13 騎士ドーレル
猛虎騎士団のドーレル・フラムは、すでに2階に部屋をとっており、シレーネは騎士ドーレル・フラムの部屋に自分の荷物を運び入れた。
宿ごと借りきると宣言したためにどこの部屋を使ってもいいはずだが、シレーネにとって、騎士ドーレルは重要な人物だった。
かつて、シレーネはアスラルに勧めたことがある。
アスラルが別の女に誘われるのは許せない。相手が奴隷でも侍女でも許せない。
だが、男なら気にならない。どうしても性欲のはけ口が欲しくなったときに備えて、かつてアスラルの従者だった騎士を側に置くことを勧めたのだ。
その騎士は、平民の生まれだが、功績によって騎士に叙せられた。
猛虎騎士団に配属され、名をドーレル・フラムといった。
ドーレルの部屋に入り、シレーネは身体中に巻きつけていた布を解いた。
顔も晒し、焼け焦げた左頬に銀色の仮面をつけた。
その間、ドーレル・フラムは自分の部屋のはずなのだが、隅で小さくなっていた。
まるで部屋の主人のように、シレーネは貴族令嬢としては簡素な服に着替え、椅子に腰掛けて、床に座っているドーレルと向き直った。
「騎士団としての行動ではないわね?」
シレーネは、念を押すように尋ねた。
「はい。アスラルの友として……クローゼル公爵領から同行していました」
「くっ、羨ましい。いえ、なんでもないわ」
爪を噛みながら、シレーネは首を振る。
「お、俺は幼馴染でしたから……」
「知っているわ。で、その幼馴染でクローゼル公爵家に頭の上がらない猛虎騎士団のドーレル・フラムが、アスラルがいないこんな場所で、何をしていたの?」
「アスラルから、騎士団に戻るように言われました。俺が騎士として出世するのが、アスラルの望みだからと言われ……」
「別れた場所はどこ?」
「北の村です」
「ここより北に村があるの? ここは、最果ての宿場町だと聞いていたのに」
「ええ。街道が通じている宿場町としては、この街が最北でしょう。ですが、より北の山地に、雪に埋もれるように集落があります。集落には必ず宿があります。宿を維持するための集落だと、アスラルは言っていました」
「さすが、アスラルは地方の任務が多かったから、詳しいわね」
アスラルに地方ばかり行かせていたのは、カーネルの企みである。
今となっては、女王ヴァルメスは青の部隊結成当時から、アスラルに目をつけていたのだとわかる。
「アスラル様に、追っ手がかかりました。暗殺部隊、黒猫騎士団の刺客に襲われたと言っていました。正式に指名手配されるのも時間も問題だから、一緒に行動していると、俺の出世が難しくなると。だから、俺は……騎士団に戻れと……」
「『黒猫騎士団』ですって? カーネルの手駒だったはず。いえ、カーネル個人の組織じゃないわ。リバレッカの指図でしょうね。でも、公爵家嫡男のアスラルが指名手配されるなんて、本気で信じたの?」
シレーネが尋ね、ドーレルが口を開きかけた時、扉が叩かれた。
ドーレルの部屋であり、シレーネは動かなかった。代わりに、ドーネルに対して顎をしゃくった。
「誰だ?」
尋ねながら、ドーレルは扉を開けた。
小さな影が立っていた。
「お嬢様……男の部屋にいらっしゃるのですか?」
「動揺するところはそこなの? 何もないわ。見てわかるでしょうに」
シレーネは、ただ一人椅子に腰掛けて足を組んだまま、両手を広げた。
戸口にいたミモレが部屋に入り、筒状に丸めた紙をシレーネに差し出した。
「領収書?」
「いえ。お嬢様ご自身でご確認ください。私がこの旅籠を貸し切りにする手続きをしている間に、配達の馬車が来て、置いていきました」
「私の死亡記事でも出ていたの?」
言いながら、シレーネは丸められた紙を広げる。
広げた紙に描かれていたのは、鎧姿だった。
「似ていないわ。アスラルは、こんなに足が短くない。ファルテールはもっとたてがみが長いわ」
「お嬢様」
「わかっているわ。思いの他、早かったわね」
「何が書かれているんですか?」
身を乗り出したドーレルに、シレーネは丸まった紙を投げた。
「予想されていたことよ。アスラルが指名手配され、懸賞金がかかったわ。まさか、本当にやるとは思わなかったけどね。生死を問わず。一級の犯罪者扱いね」
紙を広げたドーレルは、息を呑んで凝視した。
「まさか、アスラル様が本当に……」
ドーレルの手が震えていた。シレーネはミモレに椅子を勧め、アスラルの幼馴染でもある騎士に尋ねた。
「個人でアスラルに勝てる者はいないわ。居場所がはっきりすれば、討伐隊が編成されるでしょうね。勇猛で知られる猛虎騎士団にお役目が回ってくるかもしないわ。どうするの? 騎士として名声を上げたいのなら……かつての主君に剣を向けることになるわね」
ドーレルは紙を置き、床に倒しておいた剣を取った。
「お嬢様、この男……」
「ええ。私が生きていることを知られるのは、まだ得策ではないわね。それを理解したのかしら」
シレーネは、ドーレルが向かってくることを想定してミモレに言った。
だが、シレーネ本人は動かない。丸腰であろうとも、ドーレルに負けることはないと判断していた。
剣を抜いたドーレルは、伏せておいた盾をとった。
盾に施された猛虎騎士団の紋章を、剣で削り取る。
「騎士になったのは、アスラル様がそう望んだからです。騎士団に戻り、出世を目指すのも、アスラル様の指示です。アスラル様に剣を向けることはできない。フォレスト王国がアスラル様の敵となるなら、俺の敵も王国だ」
「密偵として、猛虎騎士団に潜り込むという味方のしかたもあるでしょうけど」
「猛虎騎士団にいる間に、アスラル様が死んでは意味がありません」
「アスラルが死ぬ? そんなことが起こるはずがないでしょう」
「アスラル様は、最近従者になったコランソンだけを連れて大熊騎士団の本拠地に向かいました。その先には、死者の山があります。アスラル様は、死者の山を目指すつもりだと思います。俺にははっきり言いませんでしたが……俺に目的を言わない時は、俺が同行すると俺が死ぬ可能性が高い場合です。完全武装の騎士が死ぬということは……アスラル様も死ぬかもしれないということです」
シレーネは、視線を北に向けていた。
「カーネルがヴァルメスを解放した時は、騎士団を率いていたと聞いているわ。たった一人では……アスラルといえども、死ぬかもしれない。ヴァルメスは、アスラルを手に入れるために殺すかもしれない……災厄の神だもの。何を考えているか、わかりはしない」
「俺も北に行きます」
「わかったわ」
シレーネは立ち上がった。
「お嬢様、どちらに行かれるのです?」
「ミモレ、この宿を借り切ったのでしょう。なら、一番いい部屋を案内して。この部屋は、ドーレルの部屋だもの。私が泊まるわけにはいかないわ。ミモレ、明日、乗合馬車で王都に戻って。私には、新しく従者ができたわ」
「このような男と二人きりで? シレーネ様は、伯爵令嬢なのですよ」
「心配はいらないわ。アスラル以外の男に、指一本触れさせるものですか。わかっているわよね?」
シレーネが視線を向けると、ドーレル深く首を垂れた。




