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期末テストと、放課後の図書室でふたりきり

季節はすっかり冬の入り口へと差し掛かっていた。


校庭の木々は葉を落とし、冷たい木枯らしが校舎の窓を叩く。

そして学園の風物詩とも言える、あの憂鬱な時期がやってきていた。


そう——期末テストの直前である。


「うぁぁぁ……絶対赤点だ……現代文も数学も死んだ……」


「佐藤、お前毎回それ言ってて平均点取ってるだろ」


「今回はマジなんだって! 特に数学Ⅱの微積! あんなの人間が解く問題じゃねえ!」


放課後のチャイムが鳴り響くなか、頭を抱える佐藤の声が教室に響く。


俺——藤野葵(ふじの あおい)は、苦笑しながら自分のノートをカバンに仕舞い込んだ。


(俺も数学はそこそこ得意だけど、今回のは確かに少し難易度が高いな……)


ふと視線をやると、斜め前の席で長谷川凛(はせがわ りn)が静かに日誌をまとめていた。


学年次席を誇る彼女にとって、期末テストなど恐るるに足らないイベントなのだろう。

相変わらず隙のない美しい横顔と、冷たい雰囲気を纏っている。


しかし、彼女はすれ違いざま、そっと右手で自分の「右耳たぶ」を触った。


(……『今日も後で行く』の合図だな)


俺はペンのノック音を二回響かせて返答した。


……だが、今日はいつもと少し状況が違っていた。


「あ、長谷川さん! すみません、生徒会から図書室の蔵書点検の手伝いを頼まれていて……」


図書委員の女子生徒が長谷川に駆け寄る。


「分かりました。今日の放課後、私が手伝います。他の皆さんはテスト勉強に集中してください」


「えっ、本当ですか!? ありがとうございます、長谷川さん……!」


冷徹に見えて、実は面倒見が良い氷山の副会長。

長谷川は静かに頷くと、ちらりとだけ俺の方へ視線を走らせた。


その瞳には『ごめんなさい、少し遅れるわ』という申し訳なさそうな色が滲んでいた。


◇


一時間後。

図書室。


テスト前の放課後ということもあり、残っていた生徒たちも一人、また一人と帰り始め、気づけば図書室には俺と長谷川の二人だけになっていた。


静寂が包む広い部屋。

窓の外からは、冷たい風が葉を揺らす音だけが聞こえてくる。


「……お待たせ、葵」


蔵書点検を終えた長谷川が、小さな足音を立てて俺の座る閲覧席へと歩み寄ってきた。


「お疲れ様、長谷川さん。手伝い、大変だったね」


「ううん……生徒会の仕事だから。それより……遅くなってごめんなさい」


長谷川は向かいの席ではなく、なぜか俺の『隣の席』にそっと腰を下ろした。


ふわりと漂う、彼女の甘く清潔なシャンプーの香り。

制服の袖が触れ合いそうなほど近い距離に、俺の胸が跳ね上がる。


「あのね、葵……」


「うん?」


「……今日はお店に行けないから……ここで、少しだけ一緒に勉強……してもいいかしら?」


長谷川は鞄から自分のノートと問題集を取り出しながら、上目遣いで俺を伺ってきた。

少しだけ照れくさそうに、耳たぶを真っ赤に染めながら。


「もちろん。長谷川さんに教えてもらえるなら、むしろありがたいよ」


「……ふふ、任せて。これでも学年二位だから」


嬉しそうに胸を張る長谷川。

学校でのクールな顔とは違う、俺の前だけで見せる誇らしげな表情がたまらなく愛おしい。


◇


「——ここはね、この公式をそのまま当てはめるんじゃなくて、一度展開してから因数分解するのよ」


「あ……なるほど、ここで一度まとめるのか」


「そう。葵は計算のスピードは速いから、こういう引っ掛けパターンさえ気をつければ完璧よ」


長谷川が身を乗り出すたび、彼女の綺麗な黒髪がサラリと俺の肩にかかる。


(……近すぎる……集中できない……!)


長谷川の手元から伸びる白い指先と、ノートに走る美麗な文字。

そして何より、すぐ隣から伝わってくる体温と吐息。


昨日のクローゼットの中での密着を思い出してしまい、俺の顔は熱を帯びていく。


「……葵? どうかしたの? 顔が赤いわよ」


「えっ!? あ、いや……なんでもない! ちょっと部屋が暖かいかなって……!」


「そう……? 図書室、暖房があまり効いてない気がするけれど……」


長谷川は不思議そうに首をかしげると、自分の両手をすりすりと擦り合わせた。

よく見ると、彼女の細い指先が少し白くなっている。


「長谷川さん、寒いの?」


「……少しね。手先が冷えやすくて……」


そう言って、自分の手に「はぁー」と温かい息を吹きかける長谷川。

その無防備で可愛らしい仕草に、胸がキュッと締め付けられた。


俺は鞄の中から、登校時に使っていた温かいカイロを取り出した。


「これ、使う? まだ温かいから」


「え……? でも、葵の……」


「俺は大丈夫だから。はい」


俺がカイロを差し出すと、長谷川はそっと手を伸ばした。

その瞬間——指先と指先が、しっかりと触れ合った。


「——っ!?」


ひんやりとした彼女の指先と、俺の温かい手。

電撃が走ったかのように、二人の動きが止まる。


長谷川は目を見開き、耳まで真っ赤に染め上げながら、固まっていた。


「あ……ごめん……!」


慌てて手を引こうとした俺の手を——ギュッと、力強く掴み返してきたのは、長谷川の方だった。


「……っ……引かないで……」


「長谷川さん……?」


「……冷たいの……葵の手、すごく温かいから……少しだけ、このままにさせて……」


消え入りそうな、震える声。


長谷川は両手で俺の右手を包み込むように握りしめ、そのまま自分の頬へと押し当てた。


「……温かい……」


うっとりと瞳を閉じる長谷川。

彼女の柔らかい頬の感触が、俺の手のひらに直接伝わってくる。


夕暮れの橙色の光が、静かな図書室に差し込み、二人を優しく包み込んでいた。


(……やばい、本当に心臓が破裂する……!)


甘い沈黙が流れる。

聞こえるのは、風の音と、お互いの激しい鼓動の音だけ。


恋人同士ではない。

テスト前の、放課後の図書室で勉強をしているだけの関係。


けれど、互いを想う熱体温は、冷えた冬の空気すら溶かしてしまうほど甘く、確かなものだった。


「……葵」


「うん……?」


「……私ね……葵と一緒にいられるなら……テストなんて、ずっと続けばいいのにって……思っちゃったわ……」


「……それ、図書委員長が聞いたら泣くよ」


「ふふ……内緒にしておいてね」


悪戯っぽく微笑む長谷川。


お互いの気持ちを直接言葉にしなくても、交わした温もりと秘密の共有が、二人の距離を確実に縮めていくのだった。


(第9話 おわり)

お読みいただきありがとうございました!


第9話では、冬の訪れを感じさせる放課後の図書室で、ふたりきりの甘い勉強会タイムをお届けしました!

手を重ねるシーンや頬を寄せる長谷川さんの甘え姿を楽しんでいただけましたでしょうか?


【読者の皆様へお願い】

「長谷川さんの甘え方が最高すぎる!」「甘甘すぎてニヤニヤが止まらない!」と思っていただけましたら、

ページ下部の**【ブックマーク追加】や【評価(★★★★★)】**をいただけますと、毎日の執筆の大きな大きな励みになります!


次回第10話は**「期末テスト終了!ご褒美の特製クリスマス直前スイーツ」**をお送りする予定です。

ぜひブックマークしてお待ちください!

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