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3 騎士団青の部隊

 シレーネは、自宅の部屋にいた。

 右手を見つめる。

 鮮やかな青いバラの刺青が浮かび上がっていた。

 バラの騎士団青の部隊に任じられてから、女王に求められるまま、3人は腕を晒し、女王が自分の血を注いだ。


 その直後から、激しい痛みと共に鮮やかな青いバラが浮かび上がった。

 青いバラは、天然には存在しないと言われている。

 かつては存在しないものの象徴と言われた。

 存在しないほどの力を持てという意味だと、カーネルは語った。


 事実、女王の全権において代理を勤めるというのは、騎士としては有り得ないことだ。

 シネーレは、自室で自分の手を眺めていた。

 扉が開き、乳母のミモレが入ってきた。


「ああ……お嬢様、ご無事でようございました。新しい騎士団に入るなんて、気が気ではございませんでしたよ。お嬢様でしたら、普通に社交界にデビューすれば引く手数多ですのに、騎士団なんて荒っぽいところに行くことはございませんよ」


 ミモレが語ったことに、シレーネは違和感を抱いた。まるで、シレーネを慰めているようである。


「街ではどんな噂になっていたの?」

「呼び集められた若者たちが騒動を起こし、騎士団の結成が見送られたのではないのですか?」


 シレーネは立ち上がった。先程脱いだばかりの鎧をしまった納戸の扉を開けた。


「ミモレ、同じ鎧をいくつか発注できるかしら。一つでは足りないわ。これから、忙しくなるわよ」

「お嬢様? 騎士団の結成は見送られたのではなかったのですか?」

「いずれ真相が伝わるわ。私は、バラの騎士団青の部隊のシレーネよ。アスラル、カーネルと共に、女王の直属となった3人だけの部隊の一人なの」

「お嬢様……」


 ミモレが自分の口を塞ぐように手をあてた。驚いているようだ。

 同時に、開いたままの戸口に人影が立った。シレーネと似た背格好だが、少しふっくらとしている。


「お嬢様、鎧の方が見えています。アスラル・フォン・クローゼルと名乗っていらっしゃいます」


 ミモレの孫のマリカだ。シレーネは、窓から外を見た。

 シレーネの自室は二階である。玄関先が見えた。シレーネを見つけのだろう、片手をあげた。

 相変わらず、全身を覆う鎧を身につけている。


「お茶のお誘い?」

「任務だ」


 シレーネが声を張り上げると、アスラルも大声で返した。

 ずっと室内で閉じこもっていたとは思えない、力強い声だった。

 力が増している。シレーネは感じた。

 これも、女王の施した血と、バラの刺青の力なのかもしれない。


「すぐに鎧を着るわ」

「必要ない。シレーネはそのままでいい」

「了解」

「お嬢様!」


 背後でミモレとマリカが叫んだ。

 シレーネは、二階の窓から飛び出していた。


 ※


 シレーネは、アスラルが駈る馬の背にいた。


「靴も履いてこないとは思わなかった」

「私はこのままで良いって言ったのは、アスラルよ」

「ああ。わかっている」


 アスラルは途中で靴屋に寄り、女王のつけでシレーネの靴を買った。


「で、任務ってなんなの?」


 シレーネは、自室でくつろいでいたところを飛び出したため、薄着である。

 一年中寒い冬の国だ。馬に乗るには少し寒い。


「女王に反対する一派を潰せとさ」

「カーネルはどうしたの?」

「司令を出したのはカーネルだ。女王の代理だからな。やり方は任せるとさ」

「女王の代理としてね」

「ああ。そうだ」


 アスラルは、町外れに近い、民家が立ち並ぶ下町の手前で馬を止めた。


「あの建物だ。会員制のクラブになっている」

「……へえ。だから、私が武装していないほうが望ましいってこと?」

「ああ。シレーネなら、迷い込んだ世間知らずのお嬢様で通るだろう」


「もう少し言い方があるでしょう」

「……迷い込んだ、世間知らずの美人で可愛いお嬢様かい?」

「まあ、それでいいわ。アスラルが本気で言っているならね」

「俺はいつでも本気だよ」

「わかっているわよ」


 シレーネは、金属に包まれたアスラルの胸に口づけした。


「シレーネが入ったら、十分後に襲撃をかける」

「遅すぎるかもよ」


 シレーネは、指の骨を鳴らしながら言った。


「それなら、それでいい」

「嘘よ。少しは残しておくわ」

「ああ。頼む」


 シレーネは馬の背から飛び降り、アスラルに指示された建物に近づいた。

 アスラルが突入するまでに、シレーネは自らの部屋着を、血の色で染め上げた。


 ※


 カーネルと共に突如フォレスト王国の全権を握る立場になったが、シレーネとアスラルは、ほとんど王宮にはいなかった。

 政治的な役割は全てカーネルに任せ、シレーネとアスラルは、カーネルに命じられた場所で暴れていた。


 国内の不穏分子を叩き潰すことも多かった。

 だが、たまに国外の敵を迎え撃つことがあった。

 他国に侵略することもあった。


 フォレスト王国は冬の国である。食料の自給率は低く、産業も育ちにくい。

 国として発展し、国民を喰わせるためには、いずれにせよ戦争をしなくてはならないのだ。

 国外の敵と戦う時、カーネルが全軍を統率し、シレーネが作成を立て、アスラルが実行した。


 アスラルが愚かだったのではない。

 戦闘においては、シレーネもカーネルも、アスラルには遠く及ばなかったのだ。


 大局を見ることが得意なカーネルはシレーネを操り、シレーネがどんなに無茶な作成を立てようと、アスラルは成功させた。

 バラの騎士団青の部隊は、結成から数か月後には、フォレスト王国を導く存在になっていた。


 ※


 シレーネが騎士となってから、三年が経過した。

 遠征に出ていたアスラルが、数日のうちに帰ってくるはずだった。

 途中までは随行していたシレーネだったが、アスラルに作戦を授けて、一足先に王都に戻っていた。


「ようやく、アスラルが帰ってくるわね。しばらく遠征が続いたから、戻ってきたら、少しゆっくりさせてあげたいわね」


 王宮の際奥の一室、青の部隊の部屋でシレーネが語った。

 王宮の実に3分の1が青の部隊のためだけの部屋として割り当てられている。

 アスラルを待つ間、シレーネはカーネルを手伝って内政の書類を片付けることも多かった。


 内政までは、本来の騎士の仕事ではない。

 だが、権利は持っている。国に関する全ての権利を持っているのだ。

 本来の宰相の決定を覆すこともできた。


「残念ながら、東の蛮族が妙な動きを見せている。アスラルには、戻り次第白虎騎士団を率いて平定に向かってもらう」


 カーネルは、書類に目を落としながら告げた。

 実際に、フォレスト王国の内務はほとんどカーネルがこなしている。女王は、カーネルやシレーネの前に時々姿を見せるだけだ。普段何をしているのか、シレーネにもわからない。


「いくらアスラルでも、体がもたないわ。せめて、一週間ぐらい休ませてあげたら? 一刻の猶予もならないなら、私が先行して赴くわ」

「……シレーネ、アスラルと会わずに行って、寂しくないのか?」


 シレーネはカーネルを睨んだ。二人とも軽装だ。青の部隊でも、常に鎧を着ているのはアスラルだけだ。

 互いに顔はむき出しである。

 カーネルは、アスラルに対するシレーネの気持ちを知らないはずがない。


「嫌に決まっているでしょう。アスラルが戻ったら、一緒に休暇を取るつもりだったのよ」

「シレーネは、休暇が必要なほどこき使われてはいないだろう」

「お生憎様。アスラルが、休暇をとるなら私も一緒にと言うに決まっているわ。アスラルを十分に休ませるために、私も休まないといけないわね」


「そうとも……限るまい」

「どういう意味? いくらカーネルでも、こればかりは譲れないわ」


 譲れないのは、アスラルに対するシレーネの気持ちである。侮辱する者があれば殺す。

 シレーネはそれができる立場であり、実力がある。


「相手が、ヴァルメスでもか?」

「……陛下? カーネル、何を言っているの?」


 カーネルが書類を置いた。まっすぐにシレーネを見つめた。

 シレーネは、睨むことで見つめ返した。

 カーネルが口を開いた。


「女王ヴァルメスが、年老いて王位を譲ることはない。あれは人間ではない。災厄の邪神……そう呼ばれている」

「カーネル、何を言っているの?」


 言うことがわからなかったのではない。アスラルの話をしていたはずなのだ。突然の話題転換に、シレーネはカーネルの意図をただした。


「北の山地で眠っていたあれを呼び起こし、王座に据えたのは私だ。あれは決まった姿をしていない。現在は……私が愛した妻の、もっとも美しかった頃の姿だ。すでに妻は死んだ。妻は……女王の姿を見て、精神を病み、自殺した。女王は災厄の名で呼ばれる邪神だ。決して、呼び出した者の幸福など考えない」

「仮にそうだとして、アスラルとどういう関係があるの?」


「わからないか? 私はこの一年、アスラルを女王に近づけないようにしてきた。私の妻の姿を持ち、私の妻を死に追いやった。憎んでいいのか、愛していいのかもわからない。ただ……その姿で、別の男を愛することだけは許せなかった」

「まさか……女王がアスラルを?」


「アスラルの女王に対する忠誠心は筋金入りだ」

「ええ。それは知っている」

「シレーネ……もしアスラルと結ばれたいのなら、方法は一つだ」

「カーネルは、それでいいの?」


 カーネルが何をしようとしているのか、シレーネは察した。


「ああ。私が会いに行っても、もはやヴァルメスはアスラルの話しかしない。戻り次第、アスラルには再度の遠征を命じる。アスラルが次に戻った時……ヴァルメスはいない」

「やるしかないのね」


「シレーネが、アスラルを諦めるつもりがないのならな」

「次の遠征を待つ意味は?」

「ヴァルメスは……周期的に力を弱める時がある。アスラルが戻るまでに、その時は訪れない」

「……わかったわ」


 シレーネは、自らを騎士にした女王ヴァルメスの殺害を決めた。


 全ては、アスラルを手に入れるためである。

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