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22/26

22 戦闘の後

 騎士ドーレルは、うずくまったまま動かない。

 意識を失っているようだ。

 傷ついた胸部を抑え、死んだように固まっている。

 だが、シレーネは知っていた。まだ死んではいない。


 この寒さが、出血を抑え込んでいる。

 だが、長くは持たない。体温を失えば、ドーレルは簡単に死ぬだろう。

 シレーネは、荷物を下ろした。

 傷口を塞ぎ、体を温めるものを探した。


 糸と針を探し出し、アルコールで消毒した。

 シレーネは、かじかむ手でドーレルの傷口を塗った。

 肉が硬い。冷えて、細胞が死にかけている。

 傷口はふさいだ。


 だが、このままでは死ぬ。

 シレーネが、ドーレルの死を覚悟した時、背後からブルルといななく声を聞いた。

 背後に、シレーネの愛馬カムオウを見つけた。


「カムオウ、何を……いいの? あなたのお気に入りなのでしょう?」


 カムオウは、傍らにドーレルの愛馬である雌馬を従えていた。

 雌馬は、覚悟を決めたように低くいななき、首を前に倒した。


「いいのね?」


 シレーネが尋ねた相手は雌馬であり、雌馬に欲情していたカムオウである。

 カムオウが首の向きをそらした。見て見ぬ振りをしてくれるということだろう。

 シレーネは、騎士の剣で一刀のもとに雌馬の首を落とし、腹を裂いた。


 内臓を取り出し、湯気をあげる内臓を掻きだし、できた空間にドーレルの体を押し込んだ。

 背後から、近づいてくる雪を踏む足音を聞いた。

 シレーネは、振り向かずに尋ねた。


「アスラル、終わったの?」

「ああ。そうだと思う。女王は助けた。シレーネ……それは、ドーレルの馬か?」

「ええ。ドーレルが死にかけていたから、治療して、体を温めるためにこの中に入れたわ」

「そうか。ありがとう」


 シレーネが振り返ると、アスラルは腕に白いものを抱いていた。

 大切な荷物のように抱えている。

 白いのは、シーツのような白い布に覆われているからだとわかった。

 人の形をしている。


「それは、女王だったの?」

「わからない。俺の見たときは、人の形という以上の姿はしていなかった。寒いと言うので、布でつつんだんだ」

「話したの?」

「実際に話したかどうかは、俺にもわからない。だが、何を言いたいかは理解できた。そういう感覚はシレーネもわかるだろう。ずっと、女王は俺に訴えかけていた」


 シレーネは、死んだ首のない馬の足を縛り、カムオウの鞍に結びつけながら首を振った。


「残念ながら、私にはわからないわ。女王が私に、なにかを訴えかけてきたことはないもの。分かるのは……せいぜい、アスラルが何を考えているのかぐらいね」

「そうか。では、今俺は何を考えている?」


「親友のドーレルをたすけてくれた私に大いに感謝して、役目を終えた今、早く結婚式をあげたくてたまらないのだわ」

「そうか」

「違うの?」


「いや。そうなんだろうな。シレーネが言うのなら間違いない」

「私がいるからって、考えるのをやめないでよ」

「それは、保証しかねるな」


 アスラルは、考えるのが面倒になると、全てをシレーネに任せて言われるままに動くことがある。

 シレーネにとっては好ましいことだったが、たまに不安に思うこともあるのだ。

 シレーネがカムオウにまたがったとき、アスラルもカムオウの背に、抱えていた人型を乗せた。途中で落ちないように縛り付ける。


 フォルテールは能力こそ秀でているが小型場である。荷物があるときはカムオウに載せるのが、長年の2人の習慣になっていた。この時だけ、拒否することもできなかった。

 女王らしいシーツに包まれた人型をシレーネに空ずれ、アスラルはフォルテールに飛び乗った。

 ガソレルが、腹を抑えながら近づいてきた。


「目的は果たした。山を降りる」

「わかった。先導する」


 アスラルが言うと、まるで昔からの従者であったかのようにガソレルが応答する。

 大きな背中を向け、まるでどこに進めばいいのか知っているかのように、山を下り始めた。


 ※


 雌馬の死骸をカムオウに引かせ、鞍に布で包まれた華奢な体を乗せた。

 巨大馬であるカムオウであればこそ、雪山の中でも立ち止まることなく下山することができた。

 シレーネはフォルテールに跨るアスラルと大熊騎士団団長のガソレルの背中を見ながらカムオウの背に揺られたが、前方の頼もしさと比べて、背後に積んだ荷物の不気味さに体が凍り付くようだった。


「女王、たとえ貴女でも、私の敵であるなら、アスラルは迷わず討ち亡ぼすわ。だからこそ、私はアスラルに協力したのよ」


 シレーネは背後に向かって呟いた。

 白い布に包まれた者は、返事もなく、ただの荷物であるかのように動かなかった。

 やがて死者の山を降りた。

 木々が切れた場所に、大男がずらりと並んでいた。


 アスラルが姿を見せると、一斉に膝をついた。

 その姿は、シレーネには王の帰還としか見えなかった。

 死者の山に挑み、女王を解放することに成功した場合、大熊騎士団はアスラルに従うことがあらかじめ決められていたのだと、シレーネはあとで聞かされた。


 ※


 大熊騎士団は目立つ。シレーネは騎士団を本来の駐屯地に戻し、アスラルと共に近く村の村長宅で休憩することにした。

 シレーネが訪問すると、サリーという娘にアスラルに取り入れさせようとしていた村長は、何事もなかったかのように出迎えた。

 やせ細りくたびれた中年を過ぎた男だった。


「怪我人がいる。火のある場所を貸してもらいたい」


 へりくだる村長に、アスラルは投げかけるように言った。


「怪我人ですか?」

「ドーネルだ」


 アスラルは、カムオウの鞍に結び付けられていた縄を切った。

 同じように、くくりつけられていた白い布を抱き上げ、村長に渡した。


「大切なお方だ。この屋敷で一番安全な場所に置いてくれ」

「承知しました」


 村長が白い布を抱える。やせ細った中年過ぎの男が、落とさずに受け取った。

 中に人型の何者かが入っているにしろ、それほど重くはないのだろう。

 シレーネは、あえて白い布については言わなかった。

 アスラルはカムオウが引いてきた雌馬の死骸に向かった。シレーネは言った。


「もう生きていないかもしれないわよ」

「わかっている。ドーレルは死にかけている。だが、まだ死んではいないんだろう。シレーネが望みのない者を助けるはずがない」


「ええ。すでに諦めていたら、軍馬を潰してまで生存の望みにかける意味はないわ」

「ありがとう。俺の幼馴染を気にかけてくれて」

「アスラルを追ってくる道中、二人きりだったのよ。嫉妬したりしないの?」

「シレーネが何をしようと、俺の気持ちは変わらない」


 アスラルは言いながら、雌馬の体についた腹の傷を開いた。

 中から、ドーレルが溢れるように出てきた。


「まだ、息があるな」

「中に運びましょう。手当できる?」

「戦場では、傷口は自分で縫うものだった。内臓も縫い合わせたことがある。それほど複雑な傷でなければ、経験はある」

「頼もしいわね。運びましょう」

「ああ」


 雌馬の血液に塗れて真っ赤に染まったドーレルの体を、シレーネはアスラルと共に担ぎ上げた。

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