20 死者の山に向かって
ドーレルたちを中に待機させ、アスラルはシレーネと共に正面から出て行った。
大男たちがずらりと並ぶ様は圧巻だった。
中央に、シレーネが打ち倒したガソレル・コマドーがいた。
「大熊騎士団、俺たちに用か?」
「すまんな、アスラル。あんたには恩があるが、正式に討伐指令が出た。俺たちは、あんたを殺さなくちゃならん」
中央のガソレルが言った。アスラルが前に出る。
「王命か?」
「ああ。おれたち騎士団への勅命だ。あんたを打ち取れば、中央に配置換えするらしいぜ」
「温かい場所に行きたいなら、この国から出ればいいじゃない。王都に、荒くれ者の居場所なんてないわよ」
自分勝手な言い草に、シレーネは苛立って口を挟んだ。
「お前たちの強さはわかっている。そっちのねーちゃんにも、俺は勝てなかった。だが、この人数から逃れられるかな?」
ガソレルの脅しに怯まず、アスラルは前に出た。シレーネが追おうとしたが、アスラルは手で制した。
アスラルが前に出て、シレーネが指揮をとる。それは、かつてよくやった戦法だ。
「リバレッカが、いつまで王でいられるかわからないぞ」
「アスラル、お前が王になるのか?」
「俺じゃない。ヴァルメス陛下を呼び戻すために、俺は死者の山に向かった。一度は失敗したが、今度はシレーネがいる。二度の失敗はない」
「女王の統治に戻れば、俺たちはこのままだ」
「リバレッカが、簡単に王権を渡すはずがない。俺の討伐命令が出ているということは、ヴァルメス陛下がお戻りになれば、戦になる。全軍を率いてくるかもな」
「大ごとじゃねぇか」
シレーネは、アスラルが大熊騎士団をできるだけ殺さないようにしているのを理解していた。
王の軍隊との戦争になったとき、必要な戦力だと考えているのだ。
「シレーネ、王国軍との戦になった場合、勝算はどのぐらいだ?」
「初戦に勝てば、全軍の半数は寝返らせることが可能でしょうね。まだ、カーネルがあちらにいるもの」
カーネルがアスラルに味方するとは限らない。そのことを、シレーネはあえて言わなかった。
「王権をかけた戦で最も戦果をあげた騎士団を、陛下が冷遇することはない」
「なるほどな。だが……一度は失敗したんだろう? 大怪我をして、身動きもとれない有様になった」
「ああ」
「なら、まずは証明してみせな。お前たちなら、死者の山に眠るバケモノを倒して、俺たちを従えることができるんだってな」
ガソレルが武器をとった。
居並ぶ大男たちが従った。
「シレーネ、指示を」
「中央突破!」
「了解」
アスラルが地面を蹴った。
雪に覆われ、足元は滑りやすい。
まるで関係ないかのように、アスラルは一動作でガソレルの懐に入り、一撃で昏倒させた。
「カムオウ!」
シレーネが呼ぶと直後に、納屋の壁を破って巨大馬が姿を見せた。
壊れた壁のむこうに、ドーレルの顔が見える。
「脱出しなさい。すぐに追いつくわ」
ドーレルが頷く。
シレーネが視線を戻すと、アスラルはすでに横たわる大男たちの山を築いていた。
※
集まっていた大熊騎士団のほぼ全員を気絶させ、アスラルは愛馬フォルテールを呼び寄せた。
黒く巨大なカムオウとは対照的に、白く小柄な馬だ。
だが、あらゆる能力において、フォルテールを上回る馬をシレーネは見たことがない。
シレーネはアスラルとともに、馬首を並べて森に入った。
「何人殺したの?」
「いや。殺してはいない。もっとも、いつまでも寝ていたら凍死するかもしれないが」
「冗談でしょう。そんなに長時間寝ているほど、強くは殴っていないんじゃない?」
「お見通しか」
「大熊騎士団が全員私たちについたとしても、大した数ではないはずよ。本当に勝てるの?」
賢い馬たちは、自分で道を選んで登っていく。
坂道を上りながら、シレーネは尋ねた。
勝てるのか聞いたのは、死者の山に眠る何かに勝てるのかではなく、女王の復活を阻止しようとしているリバレッカ率いる王国軍だ。
先程はシレーネが答えた。だが、確信をもって言ったのではない。アスラルの目算を知りたかったのだ。
「勝てるさ」
「具体的に聞いてもいい?」
「それは、シレーネが考えるんだろう」
「……全く、あなたって人は……」
「シレーネがいなくては、駄目だな」
「自分で言わないでよ」
シレーネが呆れて笑うと、前方にドーレルたちが待っているのが見えた。
「わかっているわ。カムオウ、愛しの雌馬のところに行きたいのでしょう。どうぞ」
カムオウが力強く嗎き、山道を駆け上る。
だが、上りきったのはフォルテールの方が早かった。
※
アスラルの従者コランソンは、山小屋で遭遇した賞金稼ぎのバリソンとボラグルをねじ伏せ、従えたという。
二人はそれ以来、コランソンのことを兄貴と呼んで慕っているそうだ。
賞金稼ぎとはいっても、賞金首がそう溢れているわけではなく、普段は狩人として生計を立てているらしい。
シレーネは、バリソンとボラグルに、罠を仕掛けるように指示した。
二人がコランソンと協力して、死者の山に動物用の罠を仕掛ける。
動物用の罠は、人間をたやすく捕まえる。
人間の追っ手が迫っている時に、目立ちにくい雪山で無数の罠をしかけるのは、手段としては悪辣そのものなのだ。
シレーネは、ドーレルを従え、アスラルを追うように山を登った。
背後から、時折悲鳴が聞こえた。
誰の悲鳴かはわからない。
バリソンやボラグルの悲鳴は、大熊騎士団の悲鳴と大差ないはずだからだ。
「アスラルー!」
背後から、ひときわ大きな声が聞こえた。
シレーネの前にいたアスラルが振り向く。
「アスラル、止まっては駄目よ。コランソンの苦労が無駄になるわ」
「心配ない。あれは、ガソレル・コマドーだ」
「なにがどう心配ないのか、説明してくれない?」
シレーネは頬を脹めて抗議したが、ヘルムの下で脹めた頬がわかるはずがない。
「ガソレル! 来い!」
「おう!」
大きな肉体のため馬に乗れず、急な斜面を駆け上ってきた。
「ドーレル、止めちゃ駄目」
「しかし、シレーネ様」
「わかっているでしょう。アスラルを信じなさい」
「……はい」
シレーネ自身、なにが起きているのかはわからない。
だが、大熊騎士団団長ガソレルは一心に駆け上り、アスラルに迫る。
アスラルの目の前で、片膝をついた。
それは、騎士の礼だった。
「ガソレル、騎士団の連中は?」
「アスラルの従者の活躍で、てんてこ舞いだ。追ってはこられん」
「そうか。なら、なにが起きたのか、わからないだろうな」
「ああ。この先なにが起きても、奴らは罪には問われんさ」
「わかった。ガソレル、協力してくれ。大蛇を討伐する」
「おう」
ガソレル・コマドーが立ち上がる。
アスラルは馬首を返し、さらに山頂を目指す。
駆け出したフォルテールを追いながら、シレーネは背後のドーレルに尋ねた。
「大蛇を倒す。つまり、女王を殺すということ?」
「でも、アスラル様は女王を復活させようとしているのでしょう?」
「そうよね。でも、アスラルだもの。一度負けたのが、よほど悔しいんだわ。きっと、女王のことよりも蛇にやり返したいのよ」
シレーネは言いながら、不安にかられた。
かつて、カーネルから聞いたことがある。
死者の山に、災厄の神が住む。
気に入った者に力を授けるが、たとえ災厄の神に気に入られようと、力を示さなければ、神の力は得られない。
アスラルの目的が大蛇を倒すことにすり替わったとして、その後になにが起こるのか、シレーネにもわからなかった。
シレーネは不安を拭えないまま、死者の山の頂きにたどり着いた。
アスラルとドーレル、ガソレルを伴っていた。
災厄の神が封じられたという頂きには、朽ちかけた小さな社が雪に埋もれていた。




