休日の街角と、氷山女子の私服姿
日曜日の午後。
陽しが心地よく降り注ぐ街の商店街は、買い物客や家族連れで賑わっていた。
俺——藤野葵は、新作スイーツの材料を仕入れるため、少し離れた駅前の大型スーパーへ足を運んでいた。
(次の新作は、旬の洋梨を使ったタルトにするか、それとも抹茶のパルフェにするか……)
メモ帳を片手に、製菓材料の専門店が並ぶエリアを歩いていた、その時だった。
「……あ」
通り沿いにあるお洒落な雑貨屋の店先で、足を止めている一人の少女が目に入った。
透き通るような白い肌に、腰まで伸びた綺麗な黒髪。
白のフリルブラウスに、落ち着いた紺色のロングスカート。
清楚で、どこか育ちの良さを感じさせる洗練された私服姿。
学校の制服姿とはまた違った魅力を放つその少女は——長谷川凛だった。
(……長谷川さん!?)
全校生徒が恐れる『氷山の副会長』。
私服姿の彼女は、いつも以上に目を引く美しさで、すれ違う通行人たちも思わず振り返るほどだった。
長谷川はショーウィンドウに飾られた、小さな猫のぬいぐるみキーホルダーをじーっと見つめている。
その瞳は、学校で見せる冷酷なものではなく、まるで幼い子供のようにキラキラと輝いていた。
(……可愛いな、おい)
声をかけるべきか迷っていると、長谷川の後ろからチャラそうな二人組の男が近づいていくのが見えた。
「ねえねえ、お姉さん! 一人? これから僕たちとお茶しない?」
「私服めっちゃ可愛いじゃん! LINE教えてよ!」
あっという間に長谷川の左右を挟み込む男たち。
長谷川の身体が瞬時に硬直した。
彼女はすっと一歩引き、氷点下の冷たい視線で男たちを睨みつける。
「……遠慮します。私に近づかないでいただけますか。……迷惑です」
完璧な塩対応。
しかし、男たちは「うわ、ツンツンしててイイじゃん!」「ちょっとだけでいいからさ!」とヘラヘラ笑いながら、しつこく腕を掴もうとしていた。
長谷川の手が、不安そうに自分のスカートの裾をぎゅっと掴むのが見えた。
(——あいつら、しつこすぎる!)
俺は迷わず足を進め、長谷川と男たちの間に割り込んだ。
「すみません、彼女、友達と待ち合わせ中なんですけど」
「あ……? なんだお前——」
俺が毅然とした態度で男たちを睨み返すと、周りの視線も集まり始めたことに気づいたのか、男たちは「チッ、なんだよ不発かよ」と捨て台詞を残して去っていった。
◇
「大丈夫だった、長谷川さん?」
男たちが去った後、俺が振り返って声をかけると、長谷川は目を見開いて固まっていた。
「あ……葵……? なんで、ここに……?」
「新作の材料を買いに来たんだよ。長谷川さんが困ってるのが見えたからつい」
「っ……!」
長谷川の顔が、みるみるうちに耳まで真っ赤に染まっていく。
彼女は慌ててブラウスの襟元を引き上げ、口元を隠しながら、うろたえたように視線を泳がせた。
「み、見られた……。私服……見られた……っ」
「え? すごく似合ってるよ。制服の時とは雰囲気違って、すごく素敵だと思う」
「〜〜〜っっ! バ、バカ葵……! そういうこと、外で平然と言わないでよ……っ!」
両手で顔を覆ってしまう長谷川。
指の隙間から覗く瞳は潤んでいて、完全にパニックになっている様子だった。
「……とりあえず、ここは人が多いから移動しようか。近くに静かな公園があるから」
「……う、うん……」
長谷川は小さく頷くと、遠慮がちに俺の服の裾をキュッと掴んできた。
街中で人目が気になるはずなのに、離れようとしないその手に、俺の心臓は激しく高鳴った。
◇
駅から少し離れた、静かな公園のベンチ。
自動販売機で買った温かい缶ミルクティーを渡すと、長谷川は「……ありがとう」と小声で受け取り、両手で包み込むように持った。
「……さっきは、助けてくれてありがとう……」
「ううん。無事でよかったよ」
二人の間に、少し甘くて気まずい沈黙が流れる。
放課後の後廚とは違う、青空の下での独処。
私服の長谷川が隣に座っているという事実だけで、俺の胸は締め付けられそうだった。
「……長谷川さん、さっき雑貨屋で猫のキーホルダー見てたよね」
「っ!? な、なんで知ってるのよ……!」
「だって、すごく愛おしそうな目で見つめてたから」
「うぅ……見ないでよ……。私だって、可愛いものが好きなの……。でも、学校じゃそんな顔見せられないし……」
膝を抱えて、小さくなる長谷川。
『氷山の副会長』という完璧な仮面を被り続ける彼女が、どれだけ日常で緊張し、無理をしているのかが伝わってきた。
「いいんじゃない? 可愛いものが好きだって。俺の前では、無理して氷山でいなくていいんだから」
「……っ」
長谷川がゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、今まで見せたことのないほど深い愛おしさと、照れくささが入り混じっていた。
「……葵は……ズルい……」
「え?」
「……いつも、欲しい言葉を……そうやって優しく言ってくる……」
長谷川はそっと手を伸ばし、俺の制服……ではなく、私服の上着の袖を強く握りしめた。
「……学校では、話しかけられないから……」
「うん」
「放課後も、少しの時間しか一緒にいられないから……」
「うん」
「……今日、葵に会えて……すごく、嬉しかった……」
消え入りそうな声。
でも、しっかりと俺の心に届いたその言葉。
彼女の耳たぶは、真っ赤に熟した熟したイチゴのように赤く染まっていた。
「……っ! 今のは、忘れて! ただの独り言だから……っ!」
慌てて顔を背ける長谷川。
だが、握られた袖の力は強くなるばかりで、解かれる気配は一切なかった。
(……こんなの、好きにならないわけがないだろ……)
お互いに気持ちは言葉にしない。
恋人という関係に進むには、まだ少し時間がかかるかもしれない。
けれど、休日という特別な時間に刻まれたこの出来事は、二人だけの『秘密協定』をより一層、甘く確固たるものにしていったのだった。
(第5話 おわり)
お読みいただきありがとうございました!
第5話では、放課後を飛び出して『休日の私服デート(?)』をお届けしました!
長谷川さんの私服姿と、少しずつ漏れ出る素直な本音を楽しんでいただけましたでしょうか?
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「私服の長谷川さんが可愛すぎる!」「二人の距離感にキュンキュンする!」と思っていただけましたら、
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次回第6話は**「月曜日の学校。休日を経て、少しだけ変わった距離感」**をお送りする予定です。
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