五話 家族の時間
【灰燼回廊】からの帰還後、二人はいったん大浴場で汗を洗い流すことにした。
汗とマグマの臭いを吸った服を脱ぎ捨てて、開放感に浸りながら、湯けむり立つ大理石の浴槽へ。
「ほら、綺麗にしないと。これから母上にお会いするのだから」
「おねえさま、くす、くすぐったいですっ!」
きゃっきゃと身をよじらせるコレットを背中から捕まえて。
マノンはコレットの金髪を、わしわしと汚れを落とす白泡で包んでいく。
もちろん身体も、首すじから足先も、見えないところも丁寧に。
コレットは肌を赤らめさせて、気持ちよさそうに身を任せていた。
「交代です! おねえさまのお背中をお流しします!」
今度はコレットが、マノンの身体を時間をかけて綺麗にする。
「どうですか?」
「じょうずじょうず」
冒険の疲れもあってか、マノンはついうたた寝してしまう。
背中に触れる小さな手のひらが、ぼんやりと暖かく心地いい。
――ゴツンッ
突如、鈍い音が大浴場を響き渡った。
何事かとマノンが振り返りると、どろっとした血が床に広がっていた。
素っ裸のコレットが物言わぬ死体となって、大の字でひっくり返っている。
どうやら床に残った泡を踏んで豪快に転び、浴槽の角に頭をぶつけてしまったらしい。
あまりに想像しやすい痛みに、マノンの表情が歪む。
「どうして貴女は、そう簡単に死んじゃうの!」
「ご、ごめんなさぁい……」
マノンはもう一度、血塗れのコレットを洗い直し。
今度は転ばぬよう手を繋いで、一緒に湯船に浸かった。
身体を清めて、髪を乾かし、新しい服に着替え終わると。
二人は王座の間を目指す。マノンは事前に「城内に不審者がいる」と偽の報告を流し、護衛がいなくなる時間を作っていた。
「ははさま!」
「母上!」
コレットとマノンは、ベルナディアの元に駆け寄る。
「どうかしたの?」
今だけは家族の時間を邪魔する者はいない。
ベルナディアの声色にも優しさが滲み出ていた。
「ほら、コレット」
マノンは、緊張しているコレットの背中を軽く押す。
「こ、これを……ははさまに」
ベルナディアは献上された品に目を通す。
「これは先代が遺した、魔王にも効く強力な薬ね」
「ははさま、ずっとお忙しそうで。座っているの辛いはず、だから」
「母上、コレットは何度も骨になりながら、この薬を見つけ出したのです」
ベルナディアは立ち上がると、すぐ触れられる距離まで近付き、無言のままコレットを見下ろした。
「…………」
マノンにはわかる。あれは嬉しいのを必死に我慢しているのだと。
背後で立派な龍の尻尾が、ぶんぶんと振り回されている。それはもう三つ首番犬のように。
コレットは無表情なははさまを見上げて終始不安げにしている。
素直になるなら今しかないと、マノンは瞳で必死に母上へ訴えかける。
「魔王様! 不審な者が城内をうろついていると、マノン様から報告がありましたが――」
「……ちっ」
タイミング悪く、城の巡回から兵士が戻ってきてしまった。
配下の魔族は、人間であるコレットを露骨に警戒して、腰の剣に手を触れている。
コレットは多くの魔族から敵視されており、その行動は逐一監視されている。
魔王と同じ空間にいられる時間は短い。マノンの工作もあまり時間稼ぎにはならなかったようだ。
「いたずらもほどほどになさい、マノン」
「申し訳ありません……母上」
配下の目がある以上、もう『ははさま』ではいられない。
ベルナディアは瞬時に尻尾の動きをピタリと止め、魔王の仮面を被る。
「会議の邪魔よ。二人とも、今すぐに出ていきなさい」
周囲の温度を下げるような冷たい声で言い放つ。
薬の入った瓶は無造作に玉座の脇へ置かれ。以降、見向きもされなかった。
「はい……ごめんなさい、ははさま」
王座の間を出て、すぐにマノンはうつむくコレットに優しく声をかけた。
「気にすることはないよ。母上にも、コレットの気持ちは伝わっているはずだから」
それはもう。尻尾が千切れるのではないかと思うほどに。
「おねえさま……コレットは諦めません」
しかし、落ち込んでいるかと思いきや、顔を上げたコレットの瞳は決意に満ちていた。
「……もっと、ははさまに認めてもらえるすごいお宝を探して。コレットが立派な魔族であることを証明してみせます!」
「そ、そう。それは、がんばって」
貴女が人間の勇者である限りそれは絶対に無理、とは口が避けても言えなかった。
こんなにもおバカで健気で愛おしい。家族想いの優しい義妹が。
マノンもまた、コレットがかわいくてかわいくて仕方がないのだ。




