書かれていない
手記は、バルトロメウスの真実が書かれていた。
予言、創造主から魔法を製造する着想、世界樹にヒルを噛ませる設計、寿命、魂を鎖でつなぐ可能性。
最後のページで指が止まる。
『親愛なるアダムスへ。僕の命はもうすぐ尽きる』
見たことのない、弱々しいバルトロメウスの文字。
『最後は「はじまりの地」で過ごすことにしたよ』
日付は、工房を去ってから、たった三ヶ月後だった。
アダムスは手記を閉じた。
三千年、腐るほど時間があった。
会って、首を絞めて、嘘を認めさせ、それから――。
そんな「もしも」が、三ヶ月という数字に溶けて消えた。
「……たった三ヶ月か。お前らしいな、バルトロメウス」
アダムスは立ち上がり、静かに操舵輪へ手をかけた。
悲しみではない。それは、三千年かけて煮詰まった「事実の確認」だ。
「答え合わせだ」
だが、契約がそれを阻む。
「空飛ぶワンルーム」は、王都の住所に永久固定。
二度と動かすことはできない。
アダムスは操舵輪を全力で回した。
新世界の最大出力。
凄まじい轟音と共に、王都全土が悲鳴を上げた。
正門へと続く大街道を、巨大な亀裂が容赦なく走り抜ける。
数百年の歴史を刻み、数多の旅人を迎え入れてきた強固な石畳は、抗う術もなく跳ね上がり、砕け、奈落へと零れ落ちていった。
昨日までの平穏も、隣街へと続く親しんだ景色も。
王都と世界を繋いでいた「動脈」は、いま、圧倒的な暴力で引き千切られた。
――この日、王都は大地と決別した
「はじまりの地に、行く」
アダムスは目的地に設定すると、手記に戻る。
ゴーレムも近寄ると、興味深くアダムスに加わる。
『対アダムス用決戦ゴーレム』
魂がある物は圧縮できない弱点を突いた、魂を持つ全長二十メートルの設計図。
だが、当時は魂が宿らなかった。
バルトロメウスが残した作品の中で、アダムスが最も気に入った傑作。
三千年の時を超え、目の前で首を傾げている。
当初の決戦兵器としての役目が訪れることは、ついに無かった。
だが、その瞳には確かに、かつて宿らなかった「光」が灯っている。
部屋を叩く音はついに、手ではなく、攻撃魔法になっていた。
モニターの電源を付けると、そこには小競り合いが映し出された。
『……お、王国軍だ。今すぐ、その、立ち退きを、……要求する』
冒険者の男は無視すると、砕かれた鎖を捧げた。
そして、鉄の箱にレバーを捻る。
――ガタンッ
男は吐き出された黒いカプセルを震える手で掴む。
信者たちも王国軍も、全員が息を呑む。
そして、開くと、中には「ダンジョンの苗」が入っていた。
信者たちの歓声に包まれながら、男は素手で土を掘り始めた。
そこは黄金の稲穂に囲まれた小さな湖畔。
いつしか、支配の鎖を断ち切った者たちは、鎖を捧げ、レバーを捻り始めた。
アダムスが部屋を掃除したときに出るゴミ(奇跡)を拾った者は信者となり、ワンルームの周辺に世界の欠片を植えた。
やがて信者たちが集落を築き、仕事を捨てて自給自足を始めると、そこは王国の新たな中心部となりつつあった。
ついに、近衛騎士団に護衛され、カサンドラが現れた。
「……アダムス様、ワンルームを『住所に固定』し、二度と動かさない、そういう契約ですが」
『問題ない、契約通りだ。住所に居る。住所を動かすなとは、書かれていない』
その声を聞くと、信者たちが沸き上がる。
炊き出しを行うザックが、疲弊した表情を隠せないカサンドラを笑い飛ばした。
それを止めるベルカは、申し訳なさそうな表情をしていた。
「周りを見ろ! 我々は雲より上に居るじゃないか!」
近衛騎士団の一人が詰め寄ると、信者たちが一気に殺気立つ。
彼らはただの市民ではない、元冒険者たち、果ては英雄まで居る。
「……おい、お前、食い物か?」
第三王弟キリアン。
狂戦士が、ガラガラと戦斧を引き摺りながら前に出る。
「……っ!」
騎士が振り返ると、騎士団全員が驚愕の表情をしていた。
その視線の先。
「……おい、あの御方の御前だ」
第四王弟ヴァルター。
重装騎士がバルトロメウスの聖剣を突き立てていた。
騎士は震えあがる。
「貴公、誰の差配でここに居る? 分不相応な場所へ踏み込んだな。……下がれ。命を無駄にするな」
第二王弟アリストン。
上空の竜騎士たちが咆哮する。
正面には狂人、振り返ると狂人。
部屋の中には狂人、そして王国軍も狂人。
ついに、その場に泣き崩れるしかなかった。
「……狂ってる。この街は、もう……」
崩れ落ちた騎士の目の前で、信者たちが笑いながら石畳を耕している。
静かに近付く、小さな影。
ゴーレムは新品同様の「クワ」をガランと騎士の眼前に置いた。
「あ……あ、あぁ……」
騎士がクワを手にした瞬間、小さな金属音と共に、鎖が千切れた。
絶望するカサンドラ。
目的地は「はじまりの地」。
王国はゆっくりと進んでゆく。




