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旬の味に添えて、破壊

「世界の中心を奪う」


その究極のレプリカを完成させるには、欠けてはならない「核」がある。

母なる大地の、そのまた深淵。


狙いを定めたのは、創世以来、誰の目にも触れたことのない「最下層の土」。


たとえ世界を歪め、重力を逆さまにしてでも。


それをこの手に掴み取る。


男はワンルームの底部に、伝説の巨像――『静止の守護者』を溶接していた。


最初の迷宮。

その最奥で、立ち上がることすら許されず、ドリルの軸へと成れ果てた迷宮の主。


再び手にする。


それは魔導回路の脈動を受けて、バイザーの奥に紅い灯が宿ると、絶叫(回転)を始める。


超高速回転。


それはただの掘削ではない、空間そのものを磨り潰す「暴力」の顕現だった。


羅針盤が示す先は「真下」だ。

神話の時代、あらゆる命を育んだ土壌が存在した。


男は確信している。

それは今も、歴史の堆積層のさらに下で眠っている。


「……最後まで、掘り尽くす」


男はワンルームに戻ると、狭いキッチンで採掘の準備を始める。


ここは北方の「人間が最初に訪れた聖地」――ノス・グラードの辺境地。


作業台の隅では、ゴーレムが律儀にヘルメットを被り、強化されたシートベルトを締めていた。


――もう吹き飛ばされることは、無い。


世界の心臓部へと至る、垂直の旅路。

男は無造作に赤いレバーを倒した。


回転軸が悲鳴を上げ、炎の渦は陽炎を超えると、青き光の稲妻が弾け飛ぶ。


周囲の空気を根こそぎ掻き集め、爆ぜさせる「真空のドリル」が大地に喰らいついた。


鼓膜を蹂躙する破壊音。


シートを介し、背骨を垂直に突き抜ける衝撃。

荒ぶる機体は激痛のごとき振動を上げ、計器の針は光の尾を引く残像へと溶けた。


――止まることは、許されない。


鋼鉄の塊は「黒い流星」と化し、光を拒絶する深淵の先へと加速していく。


「……ッ! グッ!?」


脳を揺らす衝撃に視界が火花を散らした、その直後。

重力という名の鎖が千切れた。

ベルトの拘束だけが、投げ出されようとする身体を辛うじて現実に繋ぎ止めている。


――季節は、春。


「初物」の土属性ダンジョンを天ぷらにするには、最高の季節。


この時期のそれはアクが強く、下処理の「泥抜き」には、こうして重機で大地ごと抉り抜くような手間が欠かせない。


突如、ドリルが莫大な「黄金の脈」を食い破った。

噴き上がるのは、地圧が産んだ拳大のサファイア。


狂ったような輝きを放つ「数世紀の戦乱に値する至宝」は、しかし次の瞬間、超高速回転の刃に噛み砕かれ、無慈悲な粉塵へと成り果てる。


――刹那、漆黒の深淵に「輝くオーロラ」が舞い上がった。


破壊でしか描き得ない残酷な芸術が、止まることなく漆黒のキャンパスを掘削していく。


「……ッ、ふうッ……、加速だな」


男がレバーを一段押し込むと、静止の守護者が断末魔のピッチを上げた。


ゴーレムはとっくに吹き飛ばされて、どこかに転がっていた。


人類が未だ出会っていない至宝の宝石さえ、逃げる間もなく磨り潰されて「輝く蒸気」となり、深淵の彼方を彩っていく。


世界を蹂躙する破壊の音が響く中、男はレバーを手放した。


衝撃波が室内を突き抜けると、膝が床に叩きつけられる。

だが、その左手は屈せず、計量カップを握りしめる。

舞い上がる煤塵を裂き、真っ白な薄力粉がボウルへ吸い込まれていく。


計りの数値が乱高下する激しい縦揺れ。


壁に体を跳ね飛ばされながらも、正確に計量カップで薄力粉140gを捕まえてボウルに加える。


室内に巻き立つ、白い煙。


200mlの水が、噴水のように宙を舞いながらボウルを満たす。


壁に吹き飛ばされながら、殻が入らない様に卵を丁寧に割る。


粉のダマを、粘りを出さぬよう電光石火の速度で取り除く。


冷水は狂いなく――五度。


「衣が出来たな」




◇ ◇ ◇




外では金剛石を粉砕し、内では天ぷら粉の粘度を気にする。


そのあまりに歪なコントラストが、この部屋の日常だった。


垂直深度計は、前人未到の領域の遥か先を示していた。


男は慣性など無視して、赤いレバーを『静』の位置へと叩き込んだ。


衝撃は、ワンルームの空気を鋭く震わせた。


急停止の反動で、ボウルから溢れ出し、白く宙を舞った「天ぷら粉の飛沫」。

男は微動だにせず、ただその放物線を見つめる。


数秒の静寂。


空中に踊った純白の衣は、スローモーションのように男の手元へと吸い込まれ、吸い付くような正確さでボウルの中へと着地した。


「……見つけたぞ。『初物』だ」


一滴の汚れも、一粒の無駄もない。


完璧な静止の中で、男は冷静に、モニターの向こうに広がる獲物を見据えた。


照らし出されたのは胎動する『開花前』の迷宮。


数百年後に地表へ出現し、新たな実りをもたらす、未成熟な名も無き土属性迷宮。


だが、男の目には、それは瑞々しく肥大した「旬の根菜」にしか見えなかった。


咲いてからでは遅い。

繊維が硬くなり、二度と食用にならない。


「……今が、『旬』だ」


男は玄関の扉を開け、剥き出しの深淵へと足を踏み出した。


照らし出されたのは、萌黄色をした、重なり合った巨大な葉のような外殻。


まだ、ダンジョンの入り口すら形成されていない「迷宮の蕾」。

淡く発光しながら、ツヤツヤと引き締まっていた。


手を掲げる。


巨大な迷宮が掘り起こされる、大地の悲鳴。


男は瞬き一つせず、ただ世界が一点に凝縮される「重み」を全身で受け止めていた。


その手のひらに残ったのは、ひやりと冷たく、指先を湿らせるほどに瑞々しい緑の塊。


今や男の指先一つで握り潰せるほどの、儚い果実に成り果てていた。


世界から「豊穣の可能性」を一つ、奪い取った瞬間だった。


部屋に戻ると、再びドリルを起動した。


「……採り尽くす」


男は道すがら、目に付いた迷宮を片端から収穫した。

やがて、ようやく男が満足したころには、キッチンのザルは迷宮の山になっていた。


男は、ザルの中で迷宮を丸洗いする。

パンパンに膨れ上がった、爆発寸前の「生命の凝縮体」。


嫌な泥臭さはない。


男は油鍋の温度計を睨み、180度を一切の狂いもなく維持した。


「泥抜きはいらないな。このまま衣を薄くつけて、強火で一気にいこう」


衣を纏わせた『ダンジョン』を、熱せられた油へと静かに滑らせた。


――シュワアアアッ!


油鍋の中で、厚切りのダンジョンが弾けるような音を立てて金色の泡に包まれる。


立ち上る湯気には土の滋味と胡麻油の芳香が混じり、衣が小気味よく白く固まっていく。


揚げ物箸に伝わる軽やかさを合図に引き上げれば、薄衣の向こうでホクホクとした大地の甘みが完成していた。


「食べ頃だな」


外側はサクリと、内側には魔素の旨味が凝縮された究極。


『テンプラ・ダンジョン』。


男はそれに岩塩を振り、一口に運ぶ。

熱い衣の奥に、まだ大地の冷たさと、荒々しい生命力が残っている。


「これが、春の味か」


モニターの向こうでは、無残に蹂躙された岩盤が、断末魔を上げているようだった。


だが男は、揚げたての破壊の味に、ただ静かに目を細めた。


いつの間にかゴーレムが油鍋の隣で、道理を学ぶように正座していた。


そして、手早くいくつかを皿に乗せると、マスクをして駆け出した。


轟音と熱風が吹き荒れる屋根の上。

キリアンが指を鉄板に食い込ませて耐えていると、天井のハッチが「カタン」と開く。


――コトッ


へばり付く狂戦士の前に皿を置く。


「おい、……あ? ……ッ!」


スプレーボトルを取り出すと、反射的に静寂が駆け巡る。


静かに、それを口に運ぶ。


――サクッ


瞬間、キリアンの脳裏に「迷宮が生まれる前の、数千年の生命の鼓動」が駆け巡り、脳を焼き切った。


ついに見つけた『天使が残した、春の質感』。


ゴーレムは暫く観察すると、ハッチを閉めて消えた。


遥か頭上の地表。


循環を失い死に体となったダンジョンたちが、どろりと膿み始めていた。


溢れ出した致死の瘴気が、蹂躙するように大気に舞う。


冒険者どころか、異形の魔物さえ寄せ付けぬ絶望の圏域。


――世界の迷宮は、全て壊れた。


鋼鉄のワンルームは、なおも深淵へと、その傲慢な牙を突き立てていく。


だが、男は地上の変貌も、ましてや、次の瞬間に突きつけられる「真実」の正体さえ、予感することすら叶わなかった。


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