第十一話 砂漠
一九六〇年八月十六日・着地
腰の下で、何かが重く揺れていた。
計器箱だった。
着地の前に、切り離すはずのものだった。左手で留め具を引いた。片側が外れた。箱は斜めに傾き、もう片側の留め具で体にぶら下がった。
もう一度、引いた。
外れなかった。
右手は、使えなかった。
彼は、手を離した。
箱の重さを抱えたまま、男は降りていった。
*
砂漠が、来た。
上から見ていたときは、平らだった。近づくと、平らではなかった。灌木の株が、砂の上に点々と盛り上がっている。乾いた溝が、地面を浅く刻んでいる。
膝を曲げた。
地面が、来た。
足の裏が、砂を打った。膝が折れた。腰の下の箱が、脚に叩きつけられた。体が横へ転がり、砂の上を一度、二度、滑った。
止まった。
動かなかった。
回っていない。揺れていない。
背中の下に、硬いものがあった。
地球だった。
*
頭上で、音がしていた。回転翼が、空気を叩く音だった。
二機のヘリコプターが、ほとんど彼と同時に、砂の上へ降りてきた。巻き上げられた砂が、顔の前の覆いに当たって、小さな音を立てた。
扉が開いた。
男たちが、走ってきた。
医療班の男が、最初にたどり着いた。膝をつき、ヘルメットの留め具に手をかける。別の男が、落下傘の帯を外しはじめる。もう一人が、ぶら下がった計器箱の留め具を探った。
ヘルメットが、外された。
乾いた砂漠の空気が、顔に触れた。
熱かった。
上空では、氷点下の何十度という空気の中にいた。地上の朝は、もう、八月の朝だった。
*
医療班の男の手が、右の手袋に触れた。
止まった。
手袋は、ぱんぱんに張っていた。
男は、左の手袋を見た。それから、キッティンジャーの顔を見た。
キッティンジャーは、うなずいた。
男は、もう一度、右手を見た。急がなかった。
周りの男たちは、手を止めて、それを見ていた。
誰も、何も訊かなかった。
*
脚に、鈍い痛みがあった。計器箱が叩きつけられた場所だった。
右手には、別の痛みがあった。脈を打つたびに、手のひらの奥が熱くなる。
それでも、どちらの痛みも、地上の痛みだった。
キッティンジャーは、左手を砂についた。
体を起こした。
誰かが、腕を取った。誰かが、背中を支えた。
彼は、立った。
砂の上に、自分の足で立っていた。
靴の底に、砂の手応えがあった。押せば、押し返してくる。何もないところではなかった。
*
彼は、空を見上げた。
青かった。
地上で見上げる、いつもの青だった。
彼は、空から目を下ろした。
自分を囲んでいる男たちの顔を、一つずつ見た。
医療班の男。帯を外した男。計器箱を抱えている男。ヘリコプターの扉の前に立っている男。
砂にまみれた顔。汗の筋が、額から頬へ流れている。
「皆さんのところへ戻れて、本当にうれしい」
(第十一話 完)




