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14 伯爵令嬢、北へ

 ドーレルを従えた翌日、シレーネは全身を包む布から甲冑に着替えた。

 馬車に積んでいた荷物は、シレーネの甲冑と着替えが大部分を占めていた。

 本人が甲冑を身につけ、上から防寒着を身につけると、荷物はカムオウの鞍に括りつけられる程度に収まった。


 結局、乗合馬車は一月に一本程度しかこないことがわかり、ミモレは牛を購入して馬車を牽かせて王都に戻ることになった。

 シレーネは巨大馬カムオウにまたがり、ドーレルを従者として山を登った。


「途中の村までは行ったのでしょう?」

「はい。ご案内できます」


 ドーレルも騎士であり、馬を使用している。

 ドーレルの馬も駿馬ではあるが、アスラルのフォルテールやシレーネのカムオウのような特別な馬ではない。


 それでも、主人の期待に応えようとするかのように、カムオウに負けじと懸命に雪山をついて来た。

シレーネは速度を落とすことなく進み、小さな村を見つけていた。


「本当に宿と数件の家しかないわね」

「はい。さらに北に死者の山がなければ、廃棄されているはずだとアスラル様が言っていました」

「そう」


 シレーネは山間の山村で一泊した。

 驚いたのは、その村でもすでにアスラルの手配書が貼られていたことだ。

 シレーネが宿に貼られていた手配書を剥がすと、賞金稼ぎかと声をかけられた。

 答えずに部屋に入り、シレーネはさらに北に向かった。


「あの山の向こうなの?」

「はい。ここで俺は戻りました」

「ここから先の案内はできないということね」


 シレーネは、村で用意させた馬用の防寒具をつけたカムオウの背中を叩いた。

 カムオウは力強く嗎いた。まるで、任せておけと言っているかのようだった。

 実際に登ると、想定よりも険しい山だった。


 長い時間をかけて山を越え、下る。

 山は一つではなかった。

 すでに数ヶ月を旅しているような感覚になったが、実際には数十日だったはずだ。


 途中で食料がなくなり、鹿や兎を狩った。

 薪を集めるのにも時間がかかった。

 ドーレルがアスラルの従者時代に野営に長けていなければ、シレーネ一人では凍死か餓死をしていたのではないかと感じていた。


「アスラル様であれば、熊を仕留め、大木で薪を作るのですが、とても俺はそこまではできません」

「できるのはアスラルだけでしょうね」


 即席でつくったカマクラの中で、シレーネはウサギの丸焼きを食べた。

 シレーネにはできなかったが、アスラルは遠征が多い。野営にも慣れているのだという。

 シレーネは、アスラルのことは全て知っているつもりでいたが、ドーレルから聞かされたアスラルの逸話は、知らないことばかりだった。


 いくつ目かの下山の最中、シレーネは眼下に集落を見つけた。

 あまり大きくはない。

 だが、これまで見てきた山間の集落と比較すれば、かなり建物の数が多い。


「ドーレル、あれは?」

「わかりません。ですが……アスラル様から聞いた、大熊騎士団の駐屯地かもしれません」

「駐屯地であれば、これまでの村より人がいるでしょうね。ドーレル、飛ばすわよ」


 シレーネが言うと、指示が出る前から承知していたのか、カムオウは雪道を駆け出した。


 ※


 これまで通ってきた山中の村は、宿屋とそれを支える数件の民家があるだけだったが、この集落は村として機能しているのだと理解できた。

 宿屋が最も大きな建物ではあったが、いくつかの商店と食堂、酒場があった。

 それ以外の民家も並び、人々が生活しているのだと実感できる。


 シレーネとドーレルは、集落に入ってまず宿屋に向かった。

 山越えをする者は、途中の集落にはほぼ立ち寄る。これまでも、アスラルの足取りは宿に入るたびに確認できた。

 問題は、先に進むほど、アスラルの出立日から日数が開いていることだった。

 アスラルは、それほどの早さで北に向かっているのだ。


「この集落より、もっと北にも集落があるの?」


 シレーネは、集落に入ると同時にドーレルに尋ねた。

 ドーレルはたくましい青年だが、カムオウが巨大なために見下ろす形になる。

 戦えばシレーネが圧倒するが、アスラルに長年使えたドーレルの知識と経験は軽視できないものだと、シレーネも認めていた。


「ここが大熊騎士団の駐屯地であれば、これより北には人間は住んでいません」

「つまり、あれが死者の山ということね」


 シレーネは、集落の北にそびえる険しい山を見上げた。

 ドーレルの推測に逆らってシレーネが断言したのは、向かっている宿屋の扉から、大柄な男が数名出てきたからだ。

 ただの大男ではない。カムオウにまたがったシレーネより頭の位置が高い。


 身長だけでなく肩幅も広く、胸板は厚い。

 獣の革を鎧がわりに身につけ、角の出たカブトを頭に乗せている。

 同じような姿の男が3人もいれば、たいていの人間はすくみあがる。


「そのようですね」

「まるで山賊ね。あんなのが本当に、王国所属の騎士団なの?」

「山賊の方がましです。連中を恐れて、この辺りの山には山賊もいません。ただの旅人なんて来ませんし、大熊騎士団の荷物を襲ったなんてことになれば、あんなのが大量に報復にきます」


「アスラルは、あいつらを従えたのよね」

「はい」

「私の婚約者って、本当に素敵だわね」


 アスラルのことを知る度に、自分がいかに狭い範囲でしか世界を見ていなかったかに気づく。

 シレーネは、集落で唯一の宿にカムオウを向けた。


 ※


 宿屋の前にカムオウを繋ぎ、シレーネは一人で宿屋に入った。

 治安のいい集落とは限らない。

 その治安を守っているのが、山賊も裸足で逃げるという大男たちなのだ。

 ドーレルを馬番として外に残してきた。


 シレーネは、防寒対策を兼ねて、全身を覆う金属鎧を身につけている。

 当然、伯爵令嬢として特注したものだ。その上に防寒着を着ているので、シレーネ本来の細い体の線は出ていないはずだ。

 それでも、宿に入るなり数人の男が口笛を吹いた。


 宿の入り口は、食堂も兼ねていることが多い。

 同様の作りなのだろう。大男たちが数名、酒を飲んでいた。

 現在は昼間だが、寒い地方では体を温めるために飲酒することが多い。


 ただし、騎士団の者が昼間から飲んでいることに、シレーネは嫌悪を覚えた。

 宿の受付と思われるカウンターに真っ直ぐに進む。

 受付にいたのが普通サイズの人間だったことに、シレーネはやや安堵した。


「一晩泊まれるかしら? ふた部屋あると有難いわ」

「おい、ねーちゃん、俺の部屋に来いよ。ただで泊めてやるぜ」


 シレーネが声を出した途端、がらがらとした声がかかった。

 声を出した男を相手にせず、受付にいた禿頭の男の返事を待った。


「ああ。部屋はあるが……大丈夫かい?」


 男の視線がシレーネの背後に向かっていた。シレーネは、振り向かずとも足音で理解していた。


「ええ。それと、アスラルを知っている?」

「おい、ねーちゃん、俺がせっかく……」


 シレーネが避けようとした。背後から、巨大な手がのせられようとしていたからだ。

 だが、シレーネが動く必要はなかった。

 払い除けた者がいた。


「その名を出すな」


 シレーネが振り向くと、大男たちの中でもひときわ巨大な体躯の男が、手下と思われる男たちを制していた。

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