第11話 無自覚にすごい魔法で生徒を助ける
アスベルは、剣と共に生きてきた。彼が生まれ育った人外魔境では、常に魔物の脅威に晒されていた。ゆえに、人々を守るための武芸が、どこよりも盛んな土地であった。
とはいえ、村人の誰もが、卓越した剣の遣い手というわけではない。その中にも、確かな序列は存在した。働き蟻の群れの中にも、怠け者がいるように。
そんな中で、アスベルは、上位に位置する強さを持っていた。――そして、途方もなくお人好しでもあった。だからこそ、彼はいつしか、面倒ごとを押しつけられる立場になっていたのである。
面倒ごととは、つまり、魔物退治であった。彼はどのような魔物も、瞬く間に討ち果たしてしまう。周囲の者たちは、自然とこう考えるようになった――彼を頼れば、楽ができる、と。
アスベルは、いつの間にか、皆から頼りにされる――というよりも、都合よく使われる存在になっていた。それでも彼は、根がお人好しであったため、それを拒むことはしなかった。
人を守るために、剣を振るう。そこに、深い思考はない。人が困っている。ならば、剣をもってその困難を取り除く。ただ、それだけのことだと、そう思っていた。
蠍の魔物がキルケーを襲った際、彼が剣を手にしたのも、本当に、とっさのことであった。反射、と言ってもよい。
女教師が魔物に襲われているのを見て、助けた。そこに、深い主義や主張などは、何もなかったのである。
――だが。
「きゅんきゅん……♡」
キルケーは、先ほどから謎めいた声を漏らしながら、じっとこちらを見つめていた。眼鏡越しに向けられるその眼差しには、熱がこもっている。レンズさえも、熔かしてしまいそうなほどの熱さであった。
なぜ、これほど熱心な眼差しを向けられるのか、アスベルにはさっぱり見当がつかなかった。
(まさか、魔物から助けられた――ただそれだけの理由で、女性が、俺のようなおっさんを好きになるはずもあるまい。物語ではあるまいし)
加えて、アスベルには、ミレーヌに婚約を破棄された過去がある。なおのこと、自分のようなおっさんを想う女性など、いるはずもないと、思い込んでいるのであった。
「先生。俺は、森の中に散らばった同級生たちを、救助して参ります。先生は、入り口でお待ちください」
森に散った生徒たちを助け出し、キルケーのもとへと送り届ける。それを繰り返そう、というのである。
「きゅんきゅんきゅん♡」
「……話、聞いていますか」
「も、もも、もちろん!」
「そうですか」
「で、何をなさるので?」
「……」
(もちろん、というのは、そちらの意味であったか……)
どうやら、話は聞いていなかったらしい。アスベルは、もう構わないことにした。今は、時間が惜しい。
彼は、空歩剣を使う。風に乗り、空を駆ける魔法――否、剣技である。巨木がざわめくほどの爆風を、彼はその身にまとっていた。
凄まじい速さで、木々が背後へと流れ去っていく。彼は耳を澄ませ、魔物の気配を辿った。
無意識のうちに行っているこの技術もまた、探査と呼ばれる魔法であった。魔法とは本来、魔力を消費し、術式を用いて起こす超常現象のことである。
魔法を極めるとは、すなわち、無駄を削ぎ落としていくことに等しい。優れた魔法使いであるほど、消費する魔力は少なくて済み、術式もまた、より簡潔なもので足りるという。
アスベルの域に達すれば、無意識のうちに体内の魔力を練り上げ、己の肉体と剣を媒介として、魔法そのものを体現することができる。
魔法使いたちが通常用いる、杖や呪文を介した魔法など、アスベルには不要であった。彼が長年修めてきた剣そのものが、そのまま魔法となるのだ。
――そうした彼が、果たしてこの学院で学ぶべきことなどあるのか、という至極まっとうな疑問は、ひとまず脇に置いておこう。
「聞こえたな」
悲鳴の聞こえる方角へ、アスベルは向かった。そこには、大型の蜂に襲われている、名も知らぬ生徒たちの姿があった。アスベルは、風に乗った勢いのまま体を回転させ、斬りつける。
「風塵剣」
無数の細やかな刃風が、蜂の体を切り刻んだ。毒針も、毒そのものも、塵と化すほどの連続斬撃である。
これもまた魔法には違いないが、アスベルは事もなげにそれを放ってみせた。通常の魔法使いがこれを扱えば、魔力を使い果たし、気を失ってしまうほどのものである。
だが、彼の場合は、最小限の魔力と最小限の動きで発動できる。ゆえに、倒れることもない。
「怪我は、ないな」
「「は、はひぃ……」」
生徒たちは、何度も頷いた。アスベルは魔杖剣を抜き、地面に突き立てる。すると、杖の先から、一羽の青い鳥が生まれ出た。
「『青燕剣』。この燕の後を追っていけば、出口に辿り着ける」
「「ありがとうございます!」」
生徒たちは、口々に礼を述べながら、その場を離れていった。彼らの姿が見えなくなったところで、アスベルは、ふと自らの胸に手を当てた。
「感謝、か。久しく、聞いていなかったな」
【なんだよ、相棒】
魔杖剣が、アスベルに語りかけてきた。
【感謝くらい、腐るほどされてきたんじゃねえのかよ】
「いや。皆、それを当たり前だと思うようになってな……いつしか、誰も何も言わなくなっていった」
【けっ。とんだ阿呆な村人どもだな。これほどの魔法使いを追い出すとは、頭がどうかしてるんじゃねえのか】
「いや、どうだろうな。村の者たちも、皆、優れた実力の持ち主だったのだ」
だからこそ、アスベルは、自分が特別秀でているとは、まるで思っていなかった。実のところ、あの村の中でさえ、彼は上位の実力者であったというのに。
「ミレーヌや、村の皆は……今頃、どうしているのだろうな」
【かかかっ! これほどの窮地のさなかに、よそ事を考える余裕まであるとはな。さすが、相棒だぜ】
【作者からお願いがあります】
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