15 北限の宿屋で
ひときわ大きな体をした男を見て、シレーネは巨大な体をした魔物として知られるトロールを思い出した。
「どうして、アスラルの名を出してはいけないの? 大熊騎士団は、アスラルと一緒に活躍したはずじゃない。ここは大熊騎士団の駐屯地かと思ったのだけど……ひょっとして、あなたたちはただの山賊だったのかしら?」
「お前、あいつとどういう関係だ?」
「妻よ」
「あいつ、結婚していたのか?」
「未来のね」
「賞金稼ぎじゃないんだな?」
「そう見える?」
「ああ」
シレーネとしては心外だったが、全身を総板張の鎧で包み、ほとんど人が来ない山奥の集落で賞金首の名を出せば、賞金稼ぎだと思われても仕方のないことだ。
「私を賞金稼ぎだと思ったってことは、アスラルが賞金首だって知っているのね?」
「ああ。何日か前、手配書が届けられた。その時にはもう、あいつは旅立った後だった。あいつには世話になった。戦いたくはない。だが、いると知って見逃せば、俺たちが罪に問われる」
「だから、『名を出すな』なのね。あなたたちは、世話なった恩人が国に追われれば、昔の恩を忘れて、国に従うの? 随分、恩知らずね」
「お頭、こんな女に言わせとくことはねぇ。やっちまおうぜ」
お頭と呼ばれた男には敵わないが、いずれも身の丈は2メートルを超え、体重は150キロ以上あろうかという男たちがいきり立った。
「お頭と呼ぶなと言っただろうが。団長と呼べ!」
「すんません」
大男たちが頭をさげる。荒くれ者たちを従えているのは、団長と名乗る男のようだ。
「フォレスト王国は、大熊騎士団を恐れて、こんな場所に駐屯させているらしいじゃない。アスラルは、あなたたちの活躍の場を与えてくれたのでしょう? 国に忠義を尽くしても、報われないわよ」
「だが……裏切れば軍が来る。俺たちはそれを知っている」
「いずれ、軍は来るでしょう。アスラルが目的を果たせば、必ず軍が動くわ」
それは、カーネルから聞いたことだ。アスラルがヴァルメスに呼ばれ、ヴァルメスが復活したのなら、リバレッカが軍を起こすだろう。
「あれとは戦えん」
団長の言う『あれ』がアスラルのことだと、シレーネは確信していた。
「共に戦えばいいじゃない。アスラルが軍を率いれば無敵よ。知っているでしょう?」
「王に逆らって、その後はどうするんだ?」
「新しい王をいただけばいい」
団長と名乗る男の視線がさまよった。迷っているのがわかる。
考えてもいなかったのだろう。
シレーネは、アスラルと敵対して王国につくより、アスラルとともに戦う方が、どれほどまともな選択なのかわからないと感じていた。
目の前の大男が、同じ結論に到達するとは限らない。
「……駄目だ。いくらあいつでも、そんなことは出来るはずがない」
「ならばここで殺すわ」
シレーネが剣を抜き、団長に向けた。
「おもしれぇ!」
雄叫びをあげたのは、団長の隣にいた大男だ。
叫んだ途端、団長に殴り飛ばされた。
「お前じゃねぇ! 引っ込んでろ!」
「へぇ」
鼻血を出しながら、男が床に座り直した。
「いいだろう。あいつの嫁だと言ったな。あいつと同じ青の部隊の……シンデレというのはあんたか?」
「シレーネよ」
「ああ。そう言った。あいつの嫁ですら俺より強いってんなら、考えちゃる。俺たちは、もともと国に恩はねぇ。だが……俺たちを殺しに軍がくるってのが、本当かどうかわからねえと同意はできねぇ。それまでは、あいつがいたら殺して国王に引き渡す」
「殺せたらね」
「宿を壊すと、直さなくちゃならねえ。表に出ろ」
「了解。望むところよ」
団長が宿の外を指差した。
シレーネは、すでにアスラルが出立しているという情報に肩を落としたが、久しぶりのまともな実戦に妙な高揚感を覚えていた。
※
先に外に出たシレーネは、宿屋の前で馬番をしていたはずのドーレルがいなくなっているのに気づいた。
カムオウが盗まれたのでないかと心配するが、ドーレルのことは気にかけなかった。
ドーレルは騎士なのだ。しかも、勇猛で知られる猛虎騎士団の一人である。
仮に死んだとしても、シレーネの心は痛まない。
外に出たシレーネに続き、出てきた男の体躯は、屋外ではより大きく感じられた。
宿屋から出てきたのは一人ではない。次々と出てきて、シレーネと大熊騎士団の団長を取り囲む。
宿から出てきただけではない。
周囲にある他の建物からも、同様の体躯の男たちが出てきた。
「あんたたち、大熊騎士団でしょう?」
「ああ。さっきから、そう言っている」
「女一人に、大男が雪崩を打ってかかってくるの? 恥を知ったら?」
「勘違いするな。お前さんの相手はわしだけだ。こいつらは見物だよ。こんなところだ。娯楽といえば、殺し合いを肴に賭博をするぐらいだ。わしが殺されたところで、こいつらはわしの仇などとらん。安心しろ」
シレーネは取り囲む男たちを見回した。楽しそうに談笑している。
金のやりとりをしている者たちもいる。
手を出すつもりはないのだろう。
「了解」
シレーネは剣を抜いた。カムオウがいない。騎士としての戦いかたはできない。
体格が違いすぎる。
だが、負けるつもりはなかった。
「シレーネ・フォン・アルテーゼ」
「名乗りか……いいだろう。大熊騎士団団長、ガソレル・コマドー」
「行くわよ」
「おう」
シレーネが地面を蹴った。
三年に及ぶ令嬢としての生活と監禁されていた日々のおかげで、体力は落ちていた。
旅の疲労もある。
全盛期の半分も力が出ない。
それを自覚しても、シレーネは負けるとは思わなかった。
距離を詰め、剣を振るう。
ガソレルは武器を持たず、拳を叩きつけた。
シレーネは、ガソレルの腕を切りとばすのを避けた。
アスラルの盟友だという遠慮はあった。
剣でガソレルの拳を逸らし、自分の細い体を大きな体躯の懐に潜り込ませた。
肘と肩を、ガソレルの腹部にねじ込み、衝き上げた。
ガソレルの手が迫った。
シレーネはさらに体を縮め、足をとった。
自分の全体重をかけても、ガソレルの体は動かない。
だが、腰の短剣を足の甲に突き刺せば話は別だ。
大声をあげて、ガソレルがひっくり返る。
シレーネが離れた。
「この女! もう構わねぇ! わしの武器をもってこい!」
「『全員でかかれって』言わなかったことは誉めてあげるわ。そこまでは堕ちていないってことね」
ガソレルの足を抑える手が血で濡れる。
シレーネが剣を構えると、巨大な斧が大熊騎士団の団長に渡された。
「わしを甘く見るな! ここからが本番だ!」
「そう願いたいわね」
足の怪我などなかったように、ガソレルが踏み出した。
シレーネが再び距離を詰める。
剣と斧が交差することなく、ガソレルの体が回転して地面に落ちた。
「まだやる?」
地面に這いつくばった髭面に、シレーネが剣を突きつける。
「当たり前だ!」
ガソレルは叫ぶと、再び斧を構えた。
「これは、時間がかかりそうだわ」
ガソレルを屈服させるのがシレーネの狙いだ。どうやら簡単には行かなそうだと、シレーネは三度剣を構えた。




