2 騎士団入団試験の惨劇
社交界へのデビューが騎士の叙勲となった者は、貴族令嬢として異例である。いかに武が重んじられるといっても、貴族令嬢に強さが求められているわけではない。
この日、新しい騎士団の設立に名乗りをあげた貴族の若者たちが、定められた場所に参集していた。
シレーネは全身を覆う金属の鎧を身につけ、騎士団入りを希望する若者たちと同じ、王城のほぼ中央に位置する王の間と呼ばれる場所に参上した。
シレーネが着いた時にはすでに、王の間は武装した若い貴族たちであふれていた。
ほとんどが男性だが、令嬢もいないわけではない。
だが、14歳のシレーネは最年少だ。応募条件の一つが、14歳に達していることだったのだから間違いない。
顔すらもヘルムで覆われているシレーネの中身に気づく者はなく、総板張りの鎧を着たシレーネを、皆が避けていた。
騎士団入り前である。武装は様々で、軽装の者も多いのだ。
周囲の反応など意に介さず、シレーネはたった一人の姿を求めた。
ヘルムの視界は狭い。
首を巡らしていると、背後から声をかけられた。
「シレーネ、慣れない格好をするから苦労するんだ。ドレスの代わりかい?」
背後からの声だった。
背後を取られた。
その衝撃より、発せられた声にシレーネは歓喜した。
「あなたに合わせたのよ、アスラル」
シレーネが振り向くと、普段から全身を覆う鎧を着て頭部も隠しているアスラルが、鎧姿とは思えない優雅さで腰を折った。
「それは嬉しい。よく似合うよ」
「鎧が似合う女性がお好み? 令嬢に対する褒め言葉ではないわよ」
「人によるさ。もっとも、シレーネはドレスでも似合うだろうがね」
「褒めているつもり?」
「思ったことを言っただけだ。もっと話していたいが……あの男が出てきた。前に行こう。俺も女王を見るのは初めてなんだ」
アスラルが、正面にある玉座を指差した。
玉座は現在誰も座っていないが、玉座の傍から玉座に向かって歩いている男がいた。
軽装だがきらびやかな衣装を纏った、口ひげが印象的な中年の男だ。
明らかに、ここに集まった若い貴族の子弟たちとは異なっている。
「ええ。それにしてもアスラル、この鎧は初めて着るのに、よく私だとわかったわね」
正確には、全く肌が露出していない金属の塊を見て、どうしてアスラルがシレーネだと判断したのかを知りたかった。
鎧姿では気づかれない。その自覚があるから、アスラルを探していたのだ。
結局アスラルは答えず、玉座のある正面に向かって歩き出した二人の周囲から声があがった。
「あれがシレーネ嬢? 貴族の華になるだろうとまで言われたのに、わざわざ騎士になるのか?」
「あんな細い鎧に体が入る女性なんて、シレーネ嬢ぐらいだろう」
「となりの男は誰だ? アスラルって、聞いたことがあるか?」
「クローゼル公爵家に、同じ名前の男の子がいたが……誰も見たことがないと聞いた。死んでいるんじゃないのか?」
二人は飛び交う憶測を無視して、空の玉座の正面に陣取った。
「公爵家のあなたも、陛下を見るのは初めてなのね。普段からあまり、行事などは行わない方だと聞いているけど……臣下にも会わないのかしら?」
「それはないだろう。新しい騎士団の結成は、女王陛下の勅命だと聞いた。そうなんでしょう? カーネル男爵」
アスラルは、玉座の隣に立っていた貴族に声をかけた。
「カーネル? あの救国の英雄?」
「ああ。女王陛下の後見人だと言われている。本職は騎士だが……政治にも大きな影響力がある、この国を動かす下位貴族だ」
アスラルの説明に、カーネルは小さく頷いて微笑んだ。
「クローゼル家のアスラルに、アルテーゼ家のシレーネだね。買い被りすぎだよ。私にはなんの力もない」
「左様」
カーネルの言葉に答えるかのように、王の間全体に響き渡るかのような声が轟いた。
高く澄んだ女性の声だが、シレーネは察した。
この声の持ち主こそが、女王なのだ。
シレーネの目の前で、アスラルは迷わず片膝を付き、臣下の礼をとっていた。
シレーネも従う。
「陛下の御前である。控えよ!」
カーネルの声が響いた。
多くの若者たちは膝をついたが、幾人かは呆けたように立ち尽くしていた。
シレーネは、ヘルムの隙間から玉座を伺った。
玉座の中に、黒いわだかまりがあった。
徐々に黒さを増し、人の形を成した。
王の間に集まった全ての若者が膝をついた時、玉座に現れたのは、小柄だが美しく、年齢を想像させない妖艶さを放つ、フォレスト王国の女王ヴァルメスだった。
歴戦の騎士カーネルが、玉座の位置より一歩前に進み出た。
「これより、新騎士団結成のため、選抜を始める」
「……選抜? 聞いていないわ」
シレーネは、名乗りをあげさえすれば騎士になれるものだと思っていた。
出自が貴族であれば、それが当然だ。今日集められたのは、全員が貴族のはずだ。
「面白い。そうでなければな」
だが、隣の男はそうではなかったようだ。
「アスラル、私たちは大貴族の出なのよ。こんなの、おかしいわ」
「自信がないのなら、守ってやろうか?」
「逆よ。守ってくださいって言わせてあげるわ」
アスラルに煽られ、つい強い口調になった。
壇上でカーネルの口元に笑みが浮かんだのは、シレーネの狭い視界ではわからなかった。
玉座の小柄な女性が、柏手を打った。
玉座の下から、まるで影が染み出し、広がるかのように黒い姿が浮かび上がった。
床に伸びた影が揺らめき、立ち上がる。
それはただの人影ではなく、一つではなかった。
明らかに武装した人の形が、無数に立ち上がり、武器を抜いた。
「始めよ!」
カーネルが声を荒げた。その背後で、冷静な声を発した者がいる。
「愚か者、お前もじゃ」
女王ヴァルメスだった。
立ち上がり、カーネルの背中を蹴飛ばしたのだ。
カーネルがシレーネの目の前に倒れる。助け起こそうとしたアスラルの手を払い、カーネルが立ち上がった。
「やっていいのね?」
「当然だ」
シレーネの問いに、答えたのはアスラルだった。
すでに剣を抜いている。シレーネは腰の剣に手をかけながら、アスラルの背に隠れた。
カーネルが腰の剣を払った。中年を過ぎた男だ。
だが、剣を抜き、構える所作は美しかった。
「シレーネ、行くぞ」
「ええ。任せて」
アスラルは、もうシレーネを守るとは言わなかった。
その言葉に歓喜を抱き、黒い戦士たちに打ち込むアスラルの背を見つめた。
背後から影の戦士が迫る。
振り向いた時、すでにカーネルが仕留めていた。
「合格の条件は?」
シレーネの問いに、カーネルは眉を寄せた。
「生き残ること。そのはずだった」
「死人が出てもいいの? 全員、貴族なのよ」
「決めたのは女王だ。誰も逆らえん。死ぬなよ、アルテーゼ伯爵令嬢。あっちの男には、もはやかける言葉もないがな」
カーネルが指差した先で、アスラルが嬉々として影の戦士と剣を交えていた。
王の間の戦いで、貴族の子弟100人が死亡した。
女王の乱心とも呼ばれたこの騒動を、生き残ったのはわずかに3人だった。
女王の後見人とも言われる歴戦の騎士カーネル、伯爵令嬢シレーネ、素顔を誰も知らないと噂される無貌の少年アスラルの3人だ。
影の戦士が全滅し、血にまみれた床の上で、たった3人の戦士に向かって、女王は宣言した。
「よくぞ生き残った。今日よりお前たちは、バラの騎士団、青の部隊となることを宣言する。この国すべての権力行使において、余に代行する権限を付与する」
「騎士に全権を? 正気か?」
口走ったのは、カーネルだった。
「御心のままに」
アスラルが騎士の礼をとった。シレーネも従う。
「カーネル、貴様は?」
「……従おう」
女王に問われ、カーネルもゆっくりと血塗られた床の上に片膝をついた。




