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16 アスラルの影

 血まみれになり膝をつく大熊騎士団団長ガソレル・コマドーに、シレーネは剣を突きつけていた。


「これ以上やれば死ぬわよ」

「お前のような華奢な女に破れたとすれば同じことだ。俺の部下たちに舐められれば、もうまとめることはできん。どの道、俺は殺されるだろう。この場で殺せ」


 もはや、ガソレルは腕もあげられないほど衰弱している。疲れているだけではない。血を流しすぎ、動けなくなっている。

 殺すことはできた。だが、ガソレルを殺して、アスラルが助かるとは思えなかった。

 シレーネは、ガソレルにつきつけていた剣を掲げた。


「私は、シレーネ・フォン・アルテーゼ、バラの騎士団青の部隊の一員よ。私に勝てる者がいるなら、かかって来なさい! まとめて相手をしてあげるわ」


 避けていた集団戦を、自分から持ち掛けた。声をあげ、はやし立てていた男達を睨みつける。

 二人を取り囲んでいる大男たちが、武器を手に取った。ガソレルが立ち上がる。


「何を言っている。いくらお前でも、大熊騎士団を見くびるな。お前に死なれると、アスラルを怒らせることになる」

「アスラルはどこなの?」

「知らん」

「嘘ね」


 横合いから、ひとりの男が金棒で殴りつけてきた。シレーネはその金棒を足で受け止め、ガソレルの体を利用してその男を殴り倒した。

 着地した場所に、別の男が斧を振り下ろす。

 シレーネは体を捻って避けるのと同時に拳で衝き上げた。

 乱戦になる。シレーネは、大男たちの背後に浮かび上がる影を見た。


「遅いわよ、カムオウ」


 シレーネの苛立った声に、巨大馬カムオウがいななく。


「アスラルに殺されたくなければ、早く私が生きていることを伝えるのね。私がアスラルに、大熊騎士団に殺されそうになったと訴える前にね」


 大熊騎士団の面々は文句を言いたそうな顔をしたが、シレーネは聞かなかった。

 大男たちを踏みつけ、シレーネのもとに突進したカムオウの手綱を取り、シレーネは飛び上がった。

 鞍にまたがり、その場を脱した。


「これで、あいつらを見張っていれば、アスラルのところに行くはず……だといいのだけどね」


 シレーネは、カムオウの首を撫でながら呟いた。


 ※


 名馬が駆け続けられるほど広い街ではない。シレーネは街の端まで来ると、建物がある裏手に馬首を向けようとした。

 だが、珍しくカムオウがシレーネの誘導を拒否した。


「どうしたの?」


 シレーネが尋ねるが、さすがに馬の言葉はわからない。

 カムオウは、巨大な体で商店と思われる建物の脇の、狭い路地に入った。

 シレーネが戸惑っていると、路地を抜け、ひらけた場所に出た。


 見知った多くの背中があった。

 いや、知っているのではない。似た光景を経験したばかりだ。


「カムオウ……あなた、私を助けるんじゃなくて、手を貸させるために呼んだわね」


 シレーネがカムオウの腹を蹴ると、カムオウが猛々しくいなないた。

 目の前にいたのは、大熊騎士団と思われる男たちで、その中央には、ドーレル・フラムが馬に乗って、徒歩の大男と剣を交えていた。


 取り囲む男たちは、囃し立て、楽しんでいる。

 カムオウは雄だ。ドーレルの愛馬は、雌だと聞いていた。

 シレーネは、カムオウに協力するしかなかった。

 何しろ、命じる前に突進していたのだ。


「ドーレル! 何をしているの!」

「シレーネ様、絡まれました」

「でしょうね」


 カムオウが後ろ足で立ち上がる。ただでさえ巨大な馬である。大熊騎士団の者たちは、慌てて逃げ出した。


「行きなさい! 早く!」

「はい」


 ドーレルの掛け声に、雌馬が駆け出した。カムオウが反転し、ドーレルを乗せた雌馬を追う。

 背後から大熊騎士団の怒声が聞こえてきたが、シレーネもカムオウも、止まるつもりはなかった。


 ※


 姿を隠すために建物の中に入れば、どの建物でも、すぐに大熊騎士団に出くわした。

 シレーネは戦えば負けない自信があり、それは確かだったが、目的は大熊騎士団ではない。


 団長を負かし、団員たちに怪我をさせ、賭け事をふいにさせたためか、大熊騎士団の怒りを買ったのは間違いなかった。

 シレーネとドーレルは、雪が降り積もった山の中に隠れた。


「……参ったわね。今日は、宿でゆっくりできると思っていたのに」

「すいません」


 シレーネは、大熊騎士団の駐屯地とされる集落を見下ろして嘆息した。

 隣でドーレルがうなだれる。聞けば、ドーレルは大熊騎士団に小男とからかわれ、喧嘩を買ったのだという。


「自重して欲しかったけど、あなたのせいだけではないわ。私も怒らせただろうし……あんなカムオウは初めて見たわね」


 シレーネの背後で、巨大馬カムオウが、ドーレルの愛馬に体を擦り付けていた。

 ドーレルの馬も、騎士が使用する軍馬である。小柄ではなく、カムオウとお似合いだと言えたが、やや迷惑そうだった。


「シレーネ様……連中が話していたんですが、あの集落とは別に、近くに村があるそうです。捨てられた者たちの村と呼ばれているそうですが……大熊騎士団の連中は、その村から食べ物や召使いを出させているそうです」


「知らないわね。ドーレルが噂ぐらいしか知らないのなら、アスラルは知っていると思う?」

「本当にあるのなら、知っているはずです。アスラル様は、フォルテールを手に入れてからは、自分で率先して斥候もやっていましたから」


「ああ……話題の千里の名馬ね。じっとしていられなかったのかしら。あなたたち、指揮官になにをさせているのよ」

「仕方ないんですよ」

「まあ、アスラルを止めることは難しいでしょうね。大熊騎士団が通える場所なら、それほど遠くではないはずね。あいつら、歩くことしかできないから。方向はわかる?」


 アスラルが知っている可能性があるなら、立ち寄るべきだ。シレーネは即決し、ドーレルに尋ねた。


「連中が村の話をするとき、指差していた方向が一致します。おそらく……向こうです」


 ドーレルが一方向を指した。


「了解。山沿いね。行ってみましょう。何も見つからなくても、いつもの野宿と一緒だものね」

「はい」

「カムオウ、主人が我慢しているのよ。性欲を抑えなさい」


 主人の理不尽な命令に、雌馬を押さえつけようとしていたカムオウは、不満げにいなないた。


 ※


 大熊騎士団の駐屯地から離れた場所に、その村はひっそりと身を寄せ会うように存在した。

 村があると知って探すのでなければ、気がつかないかもしれない。

 死者の山を目指す経路とは、かなり離れている。


 雪に埋もれるように、いくつかの民家が見える。

 仮にシレーネがアスラルを探しているのでなければ、立ち寄らなかっただろう。

 見たところ宿も商店もなく、全て自給自足か、ないものは我慢する生活をしている人々の村なのだろう。


 シレーネとドーレルは、まだ新しい雪を踏み分けて馬を進めた。

 どの建物も、そう変わらない。


「シレーネ様、どこかに訪ねてみますか?」


 ドーレルの問いかけに、しばらくシレーネは考えた。

 考え、首を振った。


「どこか一つを訪れれば、私たちのことが村中に知られるかもしれない。田舎の村というのは閉鎖的で、情報が早いわ。カムオウ、その子と一緒に、しばらく遊んでいて。私とドーレルは、あの空き家で様子を見るわ」


 シレーネは、村のはずれにある民家を指差した。


「あの家は空き家なんですか?」

「あの家だけ、屋根の雪下ろしをしていないわ。潰れても構わないのでしょう。住んでいたとしても少人数ね。少人数なら、逃さず制圧できるわ」

「わかりました」


 シレーネはドーレルとともに空き家と見込んだ家に近く。

 その建物がまさに空き家だったことは、すぐにわかった。


 シレーネは村全体を見回せる場所を探し、ドーレルには隙間風を塞ぐよう命じた。

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