四話 マノンおねえさまは苦労人
「おねえさま! あそこの岩場、通れそうですよ!」
灼熱のマグマが煮えたぎる【極限環境区】のひとつ――【灰燼回廊】
陸地は三割、その他七割が溶岩の海である。当然ながら生物はほとんどいない。
「ま、待ちなさい。落ちたら熱いで済まないよ!」
「だいじょうぶ、よっと、――あ」
ずるりと足を滑らせたコレットの身体が、溶岩の海へと真っ逆さまに転がり落ちた。
千度を超える熱と熱風が、彼女の身体の外側、そして内側の臓器を燃やし尽くす。
「あぁもう! だから言ったのに!」
出発前に、マノンが気休め程度に熱耐性の防御壁を与えたのが裏目に出た。
即死できず、コレットは粘度のあるマグマに絡めとられ、もがき苦しんでいた。
しばらくして、パチパチと弾ける音と共に、こんがりと焼け焦げた骨がぷかぷか浮かぶ。
「……こんなこともあろうかと、用意して正解だった」
マノンはため息をつきながら耐熱マスクを装着し、耐火仕様のトングで骨を拾い上げ、用意していた金属バケツにガラガラと放り込む。
「あ、熱かったですぅ……」
数分後。バケツの中から無事に復活したコレットが、額に浮かぶ汗を拭く。
肉体は完全に再生しているものの、着ていた服は燃え尽きており、素っ裸である。
「早く着替え――いや、どうせこの先も何度も落ちるだろうから、服がもったいないからしばらくそのままでいなさい」
「ふぇっ、おねえさま、バケツからお尻が抜けないです!」
「もう、手のかかる子ね!」
それからもコレットがマグマに飲み込まれては、マノンが骨拾いをしつつ。【灰燼回廊】の奥へと進んでいく。
そろそろ地図の印の場所に近付いてきた頃。
「おねえさま、目的地はあそこの岸壁ですね――――あれ、めまいが」
バケツを頭に被ったコレットが苦しそうに喉元を押さえ、バタリと倒れる。
マノンは瞬時に周囲を警戒する。こんな過酷な環境に敵対生物はいないはず。
「……有毒ガス」
岩の隙間から噴き出ているのは、人間にとっては致死性の猛毒ガスであった。
魔王の血を引くマノンは耐性があり息苦しい程度だが、人間であるコレットはとっくに息絶えている。
マノンは再びマスクをして、全裸の遺体の足首を掴み、ずるずると引き摺ってガスの範囲から逃れた。
そうして幾多の屍の山を築きながらも、有毒ガス地帯を避け、辿り着いた最深部。
そこには、仰々しい魔法陣に守られた古ぼけた宝箱が鎮座していた。
「また、勝手に触らないの」
「はぅっ」
早速開けようとしたコレットを叱りつけて、マノンは呪いをチェックする。
やはり、即死級の罠が何重にも仕掛けられていた。
マノンは時間をかけて、それらを慎重に解除していく。
ここまで厳重な封印だ。さぞかし強力な古代兵器が眠っているのだろうと、マノンも期待して宝箱の蓋を開けた。
「…………なにこれ」
宝箱に入っていたのは、濁った緑色の液体を閉じ込めた小さなガラス瓶。
それと、一枚の羊皮紙
「どれどれ。翻訳すると――『特製・魔界ハーブエキス。肩こり、腰痛、眼精疲労によく効く。一日三回患部に塗布のこと』……って、ほんとなにこれ!?」
古代兵器でもなんでもなかった。古代の医薬品であった。
「これだから……! 魔族のひねくれ者どもはっ!!」
過去の偉人から盛大に馬鹿にされた気分になり、マノンは怒りでプルプルと震え、瓶を叩き割ってやろうと杖を振り上げた。
「おねえさま! 待ってください!」
マグマ地帯を抜けてから服を着直していたコレットが、慌てて瓶を奪い取る。
「これは、ははさまに必要なお薬です。きっと、よろこんでいただけます!」
コレットにとっては、世界を滅ぼすような兵器よりも、大好きなははさまの体を労わる薬こそが、何よりも望んでいたお宝だったようで。
「……そうかもね」
満面の笑みを浮かべるコレットを見て、マノンの怒りもすっかり引っ込んでしまう。
そもそもコレットから貰えるものは、たとえ石ころであっても、ははさまは泣いて喜びそうなものだが。
そんな無粋なことはけっして口には出さず。「よかったね」と。
マノンはコレットの頭を優しく撫でながら、日帰りの冒険を終え、帰路につくのだった。




