1 シレーネとアスラル
『それほどチートではなかった勇者の異世界冒険譚』の後半で出てくる冬の国は、以前自作した小説が元ネタになっています。
当時は男の主人公アスラルが主人公でしたが、今回女性主人公シレーネの物語として再構築してみました。
お楽しみいただけたら幸いです。
アルテーゼ伯爵家の令嬢シレーネは、神童と呼ばれていた。
一年の多くが雪に閉ざされる冬の王国フォレストでは、武勇こそが最も重視された。
学問、芸術に才を発揮したシレーネは、何よりも戦闘において並びなき能力を示した。
僅か10歳にして聖騎士を打ち負かし、華奢で可憐な外見とは裏腹に、将来は戦場に生きるものと思われていた。
シレーネ本人もそのつもりだったのだ。
すべては、ある少年との出会いで変わった。
有力貴族であった伯爵である父の案内で、同年代の貴族の子弟たちとは大半が顔見知りだった。
だが、その中で名前だけは何度も聞くが、一度も会ったことがないのが、同い年のクローゼル家の嫡男だった。
公爵家であり、王に最も近い存在だとも言える。
ファレスト王国は、王国とは言いながら、王家が存在しなかったからだ。
王は最もふさわしい者がその地位につくものとされており、いくつかの公爵家の中から順番に王位に就く風習が、シレーネが生まれる以前はあったという。
だが、シレーネが産まれた時にはひとりの女王が治めており、ずっと同じ女王が統治していた。
女王のことを知らないシレーネは、女王が退位したら、公爵家の誰かが王になるのだと理解した。
まだ一度も会ったことがなかった公爵家の子息が、王になるかもしれない。
そう思うと、まだ会ったこともない少年が、シレーネのことを嫌っているのではないかと、疑心暗鬼にかられるようになった。
父である伯爵に頼み込み、クローゼル公爵家の嫡男とようやく会うことができた。
だが、その場所は中庭に作られた訓練場で、公爵家の嫡男アスラルは、全身を隙なく金属の鎧で覆っていた。
「どうして、そんな格好をしているのですか?」
ようやく会うことができた将来の王候補に、シレーネは首を傾げて尋ねた。
「君は、シレーネだろう?」
「知っていてくれたの?」
「なら、お茶やお花より、こっちのほうがいいだろう」
アスラルは言うと、シレーネに木剣を投げた。シレーネは空中で掴み取ると、すぐに構えた。
「私だって、お花を愛でて、お茶を飲むことはあるのよ」
「俺は、戦う以外のことに興味はない」
「まるで獣ね」
「満腹の時に戦いを求める獣はいないさ」
「あなたはそんなに防具を着込んでいるのに、私はドレスのままなの?」
「予備の鎧を用意しようか?」
「結構よ」
どうやら、アスラルという公爵の嫡男とは、戦い合わなければ理解できないらしい。
ヘムルで覆われて顔もわからないが、シレーネの噂を聞いて訓練場を選んだのだ。
期待には答えなければならないだろう。
シレーネは、木剣を構えてアスラルとの距離を詰めた。
※
アスラルの動きは遅く、打撃も弱かった。
10歳の体で全身を覆う金属鎧を身につけたなら、まともに動けなくても当然だ。
だが、シレーネは打ちのめすことができなかった。
アスラルは、最少の動きでシレーネの木剣を受け払い、決して隙は見せなかった。
打ち合いは長く続き、日が落ちた後、アスラルは言った。
「いい稽古になった。明日も来られるかい?」
「お誘い頂けるなら、お顔ぐらい見せていただきたいものですわね」
「つまり、ヘルムを取れというのか?」
「お嫌ですか?」
「嫌ではないが、今、太陽は出ているのだろうか?」
「いいえ。すでに日没を過ぎました」
「ああ……ならばいい」
シレーネは、アスラルが陽の光を浴びられない体質なのだと、後で聞かされた。
この日、最後に見せてくれたアスラルの素顔は、真っ赤な赤毛に透き通るような白い肌をした、美しい造詣の少年だった。
※
伯爵令嬢シレーネは、その日家に帰り、乳母であるミモレに語った。
「ミモレ、誰にも言ってはダメよ」
「はいはい。シレーネお嬢様の秘密は、誰にも言いませんですよ」
物心つく前からシレーネの面倒を見てくれているミモレは、シレーネにとって最も心を許せる相手である。
尊敬している両親には言えないことでも、ミモレには言うことができた。
「私ね、アスラルと結婚するわ」
「あの、お嬢様……それでしたら、内緒にしていないほうがいいのではないでしょうか。公爵家のお坊ちゃんですから、伯爵様も応援して下さるでしょう」
「ダメよ。アスラルはお日様にいじめられるから、昼間は外に出られないの。普段から鎧を着ていなければいけないのですって。でも、とっても強いのよ。私が勝てなかったのですもの。それに……王になるかもしれないし……」
「ああ。確かに、秘密にしていた方がいいかもしれませんね。そのようなお身体の悪い方、王にはならないでしょう。確かに爵位は非常に高くて、しかも嫡男ですから、将来は公爵様でしょうけど……シレーネお嬢様なら、健康でたくましい男性が見つかりますよ。まだ、結婚相手を決めるのは早いのではありませんか?」
ミモレはわかっていない。だが、シレーネにはミモレを言い負かせるだけの知識はまだなかった。
「ミモレ」
「はい」
「アスラルと結婚するために、協力してくれるの? してくれないの?」
「協力いたしますとも。私はいつでも、お嬢様の味方でございますよ」
シレーネが詰め寄ると、いつもミモレが折れる。
伯爵令嬢とただの使用人では逆らえるはずがないことまでは、シレーネにはまだ理解できなかった。
「ありがとう。でも、ミモレの言うことも正しいわ。だから、お父様とお母様には内緒だって言ったのよ」
「なるほど。さすがはシレーネお嬢様です」
「それで、アスラルと結婚するために、私は何をするべきかしら」
「クローゼル家のお坊ちゃまに、シレーネ様という存在を認めさせることが必要でしょう」
「まずはそこからね。わかった。またお屋敷に行けるよう、お父様にお願いしてくるわ」
シレーネは部屋を出ようとした。ちょうど同じタイミングで、ミモレの孫のマリカが入ってきた。
シレーネとは同い年で、身分は違えど幼馴染でもある。
「シレーネお嬢様にお手紙です」
「まあ、誰からかしら」
受け取ったシレーネは、早速開封し、読み上げた。
「お嬢様、第1段階は成功ですね」
「そうね。さすが私だわ」
手紙の主は、アスラル・フォン・クローゼル、また遊びにきて欲しいという内容だった。
※
4年が経過した。
伯爵令嬢シレーネは14歳になった。フォルト王国では、貴族令嬢が社交界にデビューする年齢である。
少女から華に成ると喩えられる時期に、宮廷で去就が注目される令嬢は、全身を覆う金属の鎧を設えた。
「シレーネ、本当にいいのかい? 新しく設立される騎士団の募集に、何もお前が名乗りをあげなくてもいいではないか。本当なら、社交界デビューのために豪華なパーティーを開くところなのに」
シレーネの父親、アルテーゼ伯爵が眉をひそめていた。
シレーネは快活に笑う。
「ドレスより、私にはこの方が似合っているわ。そうでしょう? お父様」
シレーネは、シレーネの体に合わせて作られた、優美な流線を描く全身鎧を指さした。
シレーネは知っていた。
新しく設立される騎士団は、女王自らが設立を命じたもので、一人の若者が入団するよう指名されている。
その若者は、普段から甲冑を脱がず、素顔を知る者もほとんどいない。
シレーネは、若者とお揃いになる総板張りの甲冑を、満足して見つめていた。




