八話 ここから先、番犬注意!
遺物管理局で許可証を受け取って、コレットとマノンは【無限宝物庫】の深部へと進んだ。
入口を通ってすぐに、真っ白な空間にいくつかの扉が浮かんでいる。
それらすべての扉は開かれており、周辺には中身を根こそぎ持っていかれた空っぽの宝箱が散らばっていた。
「待って、私も同行するわ!」
二人がどの扉を進もうか悩んでいると、後ろから声をかけてきた人物がいた。
「メディアナさん!」
「君は、管理局の持ち場を離れてもいいのか?」
マノンが尋ねると、メディアナは豊満な胸を張りながら答える。
「魔王様の大切な御息女を護衛なしで送りだすなんて、そちらの方が問題でしょう? 許可は取ってあるわ」
「私たちで十分なのに……まったく、子供扱いしないで欲しいな」
「コレットは賑やかな方がうれしいです!」
メディアナは最も手前にある扉の前に立つと、こほんと咳払いをして説明を始めた。
「【無限宝物庫】は各世代ごとにフロアが別れているの。それぞれ厳重な封印が施されていて、術式もその時代の最高峰。よって、古い時代のものほど魔術解析が困難になっている。現在解放されているのはベルナディア様のひとつ前の二十二代目から、十五代目の時代までね」
「メディアナさんっ、大きなお城を壊す兵器はあります?」
「そうね、大量破壊兵器となると。魔界統一という偉業を成し遂げた四代目魔王バハルト様が設計した龍火砲が最も有名ね。もしかしたら彼の宝物庫にはより強力な兵器が眠っているかも――――あら、そういえば現魔王のベルナディア様もバハルト様と同じ龍族だったわね」
「そうだ。そして何を隠そう私もバハルト様の、偉大なる黒龍の血を引いているのだよ!」
マノンは誇らしげに語る。頭の二本角がピカリと輝いた。
「それじゃあマノンなら、バハルト様の遺産の封印を見つけ出せるかもね」
「母上ですら見つけられていない封印をか。それは、骨が折れそうだ」
「ではでは、兵器ではなく、武器の方はどうです?」
「強力な武器といえば、やっぱり二代目かしら? 彼女に扱えない武器は存在しなかったと言われるほどの武芸者とされているけど。あくまで伝説だけどね」
「たしか初代魔王と共に、人間を絶滅寸前まで追い詰めたまさに鬼神と聞いているが……」
「そうなのだけど、どうしてか女性であること以外は、名前すら後世に伝わっていないのよね」
少しだけ真面目な顔になる魔族のふたりを余所に、コレットは早く先に進みたいとそわそわしていた。
「さて、待たせたね。コレットはどこから回りたい?」
「ははさまの集めたお宝を見てみたいです!」
「本当にお母様のことが大好きなのね。わかったわ。じゃあこっちよ」
◇
ベルナディアの宝物庫は、既に大部分が持ち出されたあとであった。
残されているのは破損していて、戦いには利用できないと判断された物だ。
それでもコレットとマノンにとっては母親の宝物である。
ひとつひとつ大切に取り扱いながら、状態を確認していく。
「あ、なにか大きな生物がいます!」
コレットが、部屋と部屋を繋ぐ通路を塞いでいる生物の存在に気付く。
「あれは【無限宝物庫】を見回る番犬よ」
「うぁ……ケルベロス……」
「どうしたのマノン。顔、青ざめてるけど。学生時代にも魔獣生態科の授業で触れ合っていたじゃない」
「いや……その、大きい肉食生物はちょっと……む、むり……っ」
以前、【貪食の魔樹海】で巨大肉食植物に捕食されてしまってからというもの、マノンは大型生物がすっかりトラウマとなっていた。消化される恐怖を思い出してしまうのだ。
後退りしながら、壁にぶつかるマノン。
下腹部の辺りを押さえながら。ぷるぷると震えている。
ケルベロスはこちらの存在に気付き、三つ首で威圧的に見下ろしている。
「…………野暮用、すぐ戻るから!」
マノンは恐怖と尿意を我慢できず、脱兎のごとく走り去ってしまった。
「おかしなマノン。コレットちゃんは平気?」
「大丈夫です! ――前はなんだか身体が燃えるように熱かった記憶しかないですけどっ」
「?? よくわからないけど、許可証があればあの子も大人しいものよ」
「そうなんですね! わぁ、近くで見るともふもふです、もふもふっ!」
コレットが目を輝かせながら、巨大な魔獣を眺めている。
そんなコレットの姿に、メディアナは優しい眼差しを向ける。
魔王ベルナディアが人間を飼い始めた。その話は東の最果ての地まで届いているほど有名だ。
真意は不明だが。さまざまな説が飛び交っている。中にはその人間が勇者ではないかと疑う者も。
しかし、メディアナは思わず笑ってしまう。
この子が勇者だなんて、そんなことはありえないと。
勇者というのは魔族であれば子供であろうと容赦なく殺す、人間が生み出した殺戮兵なのだ。
コレットにそのような物騒な称号は似合わない。
少々意地っ張りなところがあるマノンとは真逆で、素直で裏表がない。
学生時代、マノンは魔王の娘という重圧に苦しみ、孤独に研究を続けていた。
きっとベルナディアはそんな娘を憐み、遊び相手として人間の子供を連れ帰ったのだろう。メディアナはそう推測していた。
事実、再会したマノンは、別人のように明るい表情を見せていたのだから。
「私ね、歳が離れた妹がいるの。ちょうど今のコレットちゃんと同じくらいの身長でね」
「いもうとさんですか!」
「ええ。貴女を見ていると、つい思い出しちゃうな。元気にしているかなって」
「わぁ……その子と会ってみたいです!」
「そうね。きっとすぐに仲良くなれると思うわ。是非、うちの妹とお友達になってくれる?」
「はいっ! えへへ、コレットずっとお友達が欲しかったんです。お城には、ははさまとおねえさましか話相手がいないから」
「あら、そこに私はいれてくれないの?」
「えっ、メディアナさんもですか!」
「ふふ。当然でしょ」
コレットが心底嬉しそうな笑顔を浮かべる。
小さな身体を受け止めて髪を撫でると、メディアナの心まで温かくなる。
「そうだ。せっかくだから番犬にご飯をあげてみる? これも管理局員の仕事なの」
「いいんですか! やってみたいです!」
「内緒にしてね。お友達だけの特別サービスよ?」
コレットはメディアナからケルベロスの餌を受け取り、さっそく駆け出していく。
その後ろ姿を見送り、メディアナはマノンの帰りはまだかと、入口の方に視線を向けた。
「――――――」
「…………え」
直後、背後から聞きなれない音がした。一瞬の、生物の悲鳴に近い。
メディアナが振り返ると。そこにあるはずのものが――なくなっていた。
「コレット……ちゃん……?」
先ほどまで笑顔を振りまいていた少女の姿がない。
隠れるような場所もない。探す。探す。視線を彷徨わせる。
ふと、地面に不自然な影が見えた。
巨大な番犬の影に、人間の足の影が、ぶら下がるようにくっついている。
「……………っ」
メディアナは言葉を失った。全身から血の気が一気に失せていく。
ケルべロスの中央の下顎から、少女の肉体が力なく垂れ下がっていたのだ。
首から先が鋭い歯と歯の間に挟まり、無残に噛み砕かれている。
黒い血が、ぽとり、ぽとりと床に滴り落ちていた。
「ど、どうして……そんな、ありえない……!」
許可証があれば襲われない。管理局の先輩にもそう教わっていたのに。
ケルベロスが反応するのは許可証を持たない招かれざる者、そして――魔族にあだなす者だけだ。
「今すぐコレットちゃんを放しなさい!!」
メディアナが背中の翼を広げて、コレットの元へと飛翔する。
ケルベロスはその三つの顔でメディアナを一瞥すると、瞬間、前足で無造作に振り払った。
「がっ……あああああっっ!!」
メディアナは巨大質量に押され、壁に叩き付けられた。受け身も取れず、地面を何度も跳ねる。
全身が痺れ、思うように動かない。サキュバスは直接的な戦闘には不向きな一族である。そんな当たり前のことも忘れてしまうほど、彼女の身体が先に動いたのだ。
「う…………あっ……ぐっ」
しかし、たかがいち魔族が、魔界の至宝を守護する魔獣に敵うはずがなかった。
ケルベロスにとって、メディアナは視界を飛び回るコバエと変わらない。
その前足を動かすだけで、容易に肉体を擦り潰すことができるだろう。
「これ……と……ちゃん」
息を荒げながら、血を吐きながら、メディアナはコレットに向けて手を伸ばす。
再会した親友の大切な妹。そして、故郷に残してきた自分の妹と姿が重なる。
いつか会わせると、お友達になってあげてねと。そう約束したのに。
助けないと。あの可愛らしい姿を、声を取り戻さないと。
激痛を堪えながら、涙で歪む視界の中、必死に這いつくばりながら進む。
その時、ケルベロスの口からなにかが吐き出された。
メディアナの目の前で、ふわりと布きれが揺れて落ちてくる。
「……あ」
見覚えのある、血と唾液に濡れたコレットの衣服だった。
生理的嫌悪を催す音がした。硬い物を砕く、命を磨り潰す音。
ケルベロスの口の端から炎が吹き出し、ボロボロと焦げた灰の欠片が零れ落ちる。
「…………」
骨だ。
「あ……ああ…………あああああああああああああああああああ!!」
メディアナは半狂乱状態でケルベロスの元へ走ろうとし――激痛と絶望の闇に飲まれ意識を失った。
◇
「……これは、一体どういう状況なの?」
マノンが野暮用から戻ると、床が血の海になっていた。
その中心に二人の姿。コレットが半裸の状態で取り乱していた。
「おねえさま! メディアナさんが、目を覚まさなくて!」
全身に傷を負ってぐったりとしているメディアナの頭を、コレットが両膝に乗せていた。
コレットの服装もボロボロになっている。まるで鋭い凶器で貫かれたような穴が広がっていて。
「そう、また死んだのね……」
「はい、ケルベロスさんに食べられちゃいました」
「うっ……」
その時の生々しい光景を想像してしまい、吐きそうになりながらも、マノンはなんとか堪える。
「メディアナは、コレットを助けようとして傷を負ったんだね」
マノンは倒れたメディアナの額に、静かに手のひらをかざす。
「なにを始めるんです?」
「記憶を少しだけ弄るの。貴女が殺される前後の時間をなかったことに。そうでもしないと、可哀想でしょ?」
マノンは戦闘能力こそ低いが、補助魔術全般、特に精神操作などの搦手は超一流であった。
「おねえさま、お優しいです」
「……理由は、それだけじゃないけどね」
コレットが持つ蘇りの力、『勇者の奇跡』の存在を、外部の者に知られるわけにはいかないのだ。
魔族の中には人間界で活動し、その目で勇者と対峙した経験がある者もいる。
コレットの正体を隠し通す。それも、ベルナディアからマノンに与えられた重要な使命であった。
「コレットは早く着替えなさい。あと魔力回復薬も持ってきて。メディアナが目覚める前に」
「そうでした! なんだか唾液まみれで……きもちわるいです。あと変な臭いもします」
コレットが新しい服に着替えている間に、マノンは回復魔法でメディアナの傷を塞いでいく。
「あ、あれ……私……どうして」
数分後。
「メディアナさん、目を覚まされたんですね!」
「これっと……コレットちゃん!!」
「わぷっ」
メディアナが跳ね起きると、着替えたばかりのコレットを抱擁する。
その身体に異常がないことを確認すると、彼女は深く安堵の息を吐いた。
「ああ……悪夢を見た気がするわ……内容は思い出せないのだけど。とても、とても恐ろしい夢を……」
「魔界の至宝が眠る場所なんだ。番犬の他にも、精神を惑わせる力が働いていても、不思議ではないよ」
「まだ新人とはいえ、管理局の者として恥ずかしいわね…………夢で、本当によかったわ」
マノンの言葉に頷きながら、メディアナはコレットを抱きしめる力を少しだけ強くしていた。




