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七話 初めての任務

「忘れ物はない? しばらくは戻ってこられないのだからね」 


「はい。マノンおねえさま! 準備万端ですっ」 


「いい? これはいつものお遊びじゃなく、母上――魔王様からの正式な任務なのだから。失敗は許されないよ」


「おやつもたくさん用意しました。えっと、おねえさまの大好きなイモリ姿焼きに――」


「……本当にわかってる?」


 パンパンに膨らんだ鞄を背負ったコレットとマノンが、区画を繋ぐゲートを潜る。

 直後、巨大建築物が露わになる。魔王城の中にあるもうひとつの城。見渡す限りの金銀財宝、宝箱の数々。 


 その間を、荷物運び用の自動石人形と、それを操る魔族たちが慌ただしく動き回っている。


 【無限宝物庫】

 

 魔界全土から献上された品が保管される、魔界の歴史をそのまま閉じ込めたような場所だ。

 初代から第二十三代目魔王ベルナディアにかけて、数千年もの間に集められてきたお宝であり、有能な兵器から用途不明なガラクタまで。その総数はもはや誰も把握できていない。


 歴代魔王が実際に使った神器もあり。

 そのため、立ち入りはこれまで厳しく制限されていたのだ。

 魔王の娘であるコレットとマノンですら、初めて足を踏み入れる。


「おねえさま、コレットたちが探すのは強い兵器ですよね! 大きな城を破壊できるような!」


「そうね。人間界での戦いは、堅牢な建物を破壊する強力な兵器が必要不可欠になる。私たち魔族は城攻めの経験がほとんどないから。単純な力押しでどうにかなる相手なら、長年の因縁にもとっくに片が付いているだろうし」


 魔界でも魔族同士の小競り合いは頻繁に起こるが、平野での力比べで終わることがほとんどである。道具に頼るのは弱き者であるという、戦闘能力に優れた魔族特有の驕りがあったのだ。しかし戦争でそんな甘ったれたことは言えない。

 

「それから、使えそうな武器と防具を見つけたら、私に知らせて」

 

 魔界は豊富な鉱石資源に恵まれているが、問題はそれを加工する技師の数が圧倒的に足りていないことだ。

 手先が器用な種族としてゴブリンやオークなどが挙げられるが、彼らも自分たちの体格に合わせた装備を作るので精一杯。多くの種族が集まる混成軍において、それぞれの専用装備をイチから用意するとなると、膨大な時間と労力がかかってしまう。 


 つまるところ魔王軍は、末端に行き渡るほどの武具を用意できていない。

 とはいえ、多くの氏族が参加する大戦。開戦日時を今さらずらすこともできない。


 現在、汎用装備を開発、生産体制に入っているが。開戦には間に合わないだろう。

 だからこそ、寄せ集めの武具や兵器、過去の遺物にも頼らざるを得ない状況なのだ。


 二人が請け負った任務は、この【無限宝物庫】から戦いに有効なお宝を見つけだすこと。

 既に宝物庫から手当たり次第に持ち出されているが、魔界の歴史そのものが詰まった城だ。まだまだ見落としがあるかもしれない。 


 前夜、マノンは喜びと緊張で一睡もできなかった。

 生まれて初めて『家族としてのお願い』ではなく、『魔王からの任務』として頼られたのだ。


 自室でコレットと一緒に飛び跳ねるくらいはしゃぎ。

 隣で熟睡している義妹の寝顔を眺めながら、緩む頬を両手で押さえていたほどだ。


「……母上に認められたのは、ぜんぶ貴女のおかげね」


「コレットが、ですか?」


 コレットが【灰燼回廊】で見つけた魔王専用の薬を贈ってからというもの、ベルナディアの体調が目に見えてよくなっていた。結果的に停滞していた会議も順調に進み。ついに人間界への侵攻作戦が決行されることになったのだ。

 

 あの悪ふざけのような薬が、本当に役に立ったのだろう。

 ベルナディアは、コレットのその力に期待しているようにも見えた。

 きっとコレットのお宝に対する嗅覚は本物なのだ。それは魔王すら認める特殊能力。


 ベルナディアは娘に甘いが、実務や能力面での忖度は絶対にしない。

 マノンもこれまで、政務には間接的にしか携わることはできなかったくらいだ。


 ――初めての任務。必ずや期待に応えないといけない。

 

 二人はまず、宝物庫の前にある遺物管理局に立ち寄った。

 ここで許可証を発行してもらわないと、魔王の娘であろうと門前払いだ。


 管理局内も、戦争の準備で慌ただしく職員が動き回っている。

 その中で、ひとりの女性がこちらに気付き、声をかけてきた。


「マノンじゃない! お久しぶりね」


「その声は、メディアナか!」


 二人は親しげに抱擁する。

 瞬間、マノンの顔がメディアナの豊満な胸にすっぽりと飲み込まれた。

 身長も胸囲も圧倒的な格差社会。なんせメディアナはエルフとサキュバスの混血なのだ。


「しばらく会わない間に大きく――は、なってないか。お互い長命種だしね」


「いや君は、一部分が大きくなり過ぎじゃないかな……?」


「マノンは相変わらず、小さくてかわいいわ。食べちゃいたいくらい」


「やめてね……君のその獲物を見るような瞳、ときどき怖いんだよ」


「冗談よ……ふふっ」


 メディアナはおっとりとしているが、その細めた瞳にはサキュバス特有の魅惑の魔力が宿っていた。


 マノンとメディアナは、幼少の頃に通っていた魔術学校の同級生だった。

 卒業後はそれぞれの故郷に戻り、以降は手紙でのやり取りを数回交わした程度である。


「どうして今さら魔王城に? 君は東の果ての開拓地へ向かったんじゃ」


「これから人間との大きな戦争になるのでしょう? 働き盛りで血の気の多い連中がみーんな軍の方に行っちゃったから。少しでも稼ぎの良い仕事を探して、ね」


「……そうか」


 ここ数日の間に、魔王城には新顔も増えていた。

 前線での戦いには参加できなさそうな子供や非戦闘員などが城内で働いている。


 メディアナも故郷の家族のために、出稼ぎにきたのだという。

 いよいよ大きな戦いが迫っているという事実が、城の空気感からひしひしと伝わってくる。


「ところで、あの子が例の――魔王様が連れ帰ったという?」


 メディアナが、マノンの後ろで不思議そうに首を傾げているコレットを見つめながら言った。


「あ、うん。紹介するね。私の義妹のコレットだよ」


「コレットです! きれいなおねえさん、よろしくおねがいします!」


 紹介されたコレットが元気いっぱいに手をあげる。メディアナはその愛らしい頭を優しく撫でた。


「メディアナよ。マノンとは幼馴染ってところね。よろしく~。……かわいい子ねぇ」


「そうだろう。最近は二人合わせて母上にも認められたんだよ!」


 マノンはコレットを抱き寄せて、自慢げに語る。

 

「――あら、随分と浄化されちゃって。昔貰った便りには、誰かさんへの愚痴でいっぱいに埋まってたのにねぇ」


「あ、あれは……! その……当時の私が、愚かで…………えっと」


「おねえさま……?」


 まだ姉としての自覚がなかった頃の黒歴史を出されて、つい慌てだすマノン。

 コレットから向けられる純粋な瞳に耐えられず、みるみる表情が、姉としての威厳が弱っていく。


「メディアナ、お願いだから言わないでよぉ……! それは、そういうのは、いじわるなんだっ!」


「ふふっ、言わない言わないから。そんな泣きそうな顔にならないの。学生時代は誰に対してもトゲトゲしていたのに。いい意味で変わったわね、貴女」


 からかうように微笑む旧友に、マノンは顔を真っ赤にして抗議するのだった。

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