21 死者の山の災厄
死者の山の頂にある小さな祠を前に、アスラルは自然にフォルテールを降りた。
シレーネも続けてカムオウを下りる。
ドーレルとガソレルには、周囲の警戒を命じた。
「アスラル、この場所なの? 前回も、この場所で戦ったの?」
「ああ。間違いない」
アスラルは強すぎるために謀略に意識を割かないが、愚かではない。
一度見たことは忘れない。一度きた場所であり、戦場にしたのであれば、まず間違えることはない。
シレーネは頷いた。
「今回は、勝算があるのでしょうね?」
「ああ。シレーネがいる」
「アスラル、それは勝算とはいわないわ。他人に頼っているだけでしょう。今度は勝てるっていう根拠はないの?」
「俺一人では勝てなかった。かつて、カーネルは騎士団を率いて勝利した。複数なら勝てるのだろう」
「質問を変えるわ。この場所で、なにと戦ったの? 大蛇という以外に」
シレーネは、少しだけ緊張した。女王ヴァルメスの話が出るのではないかと勘ぐったためだ。
「俺が戦ったのは、頭が7つある大蛇だった。一つ一つの頭が、俺を飲み込めるほどの大きさがあった。カーネルの話とは違ったな。カーネルは、頭は複数あったのかもしれないと言ったのだが……」
「カーネルの話との齟齬はわからないけど、アスラルが前回来てから、一月は経っていないもの。同じ奴が出るでしょうね。でも……なにもいないわ。呼び出す方法があるの?」
アスラルとシレーネは、祠に向かって歩き続けた。
目の前に祠があっても、なにも出てこない。
「決まった方法があるのかはわからない。ただ、俺はこうした」
アスラルは、祠の前で騎士の礼をとった。
「女王陛下、アスラルはここにおります。どうか……シレーネ、どうしたんだ?」
アスラルが祠に向かって訴えかけている間に、シレーネは片足をあげ、祠を蹴りつけた。
石で作られた簡素な祠が、粉々に砕ける。
「アスラルのやり方じゃ駄目よ」
「なぜだ?」
「ほらっ。見てよ」
シレーネは、祠を破壊した自分の足に、黒い影が巻きついているのを指差した。
「語りかけて、お越しいただいたりしては駄目でしょ。こういう輩は、怒らせて飛び出させるのよ。カムオウ!」
シレーネは、黒い影がまとわりついた足を振り回す。
雪の上に、重いものが這いずったような跡が残った。
呼ばれたカムオウが駆けてくる。
シレーネは飛び乗った。
「アスラル、構えて!」
「わかった。フォルテール!」
アスラルの愛馬は、呼ばれると同時に所有者の前にいた。
アスラルが跨る。
雪の中から、巨大な大蛇が立ち上がった。
「なるほど……確かにこれは、骨が折れそうね。でも、どういうこと? 頭が七つじゃなかったの? 九つあるじゃない」
「俺がこの間数えた時は、七つだったんだ。増えたんだろう。蛇なら、よくあることだ」
「複数の頭が生えて、さらに増える蛇なんて、聞いたことないわよ」
言い合っていたシレーネとアスラルに、ドーレルが割って入った。
「争っている場合ですか。来ますよ」
「いいのよ」
「ああ」
ドーレルは忠告をしてくれた。
そのために、離れた場所からかけつけてくれた。
だが、シレーネにもアスラルにも、無用な忠告だった。
大蛇の頭部が突っ込んできた。
九つある大蛇の頭は、それぞれが長い首を持ち、別の動物のようにそれぞれが蠢いていた。
アスラルには二つの、シレーネには三つの頭部が同時に襲いかかった。
アスラルが剣を抜き、即座に首の一つを切り落とし、フォルテールが別の頭を蹴り飛ばした。
シレーネはカムオウを飛び降りる。
巨大馬カムオウに向かった大蛇の頭部を切りとばす。
「こんなもの?」
「油断するな。また生える」
「早いわね」
アスラルとシレーネが切り飛ばした首の切り口から、すぐに別の頭部が生えて再生した。
「きりがないわ。どうするの?」
「それがわかったら、前回は負けていない」
「ちょっと、無責任じゃない!」
「シレーネなら、なにか思いつくだろう!」
「冗談じゃないわ! ドーレル、ガソレル、松明を!」
まるで無限に生えてくるかのような再生能力に、シレーネも舌を巻いた。
そうでなければ、アスラルが不覚をとるはずがない。
「前回より、だいぶ楽だな」
「二人だから?」
「ああ。シレーネがいてよかった」
「私はよくない! ドーレル、ガソレル、聞いているの?」
松明をよこすように命じていた二人の返事がない。
シレーネは、背後を振り返った。
隙をついて、大蛇が迫る。
シレーネに迫った大蛇の首が、アスラルに刎ねられる。
「シレーネ様!」
ドーレルの声とともに、背後から火のついた松明が飛んできた。
背後を振り返らず、飛んできた火のついた松明を掴み取る。
「これじゃ足りないわ! 油はない? 切るだけじゃ、終わりがないわ」
「シレーネ、無理だ」
アスラルは、大蛇を一人で引き受けていた。だからこそ、シレーネは指示を出せた。
そのアスラルの声が、不吉を告げた。
「無理って、どういうこと?」
「ドーレルは、動けない」
シレーネがヘルムを脱いで振り返る。
騎士ドーレル・フラムの腹に、突き出した大蛇が噛み付いていた。
シレーネが剣を打ち下ろし、太い大蛇の首を刎ねる。
傷口に松明を押し当てた。
切り口から噴き出した血の油分に火がつき、燃え上がった。
「アスラル、どういうこと? 大蛇の首は9本じゃなかったの?」
当初、アスラルからは大蛇の首は7本だと言われていた。
戦いが始まる段階で、その数は9本だと確認した。
九つの頭部、全てをアスラルが相手取っていた。
「数が増えるんだ。いつ、どのタイミングで増えても不思議はない」
頭部の数は、確実に二桁に達している。
「なら、なおさら勝ち目がないじゃない!」
「いくら増えても同じだ。シレーネ、続けろ。ガソレル、酒だ!」
「おう」
「アスラル、ガソレルがやられたわ」
「わかっている」
宙を飛ぶ水筒を、アスラルが受け取った。
「シレーネ!」
叫びながら、アスラルが水筒の口を切る。
大蛇の首、五つが跳ね飛び、雪原に転がった。
大熊騎士団の団長が所持していた高濃度のアルコールを、アスラルが口に含む。
呼ばれたシレーネはアスラルの意図を察し、まだ残っていた首を跳ねながら駆け寄る。
「アスラル!」
手にしていた松明を掲げた。
アスラルが口に含んだアルコールを吹き出す。
ドラゴンの息のように、炎が空中に伸びた。
大蛇の首をはねられた切り口を炎が舐め回し、吹き出た血と油に引火する。
炎の海が出現した。
「シレーネ、続ける」
「ええ。わかった」
燃やされつつもなお再生しようとする首を、アスラルとともに刎ね飛ばした。
新しい切り口を再び燃やす。
明らかに、再生の速度が落ちた。
頭部のない長い首だけの大蛇が、海中の海藻のように揺らめき、立ち上がった。
アスラルが膝をつく。
同時に、大蛇が崩れた。
横倒しになり、巨大な形が崩れ去る。
「アスラル、怪我は?」
「問題ない。ただ……」
「どうしたの?」
「気分が悪い。酔ったようだ」
「お酒を飲みなれていないんでしょう? 無茶をするからよ」
「ああ。そうだな。シレーネ、ドーレルとガソレルを頼む。俺は……女王を探す。大蛇に囚われていたはずだ」
「ええ。わかったわ」
シレーネはアスラルから離れた。
アスラルは、女王が大蛇に囚われていると考えていたのだ。
シレーネは知っていた。シレーネとアスラルに立ちはだかった大蛇こそ、女王なのだ。
「でも、どうやって探すの?」
「近くにいるはずだ。ずっと、俺を呼ぶ声が聞こえていた」
「そうなのね」
シレーネには聞こえていなかった。ヴァルメスが呼びかけたのは、アスラルだけだ。
シレーネは、アスラルを信じると決めた。もはや迷いはない。
その場をアスラルに任せ、ドーレルとガソレルがいた場所に向かった。
「おお。お嬢ちゃん、無事だったか。よく生きていたな」
シレーネがしばらく歩くと、ガソレルが近づいてきた。
「大した傷じゃないみたいね」
「そうでもないぜ」
ガソレルは笑ったが、腹を抑えている。腹を抑えた手が赤く染まり、胸当てが濡れている。
「手当は?」
「俺はいい。それより、あっちの兄ちゃんがまずいぞ」
ガソレルが首の動きで示した。シレーネが視線で追うと、雪の中に埋もれるように、うずくまったまま動かない騎士ドーレルがいた。




