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17 雪の中で

 大熊騎士団の動向を探るのを諦めたわけではない。

 シレーネは、大熊騎士団の態度から、アスラルが駐屯地にいることはないと判断した。

 駐屯地を一周し、大熊騎士団が駐屯地から離れようとした場合には、罠が反応するよう仕掛けを施してきた。


 罠といっても、引っかかっても本人は気づかない類のものだ。仕掛けたシレーネだけが、誰かが駐屯地から離れたことを知ることができる。

 大熊騎士団の駐屯地から動きが出る前に、シレーネは村の中で動きがあったのを視認した。


「出てきたわ。間違いない。アスラルがいる」

「シレーネ様、どういうことです?」


 シレーネと同じ方向を見ているドーレルが、ヘルムを外して眉根を寄せた。


「あの建物、民家だと思うけど、多分村長の家だわ。あの家から、若い女が出てきた。手には籠を持っている。食料を入れるのにちょうどいいわ。村長の家から、食料を持ち出す……しかも、若い女でしょ。アスラルが潜伏しているのよ」


「……シレーネ様、俺にはその若い女というのが見えません」

「視力が悪いの?」

「部隊の中では、一番目がいいはずなんですが……それに、大部分邪推じゃないですか?」

「信じないなら、ここに残りなさい。私は行くわ」


 シレーネは、空き家に作った監視場所を飛び出した。

 カムオウは、雌馬と一緒に一階でまどろんでいた。

 外は寒いし、巨大馬であるカムオウは目立つ。


 シレーネは、眠っている馬たちを起こさず、外に出た。

 少し遅れてドーレルが続いた。

 雪はやんでいた。

 シレーネは、若い女が出てきた民家を覚えていた。


 村に人影はない。

 地面は雪が固まり、氷状になっていた。

 歩けば足が沈む。

 こんな場所を馬たちは平然と歩いていたのかと驚きながら、シレーネは滑るように移動した。


「ちょ、ちょっと……」


 背後のドーレルは、深い雪に足をとられていた。

 若い女を見失わないよう急ぐシレーネの背後から、ゆっくりとドーレルがついてくるが、気にしている余裕はなかった。

 遠くから見た、村長の家と思われる建物の前に出る。


 雪の上に、足跡が残っていた。

 雪の上を歩くための専用の靴を使用しているのだろう。足跡は大きく、浅かった。

 シレーネは、足跡の大きさと沈み方から、シレーネとあまり体格の変わらない、若い女だと確信した。

 足跡をつける。


 村からは少し離れた場所に向かっていた。

 だが、少しである。

 小さな丘を越えた先に、農業用の倉庫と思われる建物があった。

 遠くから見た背中を、肉眼ではっきりと確認した。


 遠くからは女だと思ったが、より近づくと、防寒着で着膨れしており、籠も抱えているため、はっきりとはわからなかった。

 女だと思ったのは、シレーネの勘によるところが大きかったのだろう。

 建物に入って行く。玄関にあたる入り口の前に、見張りと思われる大男が陣取っていた。

 着膨れした女は、大男とやりとりをしている。


 すでに日は傾き、景色は見えづらくなりつつあった。

 一階には明かりが灯ったが、二階は暗く沈んだままだ。

 シレーネは、アスラルがいるなら二階だと判断した。陽の光を嫌うアスラルは、明かりも最小限しか使用しない。


「あれですか?」


 背後で、ドーレルが追いついてきた。


「ええ。見張りがいるわ。ドーレル、引きつけておいて。私は裏に回る」


 裏に回らなければ、二階に登れないからだ。

 壁に張り付きさえすれば、ほとんど手がかりのない壁ですら、シレーネは登る自信があった。


「あの見張りの男、大熊騎士団でしょうか?」

「私は違うと思う。装備が違うわ。大熊騎士団は、体格に見合った巨大な武器を使うけど、そんな武器、普通は持っていないもの。あそこにいる大きな男が持っているのは普通の武器だし、ただの動物の革しか着ていない。戦いは避けていいわ。少し、時間を稼いで」


 シレーネの目的はアスラルだけである。そのアスラルが、すぐ近くにいる。その思いが、シレーネの指示を杜撰にしていた。

 ドーレルは頷いて、雪の中を歩き出す。

 見張りと思われる大男がドーレルに気づいた時、シレーネは闇に紛れて動き出した。


 ※


 入り口がある位置からのダミ声を聴きながら、シレーネは納屋の壁にたどり着いた。

 誰かが雪かきをしたのだろう。

 納屋の隣に、納屋の二階の屋根と同程度の高さに、積み上げられた雪山が出来ていた。

 シレーネは、二階の窓を見上げた。


 すでに周囲は暗く、納屋だというのに木戸から明かりが漏れている。

 ただ、二階の一室だけが真っ暗に沈んでいる。

 シレーネは空に視線を転じた。

 大気は透き通り、幾万の星が瞬いている。

 星の灯りがあれば、ヘルム越しであっても、見ることはできる。


 暗い部屋なのは、アスラルがいるという期待を駆り立てた。

 シレーネは、納屋の壁を探り、手がかりを探した。

 見つからない。

 凹凸の少ない、平坦で垂直の壁だ。

 シレーネは、指先に力を入れた。


 木の壁に、鋼鉄で覆われたシレーネの指先が食い込んだ。

 この納屋の壁が板一枚であれば、中にいる人間に知られるだろう。

 仕方ない。シレーネは腹を決め、両手で壁に穴を開けながらよじ登った。

 木の壁に、シレーネの指が穿った穴ができる。

 その穴が、点々と登っているのを、見た者がいるかもしれない。


 シレーネは指の強さと腕の力だけで、壁をよじ登った。

 壁を上り、二階にいたる。

 真っ暗な木戸の窓にたどり着く。

 窓は板で塞がれている。

 シレーネは、壁の一部を指で破壊しながら、片手で塞がれた板をむしった。

 隙間を開ける。


 暗い。普通なら、何も見えないはずだ。

 それほど暗い。

 だが、シレーネの感覚はとぎすまされ、星明りで闇を見透かすことができた。

 シレーネは見た。


 納屋の中に、藁が積み上げられていた。

 積み上がった藁の上に、白いシーツが被せられ、沈み込むように、赤い髪が見えた。

 シレーネは、確信した。


「アスラル」


 口にしていた。

 両手を、口に当てた。

 口にしてはいけないような気がした。

 言葉にすれば、その姿が消えてしまうのではないかと心配したかのようだった。


 シレーネは自分の口を両手で覆い、支えを失ったシレーネの体は、積み上げられた雪の塔の上に落ち、深く、沈み込んだ。

 シレーネは、雪の中に閉じ込められた。

 シレーネが沈み込んだ雪を掻き分けて脱出するのに、実に1時間を要した。


「シレーネ様、何を遊んでいるんです? この納屋に、アスラルがいるかもしれないのに」


 雪の中から這い出したシレーネに、ドーレルが手を伸ばした。

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