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23 アスラルの決意

 村長の家とはいえ、質素なものだった。シレーネが伯爵令嬢であるために、豪華な部屋に慣れていることを差し引いても、必要なもの以外の家具がない、寂しさよりも貧しさを感じさせる部屋だった。

 致命傷を負い、息も絶え絶えのドーレルを、火のついた暖炉のある暖かい部屋に運んだ。


 アスラルは、ドーレルを頼むと言い置いて奥の部屋に向かった。

 大切な幼馴染であり友人である、瀕死のドーレルを残してである。

 アスラルらしくないとシレーネは不思議に思ったが、アスラルが白い布を抱いていることに納得した。

 女王らしきものを抱いている。


「治療は私がしてもいいの?」

「ああ。頼む。俺よりシレーネの方が器用だからな」

「あなたの方が、経験は豊富でしょうけど」


 戦場での経験だ。騎士である期間中、戦場に居続けたアスラルに比べて、シレーネは半分は王宮内で執務を行なっていた。


「頼む。すぐに戻る」


 アスラルは言い訳をせず、シレーネに託した。シレーネは頷き、雌馬の血と肉にまみれたドーレルの服を引き裂いた。

 ドーレルの腹部と胸部に空いた穴は、筋肉を突き破り内臓にまで達していた。


 シレーネは傷口を縫合する技術を身につけていたが、傷ついた内臓を癒す手段までは持ち合わせなかった。死者の山で施した治療も、乱暴に傷口を塞いだだけだ。

 ドーレルはおそらく死ぬ。


 そう感じながら、シレーネは持てる薬草と知識を使用して肉体の内部まで癒そうとした。

 アスラルに託された。その事実が、シレーネに手を抜かせなかった。


「なにかお手伝いできますか?」


 巡回していたのだろう。外から戻り、雪を払って居たコランソンが尋ねた。

 大熊騎士団の団長ガソレルは、騎士団に戻った。

 アスラルが実際に死者の山で大蛇を下した以上、大熊騎士団はアスラルに従うとガソレルは断言した。


「あの賞金稼ぎはどうしているの?」


 針を焼き、消毒してドーレルの腹部を縫いながら、シレーネは尋ねた。


「南の山の監視に行きました。王国軍が動き出すと、大熊騎士団の団員たちが話していたので」

「そう。早いわね。ここはいいわ。アスラルに報告を」

「わかりました。ドーレルさん、助かりそうですか?」

「少しでも長く、保たせるよう努力するわ」


 ドーレルは助けられない。シレーネはそう告げた。

 だが、コランソンはまるて安心したように頷いた。


「わかりました。アスラル様にご報告します」

「……私の言ったこと、理解できた?」


 シレーネが問いただすと、コランソンは首を振った。


「シレーネ様が引き受けたのですから、心配する必要はないのでしょう。アスラル様から、そう言われています」

「そう。わかったわ」


 アスラルの信頼が厚すぎる。シレーネは苦笑しながら、ドーレルの傷を塞いだ糸を結んだ。

 もはや、これ以上できることはなかった。

 コランソンが奥の部屋に向かう。

 だが、部屋に入ることはなかった。

 ちょうど、アスラルが部屋から出てきたところだった。


 ※


 アスラルは、室内でも鎧を脱がなかった。

 いつものことだ。シレーネは、違和感を持たなかった。


「シレーネ、ドーレルはどうだ?」

「まだ生きているわ。でも、戦場であれば見捨てる傷よ。この意味、わかるわね?」

「……ああ。コランソン、ドーレルを奥の部屋に運んでくれ。癒せるとしたら、この場では一人しかいない」

「はい」


 深く腰を降り、コランソンは意識を失ったままのドーレルを担ぎ上げた。

 小柄で華奢な少年の姿に似合わない怪力だが、二人の大男を従えているのだ。見た目通りではないのだろう。


「アスラル、陛下は? あなたが持ち帰ったのは、やはり女王だったの?」


 シレーネは、集中力を使い果たして脱力していた。

 尋ねられたアスラルは、へたりこんでいるシレーネの前で膝をついた。


「どうしたの?」

「シレーネ、結婚してくれ」

「今、言うこと?」

「頼む。今でなければならないんだ」

「……約束は、守れたの?」


 シレーネは、質問しながら後悔していた。

 もう、どうでもよかったのだ。

 三年前にした約束のことなど、本当にどうでもよかったのだ。


 アスラルが再び結婚を申し入れた。

 シレーネはただ、受け入れればよかったはずだ。

 伯爵令嬢であり最強の騎士の一人である自負が、口を滑らさせていた。


「この3年間、シレーネ以外の女性とは一人も会わなかった」

「サリーはどうなの?」

「……誰のことだ?」


 シレーネは吹き出した。聞く必要のないことを聞いてしまったと自覚していた。

 アスラルは本気だ。

 アスラルの視界は狭い。

 特に明るい場所では、ヘルムの隙間が世界の全てだ。


「私のこと、本当に知っているの?」


 素直に受け入れればいい。シレーネは、自分に言い聞かせながら、アスラルとのたわいないやり取りをとめることができなかった。

 アスラルはヘルムを外した。

 まだ昼間だ。室内とはいえ、アスラルにとっては致命的な光が踊っている。

 アスラルはシレーネを引き寄せ、左側の仮面を外した。


「醜いでしょう?」

「綺麗だよ」

「嘘よ」

「嘘じゃない」


 シレーネは、アスラルが自ら外したヘルムを被せる。


「今日から、アスラルの命は私のもの。それでいいの?」

「シレーネが望むようにする」

「……わかったわ」


 おそらく、アスラルの言うことは叶わない。

 倒すべき敵が目の前にいれば、シレーネの命令を無視してでもアスラルは戦いを挑むだろう。

 だが、アスラルは意図して嘘を言ったわけではない。

 本心から、シレーネの言う通りにしたいと感じているのだと、シレーネは確信していた。


「式はどうするつもり? 公爵家と伯爵家が一つになるけど、そういった盛大な式は期待できそうもないわね。この村の村長に頼むのはどう? それなら、明日にでもできるわね」

「俺たちが夫婦になることは、陛下が認めてくださる。陛下自身、神の一族だ。十分だろう」


 アスラルがシレーネに結婚を申し込み、初めて女王ヴァルメスの存在に触れた。


「陛下は起きているの?」

「ああ。だから、ドーレルを運ばせた。陛下は、俺の大切な友人を癒すと言ってくれた」

「そう。友人は……ね」


 シレーネは、胃の腑に冷たいものを感じた。

 奥の部屋から、見知った少女が顔を出す。

 少女の視線を感じ、シレーネは顔の傷を隠す仮面を身につけた。


「あの……シーツの人が呼んでいます」

「アスラルを?」「シレーネを?」


 シレーネは、アスラルと同時に互いの名を呼び、互いに苦笑した。


「シーツの人って……陛下はまだシーツを脱がないの?」

「なにも着ていなかったからな。脱がすわけにはいかなかった」

「アスラルらしいけど」


 シレーネとアスラルが話を始めたのにいらだったように、サリーが口を挟んだ。


「お二人をです」

「シレーネ、行こう。結婚を報告し、認めてもらわなければ」

「そうね。なんとしてでも」


 アスラルはシレーネに手を伸ばし、シレーネは腰の剣を握りしめた。

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