第六話 ナンバープレート
一九六〇年八月上旬
オハイオの朝は、もう暑かった。
台所の窓が開いていて、網戸の向こうで蝉が鳴いていた。食卓には牛乳の瓶と、皿が三枚と、シリアルの箱が一つ。
マークは五歳だった。
匙を握ったまま、彼は箱の裏を見ていた。
箱の裏に、自動車のナンバープレートが印刷されていた。本物と同じ形をしていた。州の名前があり、数字が並んでいた。
マークは、しばらくそれを見ていた。
それから、匙を置いた。
「父さんの気球には、番号がない」
母親は、流しの前で振り返った。
「番号?」
「車には番号がある。番号がないと、走っちゃいけない」
母親は、何か言いかけて、やめた。
マークは椅子から下りた。引き出しを開け、鋏を出した。刃の先が丸い、子供用の鋏だった。
母親は、止めなかった。
マークは食卓に箱を寝かせ、鋏を入れた。ボール紙は硬かった。小さな手で鋏を握り直し、少し切っては持ち替え、また少し切った。線の上を切ろうとしているのが分かった。何度か、線から外れた。
母親は、皿を洗う手を止めて、それを見ていた。
最後の角を切り終えると、マークは紙を両手で持ち上げ、明かりにかざした。
縁は、ぎざぎざしていた。
「オレゴン、って書いてあるわ」
母親が言った。
「ここは、オハイオよ」
マークは紙を見た。母親を見た。
「父さんは、ここにいない」
母親は、もう何も言わなかった。
戸棚から封筒を一枚出した。食卓の端で、ニューメキシコの基地の宛名を書いた。夫の階級と名前を、一字ずつ丁寧に。
それから、マークの手から紙を受け取った。
折らなかった。
折り目がつかないように、厚手の紙を一枚あてがって、二枚まとめて封筒に入れた。封をして、切手を貼った。
マークは、母親が封筒を手提げ袋に入れるのを、最後まで見ていた。
*
ニューメキシコの基地では、朝はまだ涼しかった。
郵便は、昼前に届いた。
キッティンジャーの机の上には、書類が積まれていた。気球の上昇計画。風の予報。救助班の配置。低圧室の試験結果。
その書類の上に、封筒が一つ置かれた。
宛名の筆跡で、誰からのものか分かった。
彼は、書類を脇へ寄せた。
封を切った。
厚手の紙が一枚出てきた。その下に、もう一枚、小さな紙があった。
オレゴン、と書いてあった。
便箋は、入っていなかった。
彼は、ぎざぎざの縁を見た。子供の鋏で切ったものだった。裏を返すと、シリアルの箱の印刷が残っていた。
表に戻した。
指の腹で、ぎざぎざの縁を一つずつなぞった。
それから、胸のポケットから、折り畳んだ紙を取り出した。
出発までに忘れてはならないものが、鉛筆で書き並べてあった。家への電話。腕時計の巻き上げ。靴の紐の替え。
その一番下に、一行を足した。
番号札 一枚。
鉛筆を置いた。
紙のナンバープレートを、厚手の紙にもう一度あてがい、封筒に戻した。折れないように。曲がらないように。封筒は、書類の束の一番上に置いた。
隣の机の男が、顔を上げた。
「何か、いい知らせでも」
「登録が、済んだ」
隣の男は、何も訊かなかった。
キッティンジャーは、書類をめくった。
(第六話 完)




