九話 魔王の宝
「ここで行き止まりか。さすがに調べ尽くされたあとみたいだ」
「人間界への侵攻作戦が決まってから、ベルナディア様は真っ先に宝物庫を開放されたから。この結果はわかりきっていたわね」
三人は、ベルナディアの宝物庫最深部に到達した。
ここまでの道中も見落としのないようくまなく探したものの、有益なものは見つかっていない。
「他の先代魔王と違い、ベルナディア様の蒐集品は極端に少なくてね。場合によっては数ヵ月規模の調査が必要だったりするのだけど。数日で終わってしまったわ」
「母上は不必要なものは集めないよ。なにより無駄を嫌うからね」
リアリストというのだろうか。ベルナディアは常に魔界全体の益を考えている。
他者を蹴落とし、自身の利益だけを追究する利己的な魔族の中では珍しく、氏族からの信頼も厚い、歴代魔王でも最も支持を集めているのだ。
だからこそ、人間の勇者であるコレットを連れ帰るという暴挙も、周囲の反対を押し切って実行することができたのだ。普通なら、王であろうと玉座から引きずり降ろされ、魔界を追放されてもおかしくない。
「それでコレット、どうかな。なにも見つからなかったけど。別の場所に向かう?」
「んん……」
コレットが小さな鼻をひくつかせて、なにかを探るように部屋の隅から壁沿いに歩き回る。
「この部屋から匂いがします。花の匂い……知っているものです」
「コレットちゃん? そっちはただの壁だけど」
「なるほど隠し財宝があるんだね。……母上らしい」
コレットに倣って、マノンとメディアナも壁を叩いて反応を見る。
「わからないわね。自ら宝物庫を開放しておきながら、隠し財宝なんて残しておくかしら?」
「きっと私たちは母上に試されているんだよ。うまく任務をこなせるかどうか、とかかな」
「実の娘に対してもその能力を疑うだなんて。魔王様も厳しいのね」
「んー、あっ、見つけました、ここの隙間です!」
コレットがその場にしゃがんで、床と壁の境に手を突っ込んだ。
すると指が壁にめり込んでカチリと音が鳴る。直後、後方の壁に穴が開いた。
「わぁお。コレットちゃんすごいわ。うちの調査団がさんざん調べてなにも見つけられなかったのに」
「えへへっ」
「ふむ、これはまた古い金庫だね。大きさからして、武器や兵器の類ではなさそうだ」
穴に収まる小型の金庫を前にして、メディアナは警戒を強める。
「下手に触れない方がいいわ。わざわざ隠すほどの宝なのよ。まだなにか罠が仕掛けられているかも……」
「そうだね。コレット、話は聞いて――――」
「うーん。開かないです。おねえさま、鍵がかかっています」
時すでに遅し、コレットは金庫に直接手で振れていた。
「ちょ、ちょっとコレットちゃん!? 怖い物知らずにもほどがあるわよ!」
メディアナが慌ててコレットを抱き寄せ、金庫から引き離す。
マノンはやれやれとため息をつき、杖を掲げて魔力を探知する。
「調べたところ、呪いの類はなさそうだ。もちろん母上が本気を出せば、私ごときの探知能力は通用しないだろうけど。まぁ……そのときは力不足である己を責めるしかない」
「マノンは小心者のわりに、変なところで潔いわね」
「……うるさいな」
三人は意を決して金庫に近付く。よく見ると小さな鍵穴があった。
「一度管理局に戻って、それらしい鍵が見つからなかったか調べないとね」
「いいや、その必要はないよ」
マノンは念じると、手のひらに半透明の鍵を生み出す。
「これは魔王の血族にしか生み出せない魂の鍵。この金庫は、親族に向けたものだ」
魂の鍵を差し込む。すると、カチャリと小気味良い音が鳴り、自然に扉が開かれる。
金庫の中に入っていたもの――――それは、石だった。
「ひかる……石? なんらかの魔石かしら。奥に薬草の束もあるわね。それに押し花も……匂いの発生源はこれかしら。それにしても……厳重に保管するものとは思えないわね」
中身を確認していくたび、メディアナが首を傾げる。
魔王の隠し財宝としては、あまりに日常にありふれた、ガラクタであったからだ。
「まったく……本当に素直じゃない」
しかし、すべてを察したマノンは、どこか優しい表情になっていた。
「それらは母上にとって、至高の宝であるのは間違いないよ。よかったね、コレット」
「ははさま……」
コレットの大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
姉であるマノンの胸にしがみついて。声をあげて泣く。
金庫の中にあったのは、どれもコレットが今までベルナディアのために、何度も罠にかかりながら集めて贈った物であった。
受け取ってもらえず、処分されたとばかり思っていた。
全部、こうして城で一番安全な場所で、大切に保管されていたのだ。
「って、コレットちゃん、どうしちゃったの!?」
「な、なんでもないです……うれ、うれしくて……っ」
「メディアナ、このお宝はそっとしておこう。多分、母上にとってもこうして見つかることを想定していなかったはずだから」
「……? 貴女がそういうのであれば」
マノンは金庫を優しく閉じ、仕掛けを元に戻した。
「ここにはこれ以上のものは見つからないはずだ。さて、入口に戻ろうか。コレットも、行くよ」
「はい……!」
今回は成果なしではあったものの、マノンの足取りは不思議と軽く。
その隣を歩くコレットの涙で濡れた顔には、この世の何よりも輝く、満面の笑みが浮かんでいた。




