25 シレーネの覚悟
剣戟の甲高い音が一晩中続き、名もない雪の村の村長宅のリビングは半壊した。
高速で振り回される二本の剣により、重い調度は深く傷つけられ、軽い家具は吹き飛ばされた。
伯爵令嬢シレーネは、長く監禁生活を送り、体力も回復しないまま長旅を続けた。
だが、体力が落ちたとは感じない。
戦闘の勘も取り戻していた。
アスラルに言ったのは方便である。
一晩中剣を振り回し、シレーネは心地よい疲労感と流した汗に包まれていた。
ひときわ大きな音を残し、シレーネの剣が暖炉を破壊する。
剣が食い込み、抜けなくなった。
とっさに振り返り、普段は使わない腰の短剣に手を伸ばした時、アスラルが下段に構えて静かに待っているのを見た。
全身を金属の鎧が覆っている。
はっきりとはわからない。だが、アスラルは息を切らしてもいない。
村長宅のリビングの中で、一晩中二本の剣が振り回された。
だが、調度品を破壊したのは全てシレーネの剣だった。
アスラルは、全力で打ち込むシレーネの剣を捌き、時にシレーネを攻めながらも、部屋の中のものには傷1つつけなかった。
これが、実力の差であることはわかっていた。
だが、シレーネは言った。言わなければいけない気がしていた。
「アスラル、直に夜が明けるわ」
「わかっている」
「これで最後にする。だから、アスラルも本気で来て」
「なぜだ? ただの稽古だろう?」
アスラルの声は真剣だった。
シレーネはおかしくなった。
全ての剣を、シレーネは全力で打ち込んだ。
自分の全てをアスラルに知ってもらいたい。
そう思って、全てをかけて挑んだのだ。
それすら、アスラルにとっては、ただの稽古としか思えなかったのだ。
崩れた暖炉に食い込んだ剣を引き抜きながら、構え直した。
「あなたから一本取れたら、私の気持ちも収まる。もし取れなければ、アスラルの好きにしていいわ。私を殺して、私の姿をしたアスラルの尊敬するお方に仕えるといいでしょう」
「わかった。俺の好きにさせて……」
シレーネは、最後まで聞かなかった。
思い切り踏み込み、床に足跡を残しながら、アスラルの懐に入った。
アスラルが防がない。
その所作に、シレーネは死を覚悟した。
敵の攻撃を防具に任せて逆にうち伏せるのが、アスラルのように全身を覆う鋼鉄鎧をまとった者の、本来の戦い方だ。
アスラルが本気で殺そうとすれば、シレーネは一撃も持たないだろう。
悪い人生ではなかった。
アスラルに恋し、アスラルは最後までシレーネを愛し続けた。
もはや、悔いはない。
シレーネはアスラルの懐に入り、剣を突き上げた。
虚空を切り裂き、アスラルのヘルムを跳ね上げる。
だが、一瞬早くアスラルの剣がシレーネを縦に切り裂いていた。
シレーネは立ち尽くした。
ヘルム以外は全身を覆う金属の鎧は、シレーネに合わせて作成した特注の鎧だ。その鎧が、がらがらと音を立てて床に転がった。
「……アスラル、どうしてなの?」
「シレーネ、見事だった」
アスラルは、シレーネが跳ね飛ばしたヘルムを振り返った。
日光が山を超えて差し込み、アスラルは手で顔を隠した。
シレーネが、アスラルの皮膚に陽光が当たらないよう、下着同然の姿でアスラルの頭部を抱きかかえた。
「……私の勝ちでいいの?」
「互いの姿を見れば、俺の勝ちだろう?」
「じゃあ……アスラル、好きにするのね?」
「ああ。そのつもりだ」
「わかった……キャッ!」
シレーネが悲鳴を発したのは、突然アスラルが、シレーネを抱きかかえたからだ。
担ぎ上げたシレーネとともに、アスラルは日陰に飛び込んだ。
「アスラル、どういうつもり? もう、私に用はないでしょう?」
「シレーネこそ、何を言っているんだ。俺は、俺の好きにする。シレーネがそう言ったんだ。だから、俺はシレーネを妻にする。他の誰に文句を言われようと、シレーネに文句を言われる筋合いはない」
アスラルは言いながら、破けたシーツで頭部を包んだ。
シレーネは、呆気にとられた。
「アスラル、どうして? 女王は、私と同じ姿になったわ。きっと……アスラルを誘惑するために、私の姿を奪ったのよ」
「ああ。そうかもしれないな」
「なら、女王はアスラルを求めている。光栄じゃないの?」
「もちろん、光栄だ。ずっとお仕えしてきたお方に望まれるのならな」
「なら、行けばいいじゃない。アスラルの望み通り、私の姿をした女王に求婚すべきだわ」
「俺は、シネーレがいいんだ」
アスラルはシーツをかぶったまま、シレーネを抱き上げた。
破壊された村長宅のリビングから、村長が使用していたと思われる寝室に移動した。
村長とその娘のサリーは、アスラルとシレーネが女王ヴァルメスを連れ帰った時、好きに使ってくれと言って自宅を明け渡した。
いくら好きに使うよう言っていても、破壊されるとは思わなかっただろう。
「アスラル、あなた……愚かだわ」
シレーネは、アスラルに抱きかかえられ、ベッドに寝かされた。
「ああ。わかっている。だから、シレーネがいないと駄目なんだ」
アスラルは、珍しく装備を脱ごうとした。
シレーネは、アスラルの鎧を脱がせるのを手伝った。
「3年耐えた」
「ええ。辛かった?」
「ああ。何度、約束を破ってシレーネのところに駆けつけたかったかわからない」
「私が約束したのは、別の女のところに行かないことよ」
「俺は、シレーネだけでいい」
「……だから、愚かだと言うのよ。女なんて、星の数ほどいる」
「シレーネは一人しかいない」
「ええ。そうね」
シレーネは、アスラルの鎧を脱がし終わった。
アスラルがシレーネを再びベッドに押し倒し、好きにするのを、黙って受け止めた。
シレーネが生まれてからの人生でもっとも幸せな気持ちで眠り、目覚めた時、アスラルの見慣れた鎧姿が、部屋から出て行くところだった。
自分も戦場に戻らなければと思い、部屋の隅に積み上げられた破壊された鎧をぼんやりと見ながら、再び眠りに落ちた。




