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二話 魔王様は素直になれない

 会議を終えて、玉座の間には静寂が残っていた。

 魔族の宿敵である人間、ひいては人間界をいかにして蹂躙するかという血生臭い議題。

 魔界を統べる数多の氏族の長たちが集い、先ほどまで殺気立った激論を交わしていたのだ。


 しかし、魔王ベルナディアの頭の中は別のことで一杯だった。


「コレット……」


 かつて、古の魔法書による予言があった。

 魔王を脅かし、魔族を滅ぼす存在――『勇者』が現れると。


 自ら人間界へ出向いて予言を覆そうとしたベルナディアだったが、

 誤算だったのは、その予言の勇者がまだほんの赤ん坊であったことだ。


 赤ん坊は存在そのものが勇者の根源、『希望』の象徴である。

 超常的な神秘で護られており、下手に手を出せば魔族側に計り知れない災いが降り掛かる恐れがあった。 

  

 だからベルナディアは赤ん坊を、魔界――魔王城へ連れ帰った。

 コレットという名を与えて成長を待った。すべては、確実に殺すために。 


 勇者は奇跡の力によって何度でも蘇る。

 肉体がバラバラに砕け散っても、燃やされて灰となっても、『希望』を失わない限り、心が折れない限り復活を遂げる。


 故に、完全消滅させるためには『深い絶望』を与える必要があった。

 生きたままはらわたを食らい尽くされるような苦痛と恐怖を与え、「もう生き返りたくない」と心底思わせることで、ようやくその魂を曇らせ砕くことができるのだ。


『ははさま!』


 コレットはすくすくと育っていった。

 いつも大好きなははさまの背中にくっついて、ささやかなお手伝いをしてくれる。

 一向に進展がない退屈な会議中も、一生懸命にははさまを想って花や薬草を運んできてくれる。


 自分が人間界から連れ去られただなんて欠片も疑わず。

 コレットは純粋で、穢れを知らない真っ白な愛情をベルナディアへ向けてきた。


 良い調子だ。その愛が――近い将来、絶望へと変わるのだ。



 ……そのはずだったのだが。



「あぁ……コレット。私の愛しい愛しい娘よ。なんて優しい子に育ったのでしょう……っ」


 誰もいなくなった玉座の間で、魔王ベルナディアは自身の体を抱きしめ、身悶えしていた。

 虚空から一冊の分厚い本を取り出す。念写魔法で密かに生み出した先ほどのコレットの写真を、大切にアルバムに綴じる。

 

 タイトルは『愛しの我が娘・コレット成長記録(極秘)』だ。もはや日課である。


 当初の目的など、とうの昔に忘れていた。

 勇者の抹殺? なんだそれは。コレットは目に入れても痛くない愛娘であるぞ。


 当然、配下の魔族たちからは「勇者を処すべきだと」たびたび進言されるが、無視である。

 「勇者を味方につけた方が後のためになるだろう」と、それっぽい理屈をごねてゴリ押していた。


 とにかく。コレットは勇者なのではなく、れっきとした魔王の娘なのだ。


 ――ひとつ、問題があるとすれば。

 

 魔王が過ごすのは、魔王城深部である【中央居住区】。セキュリティは万全にして凶悪だ。

 対侵入者用トラップがそこら中に張り巡らされている。もはやその数は誰も、現魔王であるベルナディアですら把握し切れていない。


 人間にだけ反応するものなので、これまでは気にも留めなかったのだが。


 コレットは自分を魔族だと思い込んでいるが、純度100の人間である。

 当然トラップが反応して、容赦なく命を奪い取ってしまう。……まぁ、すぐ復活するが。


 本人は気にしていない様子だが、親心としてはやはり不憫でならない。

 とはいえ、ただひとりの人間の娘のために、城の防衛機能を無効にするのは、魔王といえども明らかな越権行為であり、配下からの反発は免れないであろう。


 別の解決案として、コレットを魔族に生まれ変わらせる眷属化の儀式を何度も試みた。

 しかし、勇者の奇跡が妨害し、儀式をことごとく弾き返してしまうのだ。

 

 かくして、人間であるコレットが魔王城で安全に歩き回る術は未だ見つかっていない。


「母上」


 不意に声が響いた。

 もうひとりの愛する娘、実娘であるマノンが立っていた。

 以前は部屋に閉じ籠って魔術研究に没頭する冷めた性格であったが、


 最近はコレットと、血塗れになりながら仲良く出歩く姿が目撃されている。


「母上、大変です。コレットが転移装置を踏んで、三つ首番犬の小屋に。きっと……原型を留めず灰と化しています」


「まぁ大変……!!」


 ガタッ! と玉座から立ち上がると、ベルナディアは威厳ある龍の尾をへにょんと力なく垂れ下げた


「骨すら溶かす地獄の火炎……熱かったでしょう……辛かったでしょうに……!」


 ベルナディアは慌てて魔法陣を展開し、小屋に散らばったコレットの遺灰を玉座の間に召喚する。

 ふわりと集まった灰を、美しい装飾が施された小箱の中に密封した。


「肉体の再生に半日は掛かるかしら……復活祭の準備をしないと。あの子の好きなハンバーグを、うんといっぱい作らせて……」


 すりすり、ちゅっちゅっ。


 コレットの灰が入った小箱に頬擦りし、愛おしそうにキスを繰り返す。

 そんな母親の奇行を遠巻きに眺めながら、マノンは心底ドン引きした表情を浮かべていた。

 

 生きているときも、同じだけ愛してあげればいいのに……。マノンは心の中でそう毒突く。


 コレットは、自分が不甲斐ないからははさまに愛想を尽かされているのではと、いつも怯えている。

 愛されたくて、役に立ちたくて、振り向いて欲しくて、毎日死ぬほど頑張っている。


「……早く素直になればいいのに」


 魔王という立場上、勇者であるコレットに厳しく接しなければいけないのは理解できるが。

 裏で無駄に拗らせている母親と、嫌われていると勘違いしている義妹。


 両者の板挟みになっているマノンは、深くため息をつくのであった。 

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