぁ~♡」
「……ありがとうございます、キルケー先生」
寮の自室に、キルケーがいた。アスベルは、先ほどまで図書館で自主学習に励んでいたのである。部屋に戻ってみれば、メイド姿のキルケーが待ち構えていた。頼んでもいないのに、掃除まで済まされている。それに――
「……俺の部屋、鍵をかけておいたはずなのですが……」
「『開錠』という魔法が、ございますのよ~♡」
新しい魔法を知れたはずなのに、素直に喜べない。アスベルは、深々と溜息をついた。
「それ、普通に、不法侵入では……」
「わたくしは、アスベル様の奴隷ですのでぇ~♡ 問題、ございませんわ」
――確かに、奴隷とは所有物として扱われるものらしい。とはいえ、彼の中では、キルケーが奴隷であるという事実を、まだ完全には受け止めきれていなかった。
学校の教師が、いきなり自分の部屋にいる。しかも、さも当然のような顔で物色している。これは、率直に言って、ちょっとした怪談じみていた。
「……はぁ」
(前向きに、考えよう。魔法の教師が、個人指導をつけてくれるのだと思えば……まあ……うん……)
精一杯、好意的に捉えようとしたが、どうにも無理があった。アスベルは、それ以上考えるのをやめた。
「開錠は、どうすればいいのですか」
「無属性魔法だから、杖を振るだけで足りるわ」
(そういえば、武装解除も、呪文は必要なかったな……)
そして、蘇るのは、あの悲劇の記憶であった。杖を振った瞬間、相手を全裸に剥いてしまうという、とんでもない失態を演じたばかりである。
(二度、同じ過ちを繰り返すは愚か者の証。今度こそ、慎重に……)
もっとも、今回の杖の振りは、あのときほど大仰なものではなかった。
「開けたい鍵に杖先を向けて、すっと落とす。それだけよ♡」
「ありがとうございます」
魔杖剣を手に取り、試しに、鍵穴へと向ける。自分の部屋であれば、誰にも迷惑をかけまい。そう考えてのことであった。
すっと杖先を向け、そして――ひゅっ。
「開錠」
――そのときであった。
キィン、と、何か固い物同士がぶつかり合うような音が響いた。
「あら、あらぁ……開錠、できたかしら~♡ 奴隷であるわたくしがぁ……おーぷん!」
キルケーが、ドアノブに手をかける。鍵は、確かにかけておいたはずであった。ドアノブが回り、ぱか、と――
ドアが、開いたのである。
「おお! 成功ですわ!」
――縦に。
「「は……」」
状況を説明するならば、こうであった。アスベルは、出入り口の前に立っていた。キルケーがドアノブを回し、前へと押す。その瞬間、ドアが真ん中から、縦に――割れたのである。
それはもう、見事なまでに、ぱっかーん、と。そして、割れたのは、ドアだけではなかった。
彼の部屋のドア、そこを出てすぐの廊下の壁、床、天井――彼が杖先を向けた延長線上にあったもの、そのすべてが、縦にぱかんと開いてしまったのである。
ごごご……!
「り、寮が、揺れておりますわ!?」
アスベルは、慌てて廊下へと飛び出す。ずず、と、廊下の半ばより向こう側が、沈み込んでいる。
「廊下が、沈んでいる……いや! 建物ごと、沈んでいますわ!」
「そんな……馬鹿な……!」
彼の放った開錠の魔法。その効果は、単にドアの鍵を開けるだけに、留まらなかった。
その延長線上にあるもの、すべて――建物そのものすら、真っ二つに割ってしまったのである。
寮の生徒たちが、驚きと戸惑いの入り混じった声を上げている。
「な、なんだ、これは!」
「向こう側が、見えないぞ!」
「でっかい刃物で、寮が一刀両断されたみたいになってやがる!」
「ひぃいい!」
幸い、真っ二つになった寮の向こう側にいた生徒たちも、無事であった。どうやら、此度の魔法で、命を落とした者はいなかったらしい。
だが、一歩間違えれば、犠牲者が出ていてもおかしくない。それほどまでに、恐ろしい一撃であった。
「すごいですわ!」
これほどの失態を演じておきながら、キルケーは怒るどころか、尊敬に満ちた眼差しを向けてくる。
「ただの、ドアの鍵を開けるだけの無属性魔法で、寮を両断してしまうだなんて! さすがですわ!」
(少しも……凄いとは、思えない……。いや、威力そのものは、確かにとんでもないのだが……)
狙いが、完全にずれてしまっているのである。これを、いったいどう喜べというのか――




