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下らない人間たちのやり取り

「たまたまギルドに強盗が入り、たまたま居合わせた兵士たちがギルドごと連れ去られた」


一呼吸の間。


「……依頼元は、偶然にも王弟の辺境伯であり、その鎮圧はこれまた偶然にも王弟の将軍」


ウィリアム王の謁見の間で頭を垂れる男、二人。


「この説明は、流石に苦しいのでは?」


辺境伯アリストンは想定内の事態を拾い上げる。

冒険者ギルドを一枚噛ませた危機管理。


「……不徳の致すところです」


重装騎士ヴァルターもまた、それに続いた。


「……最善を尽くし申した」


王は「次はない」とだけ突き放すと、謁見の間を退場した。


静まり返った玉座の間で、アリストンはゆっくりと顔を上げた。


兄である王の背中、その黄金の刺繍が、窓から射し込む陽光を反射してギラついている。


かつてはその輝きこそが、自分の命を懸けて守るべき「太陽」だと思っていた。


だが今、彼の肺を満たしているのは、あの男が置いていった、透明で暴力的なまでに清浄な「北の空気」だ。


それに比べれば、玉座を包む、煤けた歴史と誇りの臭いは……あまりに小さい。


アリストンは、隣で迷う弟、ヴァルターの肩に、そっと手を置いた。


慰めではない。


それは、「共犯者」という名の鎖を、自ら手繰り寄せるための仕草だった。


「……ヴァルター。兄上は、今、美しい『嘘』を欲しがっておられる」


アリストンの声は、かつての氷壁のような冷徹さを取り戻していた。


「だが、王国が守るべきものが『歴史ゴミ』だというのなら、私は喜んで、それを焼き払う準備もある」


ただ伝える事実。


ヴァルターが驚愕に目を見開く。

だが、アリストンは退場した王の背中を見ていなかった。


その重責を丸呑みにする、底知れない器が、重装騎士を追い詰める。


――板挟み。


末弟は、動けない。


「全ては民の為。――キリアンはもう当てにならない。我々で決めねば、ならない」


辺境伯は謁見の間を後にする。


威厳に満ちた足取りで、辺境伯は謁見の間を後にする。


そこは謀略が渦巻く戦場であり、一分の隙も許されない場所だった。


幼少のころから変わらぬ、広大な廊下。

冷え切った石造りの壁は、彼の孤独と責任を映し出す鏡のようだった。


幾つもの角を曲がり、辿り着く客間。


その重厚な扉を開けた瞬間、肺の奥を刺すような、鋭い冷気が鼻腔を突いた。


「お父様、……ぁ、――辺境伯閣下、公務ご苦労さまでした」


鈴を転がすような声。


辺境伯は顎で合図し、衛兵を退室させる。


冷酷な瞳が、部屋を一瞥する。

周囲に誰もいないことを確認し、ようやく強固に閉ざされていた口が開いた。


「……戻ったよ」


そして、その仮面が、舞い散る雪のように剝がれていく。


王にも、弟にも、決して悟らせなかった鎧の「軋み」が、深い吐息と共に漏れ出した。


「フィリス、調子はいいのか?」


「はい! お父様」


辺境伯はただ、目の前の奇跡を、抱きしめたかった。


だが、彼を縛る鉄の規律と、あまりにも脆い奇跡への恐怖が、その一歩を躊躇わせる。


「すぐ立ち去ってしまったから、よくわからない。……ただ、底の知れない、変わった男だったよ」


数日前からは信じられない、微かに赤みを帯びた健康な肌。


視線の先には、枕元に置かれた一つの小瓶。


瓶の中にそびえる白銀の古城――それは男に封じられるまで、ついに一度として陥落を許さなかった。




◇ ◇ ◇




その「不落」という不変の事実は、今、小さなガラスの中に永遠として固定されている。


部屋の隅々に溜まっていた、あのねっとりと重い薬草の匂い。

死を先延ばしにするためだけの淀んだ停滞。


それらが今、瓶から溢れ出した清冽な冷気に、強引に押し戻されている。


少女の運命を侵食する病魔を、白銀の城壁が「敵」と見なして拒絶しているかのようだった。

製作者である男ですら意図しなかった、神の領域の悪戯。


王宮で、実の兄であるウィリアム王と対等に渡り合い、冷徹な氷壁として恐れられる王弟の面影は、微塵もなかった。


柔らかな衣の擦れる音。


ベッドから立ち上がる少女。

指一本動かすことすらままならなかったはずの、細い足が床を捉える。


驚く辺境伯。


「お父様、いつかのように、また二人でお散歩をしてみたいです」


父親の仮面が完全に壊れた。


彼は膝をつき、壊れ物を扱うように愛娘を抱きしめると、咽び泣いた。


父親の心に、凍てついていた温度が戻って行く。


この瞬間、「冷徹な駒」としての辺境伯は半分死んだ。


これからは娘の為に、世界を敵に回してでも生きる事を決意した。


「……ああ、お散歩をしよう」


その慈愛に満ちた約束が、王宮の重い空気を溶かした、その時。


――ワンルーム。


手のひらの上で猛り狂う、三センチの火山。

かつて熱気に満ちていた一帯は、『火脈』を奪われ、今や死の永久凍土と化した。


その透明な牢獄に閉じ込められているのは、古の劫火山――盗まれた成れの果てだった。


男が瓶の蓋を、わずかに緩めた刹那、高圧の廃熱が隙間から爆ぜ、逃げ場を失った空気が鋭い悲鳴を上げた。


漏れ出した数千度の熱が、男のモノクルを白く灼く。


だが、男は眉ひとつ動かさず、一滴の熱、一瞬の変色から視線を逸らさない。


ピンセットで、王国軍が残した「残骸」を掴み上げると、無造作に投じた。


それは、一瞬で白熱の涙となり、重力を忘れて液状の「月」を描く。


男はピンセットを止め、銀色の液体に映る自身の歪んだ視線を見つめた。


「……お前の未練は、何に成る」


突いて行き場を正してやると、銀色の液体が「殺意の形」――すなわち、曲剣へと引き延ばされていく。


その「歪な生命の脈動」がピンセットを介して指に伝わった瞬間、男の唇が、微かに歪んだ。


そして、隣に置かれた瓶――「永久氷河」に白熱した刀身を突き刺した。


白熱した刀身が氷河に触れた瞬間、猛烈な水蒸気が視界を奪った。


鉄の焦げる不快な香りと古い氷の清浄な香気が、部屋の秩序をかき乱した。


何度も繰り返した、「完成」の香りだ。


男は小さく溜息をつくと、それは元の大きさに戻り、室内を焼くほどの輝きを放つ肉厚な曲剣になった。


集中が解けると、痛覚が思い出したかのように、鋭い腕の痛みを伝えた。


手早く柄を取り付けてヤスリで仕上げると、残骸は機能美だけを追求した芸術品へ変貌した。


その刀身を楽しむと、ミニチュアの大きさに戻した。


そして、鉄の箱の隣、頑丈なコレクションラックに向き直ると、『王国軍』と名付けた剣を収めた。


『――その正体は必ずや我が精鋭たちが白日の下にさらしてみせる!

このウィリアムが誓う。王国の剣は、未だかつて一度として敵に屈したことなど――』


ゴーレムがモニターの電源を落としていく。


最後のモニターは、いつの間にか扉の前に仁王立ちする人物を映した。


王国最強の猛将。


狂戦士――キリアン。


微動だにせず、ただ無言で仁王立ちしている。

キリアンは覗き穴の奥を射抜くように見据えたまま、呼吸一つ乱さない。


ゴーレムは男の目を盗んで、深淵のスープの備蓄を一つ取り出すと、鉄の箱に潜り込んだ。


――カタン。


玄関の扉には、キリアンが張り付いている。


振り向く、見開いた瞳。


「おい……、早く、くれよ」


狂戦士は跪き、手を差し出す。


ゴーレムは缶詰をその手に乗せた。


狂戦士は一気にスープを飲み干した。


「あ? ……お前、天使なのか?」


スッと、ゴーレムは鞄からミニスプレーボトルを取り出した。


――シュッ、シュシュッ!!


「あああああッ!」


ゴーレムは無言で、空になった缶詰を回収し、ピシャリと鉄の箱の扉を閉めた。


アルコールの匂いを纏い、顔を抑える大男だけが残された。


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