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5 邪神討伐

 バラの騎士団青の部隊のアスラル・フォン・クローゼルが出立してから、3ヶ月が経過した。

 シレーネは、王宮の外でカーネルと会っていた。

 貴族が利用するような場所ではない。下町の酒場だった。


「こんな場所に呼び出して、どういうつもり? あなたと私がこんな場所にいることを、噂されたくないわ」

「シレーネが噂されて困る相手は一人だけだろう。今頃、フォレスト王国とは最も遠い場所にいる。気にすることはあるまい」

「困るのよ。貴族社会での噂話の力、カーネルが知らないわけがないでしょう」


 シレーネが言うと、カーネルは小さく笑った。シレーネ自身は全身を覆う鎧を身につけており、外見だけであればカーネルよりはるかに目立つ。


「仕方あるまい。王宮内部でのことは、ヴァルメスに筒抜けになる。それに、こういう場所の方が、噂にはなりにくいものだ」

「……そう。それで、いつやるの?」


「腹は決まっているということだな」

「当然よ。ずっと待っていたのだから」

「今夜だ」

「理由は?」


「アスラルが最も遠くにいる。ヴァルメスの力の影響を、最も強く受けているのがアスラルだ。ヴァルメスに異変があれば、世界のどこにいても気づくかもしれん。それと……今夜ヴァルメスは、獲物を要求した」


 カーネルは声を落とした。アスラルなら、世界の裏側にいても女王の異変に気づくのではないかとは、シレーネも心配していたことだ。だが、後半の言葉はわからなかった。


「獲物?」

「ヴァルメスは、定期的に生きた人間を食らっている。数か月に一度……そのぐらいの頻度に過ぎないが、獲物を求めるということは、ヴァルメスは腹を空かせているということだ。この時がもっとも判断力が落ち、力も衰えている」


「人間を食らう? それじゃ、完全に化け物なの?」

「知らなかったのか? 以前にも話したはずだが。ヴァルメスは災厄の邪神だ。そもそも化け物だ。もっとも、人間を食らっていることを知っているのは私だけだ。人間を届けているのは、この国の暗部、黒猫騎士団の連中だが、届けた人間がどうなるのかまでは知らないはずだ」


「この国は、そんなものに頼っているのね」

「頼らなければ、滅びていたのだ」


 シレーネは小さく頷く。酒が運ばれてきた。シレーネは、手をつけずに尋ねた。


「作戦は?」


 カーネルは、テーブルの上に水で図を描いた。乾けば消える。密談には適した方法だ。


「ヴァルメスが獲物を食らう瞬間に邪魔をする。怒ったヴァルメスは、私を殺そうとするだろう。私を殺しては、王国の統治に支障が出るという判断力を残さないほど、激しく怒ってくれることを期待する」

「その後は?」

「正攻法」


 カーネルは、自分の剣を叩いた。


「無策ということ?」

「王宮には、ほかに誰も立ち入らないようにしてある。これ以上の小細工は無意味だ」

「……そうね。私は、人間以外の魔物とは数回しか戦ったことはないわ」


「私は、一度は倒した。ヴァルメスは、力を示さなければ力を貸しはしない。ヴァルメスを倒したからこそ、私の願いを聞き入れ、この国を強国に押し上げたのだ。ただ……私の妻の姿になったのは、ただ私を苦しめたかったからなのだろうがな」


「私の役目は?」

「王の間で待機しろ。私が倒しきれなかったら、頼む」

「了解したわ。カーネル、あなた、死ぬつもり?」


「覚悟はできている。シレーネは死ぬなよ。シレーネの場合は、死んでは意味がないだろう」

「ええ。わかっている。次の王はどうなるのかしら?」

「アスラルが戻るまで、最短でも二ヶ月かかる。その間、私たちができることをするだけだ。私たちが五体満足で生き残れる前提がなければ、アスラルを推すのは難しいだろうな」


 シレーネは、深く息を吐いた。


「……仕方ないわ。あの人が王になれるかどうかなんて、もうどうでもいい。私はただ……アスラルと結婚したいだけだもの」

「ああ。そろそろ、黒猫騎士団が仕事を終える頃だ。シレーネ、また会えたら会おう。私が生き残っていることは期待するな」

「了解」


 シレーネは、結局酒にもつまみにも手をつけず、カーネルと同時に席を立った。


 ※


 シレーネは、王の間にいた。

 ただ一つの玉座には、誰も座っていない。

 王宮の全てから、人払いがされているのだろう。女王が獲物を喰らうために。

 明かりも灯されず、外から入る月と星の光だけが光源となっていた。


 王の間の中央に立ち、シレーネは物音を聞いていた。

 爆ぜる音、重いものがぶつかる騒音、引きずる物音、全てが、カーネルとヴァルメスの戦闘を伝えていた。

 物がぶつかる硬質な音が止み、しばらく引きずるような重い音が続いた。


 音は次第に大きくなり、シレーネは片膝を付き、騎士の礼をとった。

 玉座の上に、音の正体が身を収める。


「面をあげよ」


 シレーネは頭を上げた。ヘルムをしており、顔は隠れたままだ。表情が見られないことを、心底ありがたく感じた。

 玉座に座っているのは、女王ヴァルメスに間違いない。


 だが、いつもの整った顔はひび割れたように赤黒い線が走り、細い足が巨大な大蛇そのものに変わっている。

 魔物そのものの姿である。


「貴様は来ないのか?」

「陛下、何事でしょうか?」

「知らんと言うのか?」

「はっ」


 シレーネが答えると、ヴァルメスが片腕をあげた。

 ヴァルメスの手に掴まれていたのは、全身を覆う武装をしながら、血まみれになった青の部隊カーネルだった。

 ヴァルメスが腕を振る。カーネルが床に転がった。


「余を殺そうとした。反逆者じゃ。殺せ」

「はっ」


 カーネルの息はある。カーネルも、青の部隊としてヴァルメスから力を授かっている。

 簡単には死なないだろう。

 シレーネは腰から剣を抜き、立ち上がってカーネルの体に突き立てた。


「……ふん。つまらん。余に従うのがアスラルだけになるかと思ったが、シレーネはまだ余に仕えたいか」

「陛下は、アスラルだけいればいいのですか?」


 シレーネは、カーネルに突き立てた剣を引き抜きながら尋ねた。


「無論じゃ。アスラルさえおればいい。じゃが、余に仕えたいというのであれば使ってやろう。謀反人の始末、ご苦労じゃった」


 ヴァルメスは立ち上がった。足はない。蛇の下半身が、上半身を高く持ち上げたのだ。


「陛下、カーネルの死を確認なさいますか?」


 背を向けようとしたヴァルメスに、シレーネは呼びかけた。

 ヴァルメスの動きが止まる。


「ふむ……よかろう」


 シレーネはカーネルの体から引き抜いた剣を下げ、数歩後退した。

 ヴァルメスが近づく。


「陛下は、蛇なのでしょうか?」

「そのようなものではない。人間でもないがな」

「アスラルは人間です」

「ああ。じゃが、周りはそうは思っておらん。似合いじゃと思わんか?」


 シレーネがまだ裏切っていないと判断したためか、ヴァルメスはすでに人とは思えない形相に、にたりと笑みを浮かべた。

 血を流して横たわるカーネルを覗き込む。

 カーネルが首を動かし、口元から何かを吐き出した。


「くっ……貴様!」


 カーネルの傷は演技ではない。だが、カーネルは死ぬ瞬間まで抗い続ける。それは、二人の間の約束だった。

 そうでなければ、ヴァルメスを討伐することなどできるはずがない。

 カーネルが動いた瞬間に、シレーネは床を蹴っていた。


 まだむき出しだった剣を、体の動きに合わせて突き立てる。

 ヴァルメスが体を起こしたのと同時だった。

 立ち上がった胴体に、シレーネの剣が深々と突き刺さった。


「シレーネ、貴様……」

「アスラルだけいればいい。それは、私も一緒よ!」


 苦しそうに声を振り絞るヴァルメスに、シレーネは思いのたけを叫んだ。


「愚かな! アスラルが、余への叛逆を許すものか!」

「アスラルが、私以外の女に目を向けるものですか!」

「その顔が自慢か!」


 叫びながら、ヴァルメスの手がシレーネのヘルムを掴む。

 ヘルムが高熱を発した。

 シレーネは、ヘルムを脱ぎ捨てながら、ヴァルメスの胴体に突き立てた剣を捻った。

 剣を抜き取り、ヴァルメスの首を跳ねる。


 半ば邪神の本性を現した女の首が、宙を飛ぶ。

 シレーネは高熱になったヘルムを捨て、顔が痛むのを感じながら、ヴァルメスの頭部を空中でさらに斬り裂いた。

 振り返り、胴体を滅ぼそうとした。


「よくやった」


 立ち上がったカーネルが、自分の剣でヴァルメスの胴体を貫いていた。


「カーネル、よく生きていたわね。怪我の具合は?」

「致命傷はない。シレーネに刺されたのが、最も深手だ」

「計略だもの、仕方ないでしょう」

「貴様らぁ……」


 王の間に、倒したと思ったヴァルメスの声が轟いた。


「カーネル、奴はどこ?」

「わからん。死んだはずだ……ぐあっ」


 カーネルが、右手を抑えてうずくまった。シレーネも同時に痛みを覚えた。

 それからのことは覚えていない。

 王の間全てを、青白い炎が包み込んだのだと感じた。

 何が起きたのかわからない。


 ただ、シレーネは気付いた時、王宮内の医務室で、ベッドに横になっていた。

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