一話 勇者ちゃんは褒められたい!
魔界深部に佇む魔王城――その中枢にある玉座の間。
そこには魔界で名を馳せた有力氏族の長たちが一堂に集い。
近い未来の、人間界への侵攻計画を密に練ってる最中であった。
「――ははさま!」
重厚な両開きの扉から光が漏れ、場違いなほど元気な少女の声が響いた。
少女――コレットは、満面の笑顔を浮かべ、玉座に座る人物へと歩み寄る。
金色の髪を揺らしながら、その蒼瞳はただひとりを見つめている。
「ははさま、見てください。城内で七色に光るお花を見つけて――」
玉座の間は、しんと静まり返っていた。
重要な会議中に突如乱入してきた少女へ向けられるのは、おびただしい数の殺気。
ただならぬ雰囲気に気付いたのか、コレットは俯きながら、おずおずと両手を差し出した。
「こ、これ……を、ははさまに」
殺風景な玉座の間に、少しでも彩りを添えようと。
ははさまが喜ぶ顔が見たくて、いい子だねと褒められたくて。
「――これで何度目かしら。貴女はいつになったら。己の立場を理解できるの?」
王座から見下ろす魔王――ベルナディアが冷たく言い放つ。
鋭い龍の眼光と、どす黒い魔力圧を向けられて、コレットはびくりと肩を震わせた。
「……ま、まだ……これも」
お花でダメなら別の品を、コレットは肩にかけていたポーチを開けようとする。
その瞬間、不審な行動に痺れを切らし、玉座の間を守護する護衛兵が剣を抜いた。
「――今すぐ下がりなさい。目障りよ」
「……っ! ごめ……なさい」
護衛兵が斬り掛かる直前、ベルナディアが語気を強めて命令した。
何度も転びそうになりながら、コレットは逃げるように王座の間を後にした。
「……ぐすっ」
失意のまま、コレットはふらふらと廊下を歩く。
ただ、喜んで欲しかっただけなのに。失敗してしまった。
まさか大事な会議中だとは知らず、ははさまの邪魔をしてしまったのだ。
ポーチの中にはきれいな石や、疲労に効くとされる薬草が詰まっていた。
どれも自分の足で城のあちこちを探索し集めた、コレット自慢のお宝だった。
「もっと……いいものを見つけて、ははさまのお役に立たないと」
これ以上のものは見つかりそうにない。自分ひとりの力だけでは。
「……おねえさま。いらっしゃいますか。コレットです」
コレットは【魔術研究区】にある姉の部屋の前までやってきた。
木製扉をノックする。留守だろうか、返事はない。もう一度、強めに叩く。
カチリと、なにかが作動する音が鳴った。
「――――え」
ビュンッ! と風を切る音と共に、コレットの全身を凄まじい衝撃が襲った。
遅れて、ぐちゃりと肉と骨が潰れる音。体内がねじれて、口からごぼりと血の泡が吹き出る。
「あぁ……うぅ……あ……がっ」
喉奥が血で埋まり息ができない。腹部が熱い。視界に靄がかかり、感覚もなくなっていく。
宙を彷徨う指先が痙攣して、極太の鉄槍に壁ごと貫かれたコレットの華奢な身体は、やがてぴくりとも動かなくなった。
――しばらくして
「部屋の前が急に静かになったと思ったら……また?」
扉を開けて出てきたのは、褐色の肌に龍の黒角を頭に生やした少女。
魔王ベルナディアの一人娘――マノンだ。
目の前の惨状を確認した彼女は、着ていた研究衣が汚れないよう脱いでから、コレットの身体を石壁に縫い付ける鉄槍を、よいしょっと力一杯乱暴に抜き取った。
黒い血に染まった手のひらに、うぇっと気持ち悪さを感じながら。
「……コレット、起きなさい。いつまで寝ているの。風邪引くよ」
お腹に風穴が空いた亡骸を、マノンは杖の先端でつっつく。
しばらくして――――淡い神聖な光に包まれて、コレットはパチリと目を見開かせた。
「ふぇ……マノンおねえさま? もしかして――――わたし、死んでました!?」
ひとりでに立ち上がったコレットの肉体は、完全に再生していた。
「あ、ポーチが……破れてます。あぁ……」
自分の命よりもポーチの中身を心配している様子に、やれやれと、マノンは呆れ顔になる。
「廊下、血の海になってる。誰かに見つかって怒られる前に片付けないと」
「は、はい」
二人は慣れた様子で特殊な掃除道具を取り出し、二時間ほどかけて血まみれの廊下をピカピカに清掃した。
「それで、今回はなにをやらかしたの?」
「大事な会議を……邪魔してしまいました」
「おバカね……母上は魔族の頂点に立つお方なのだから。お忙しいに決まっているのに。用件があるなら事前に私に伝えなさいといつも言っているでしょ」
叱られてしゅんとなるコレット。その頭を、マノンは目線を合わせてよしよしと撫でる。
「あとで一緒に謝ってあげる。だから、元気をだしなさい」
「おねえさま! ありがとうございます」
ぱっと笑顔になる。
「お優しいマノンおねえさま、だいすきです!」
ぎゅっとくっついてくるコレットに、マノンは満更でもない顔でそっぽを向く。
そして、二人でもう一度玉座の間を目指そうとして――
「ねえさま、あちらに光る石が落ちてますよ!」
「……あ、ばか! そんな勝手に動いちゃ」
「あれ――――」
コレットの身体が一瞬にして粒子となり消滅した。対侵入者用の転移床でも踏んだのだろう。
転移先は大体予想ができた。ベルナディアのペットである三つ首番犬――ケルべロスの小屋だ。
今頃食べられているか、燃やされているか。
食事の時間はとっくに過ぎているので、おそらく後者だろう。
「……コレット。貴女は何度死んだら学習するの……?」
誰もいなくなった空間に向けて、マノンは深くため息をついた。
魔王城には外敵に反応する厳重なセキュリティーがある。魔族にとっての外敵――すなわち人間。
そしてコレットは、本人に全く自覚はないが。魔族に仇なす人間界の『勇者』なのだ。




