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8 監禁された伯爵令嬢

 シレーネは王宮を出ようとした。

 外が見えている。星の明かりは、暗い場所にいるだけなら不便を感じないほど、十分な輝きを放っていた。


「誰? 私に御用?」


 冬の国である。人気のない場所の空気は、ひんやりと冷たい。

 シレーネは足を止めた。


「王の命令です。舞踏会にお戻りください」


 柱の影から、赤い鎧を身につけた騎士が姿を見せた。


「近衛兵ね。王というのは、あれでいいの? 女王から玉座を簒奪した痴れ者」

「伯爵令嬢シレーネ、王への暴言は死罪に値する」


 赤い鎧の影が、次々に増える。


「近衛兵、バラの騎士団赤の部隊ね」

「バラの騎士団は我々だけだ。赤の部隊とつける必要はない」

「私が騎士だった時、バラの騎士団はこの国のトップに君臨していた。落ちたものね。もっとも……それは青の部隊だけだったかしら」

「過去のことだ。舞踏会に戻るか、我々と敵対するかだ」


 騎士たちが距離を詰める。武器を抜いている。シレーネは尋ねた。


「舞踏会に戻らなければ、殺せと命を受けているの? 伯爵家を切り捨てるつもり?」

「いや、拘束するだけだ」

「私を拘束する狙いは?」

「教える必要はない」


 じりじりと距離が縮まる。

 シレーネは、自分を拘束しようとする狙いが、アスラルにあるのではないかと想像した。

 アスラルが自領を離れた。それは、3年ぶりのことだ。


 かつて戦争の申し子と呼ばれ、軍団を率いておびただしい戦果を上げた。

 その当時ですら、まだ10代だったのだ。現在ではシレーネと同じ20歳だ。

 その能力はさらに増しているはずだ。

 王にまともな判断力があれば、そのまま放置するはずがない。


「仕方ないわね」


 もし、アスラルをおびき寄せようとしているのであれば、王の狙いに乗るのも悪くない。

 そう思いながら、シレーネはドレス姿で腰を落とした。


「貴様、逆らうつもりか?」

「同じバラの騎士団に所属していた者として、遊んであげるわ」

「逆賊が!」


 目の前の騎士が叫びながら剣を抜き、切りかかって来た。

 シレーネは振り下ろされる剣の内側に素手を入れ、腕を捻って脇にそらせた。

 体勢を崩した騎士の腹部に膝を打ち込む。

 生身であれば胃を破裂させる威力だったが、鎧の騎士は床に倒れて転がった。


 シレーネが体を横にずらすと、シレーネがいた位置を剣が突き刺した。

 突き出た剣を掴み、シレーネは下がりながら、相手を見もせずに肘を繰り出した。

 的確に胸を突かれ、苦鳴を発した男を、シレーネは背負い投げた。

 素早く一瞥し、もっとも騎士たちが密集した場所に、あえて突っ込む。


 一人の足元を払い、密集した騎士たちの中に投げ入れる。

 手近な位置にいた騎士たちの顎を狙って突き上げ、腕を捻って空に投げる。

 バラの騎士団の面々が、次々に倒されて行った。

 最後に残ったのは、最初にシレーネに声をかけた男だった。


 男はシレーネに腕を取られ、床に押さえつけながら兜を脱いだ。

 シレーネは、壮年の男の腕を捻り上げ、頭を踏みつけながら言った。


「もう3年も稽古しかしていないもの。やはり鈍っているわね。こんなことじゃ、アスラルに笑われちゃうわ」

「王に逆らうつもりか? 伯爵家が取り潰しになってもいいのか?」

「なんのこと? 言ったでしょう。元騎士として、遊んであげると。私を拘束したいのなら、逃げも隠れもしないわ。連れて行きなさい」


 シレーネは、掴んでいた騎士の手を引き上げ、強引に立たせた。

 両手を揃えて前に出す。


「元青の部隊か……化け物め」

「私なんて、可愛らしいものだけどね」


 シレーネは、ただアスラルを思って笑みを浮かべた。


 ※


 シレーネは、王宮の一室に幽閉された。

 王宮の個室で一人になるのは、3年ぶりのことだった。

 その時は、指一本動かすことができなかった。

 今は、体は自由だ。


 ただ、顔だけは爛れている。

 シレーネは、両腕を縛られたまま部屋に入れられ、扉と全ての窓に鉄格子がはめられた部屋に通された。

 腕の戒めを解いてシレーネを閉じ込めると、騎士たちは去っていった。


 一人になり、シレーネは銀色の仮面を外した。

 シレーネがあえて捕まったのは、バラの騎士団は近衛兵でもあり、本格的に敵対すれば、伯爵家の立場が危ういこともある。


 もっとも大きな理由は、シレーネが幽閉されたと知れば、アスラルが助けにくるのではないかと期待したのだ。

 自領を出て出奔したというアスラルが王宮を訪れることは、普通であれば考えられない。

 だが、アスラルを知るシレーネは、アスラルがどんな行動をとろうと、驚くことはないだろうと考えていた。


 たとえアスラルが来なかったとしても、王宮にいればアスラルの足取りがわかるのではないかと考えていた。

 一人になり、数週間が経過した。

 シレーネは部屋でおとなしくしていた。

 深夜になり、かすかな音に目を覚ました。


 おそらく、アスラルは助けにはこない。

 シレーネはそう考えるようになっていた。

 鉄格子のはまった扉から、金属が鳴る特有の音が響いてくる。

 シレーネは、ベッドに横になったまま扉を見つめていた。


 毎日の食事は、少ないながらも提供されており、全て完食している。

 シレーネが死んでいると考える理由はない。

 邪な貴族が、かつては美貌を讃えられた令嬢を我が物にしようとしているのではないか。


 シレーネは身の危険を感じ、長い幽閉生活で少しずつ研磨した食事用のナイフを手に取った。

 扉が開く。

 物音からして、扉を開けた何者かは、鍵を持っていないはずだ。

 音もなくベッドから下りたシレーネは、手のひらに治る小さなナイフを片手に、床の上を移動した。


「今回だけだ。すぐに済ませろ」


 男の声だった。入ってこようとしている者ではないだろう。手引きした男だ。

 シレーネに用があるらしい何者かは礼を述べたらしいが、鉄格子の鍵を外す音と重なって声が聞こえなかった。

 壁に張り付き、シレーネは扉が開くのを待った。


 逃げ出すのであれば、絶好の機会でもある。

 ナイフを持つ手を振りかざしたまま、シレーネは固まった。

 シレーネを育ててくれた、伯爵と伯爵夫人の顔が脳裏に浮かんだ。

 アスラルと結婚できなければ、自分に将来はないものと感じていた。


 だが、ここで逃走して、台無しになるのは自分の人生だけではない。

 シレーネは、震えながら手を下ろした。

 入ってきた人影は、大きな荷物を押していた。


 小さな影だった。

 シレーネは、どこか懐かしさを感じながら、暗いために誰かわからず、ナイフを持つ手を小柄な人物の首に巻きつけた。


「ああ。ご無事でしたか、お嬢様」

「ミモレなの?」


 鉄格子にはまった部屋に侵入してきたのは、シレーネの幼少期から乳母として仕えてくれた、伯爵家の使用人ミモレだった。

 すでに老体となっている女性の喉に突きつけたナイフを、自分の手の中に隠す。


「お嬢様、突然いなくなってしまわれて、伯爵様も大変心配されておられますよ」

「ええ。でも、私を捉えたのはバラの騎士団よ。王の命令のはずだわ」

「それは、伯爵様もご承知のことです。全ては、クローゼル家のあの利かん坊のせいでございます」

「まさか……アスラルが?」


 ミモレの物言いに、シレーネは眉を寄せた。

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