放課後のスリルと、独占欲全開の甘いご褒美
四月中旬。
新学期が始まって二週間が経ち、新しいクラスの雰囲気にもすっかり慣れてきた頃。
放課後の教室で、私は翌日の生徒会提出用の書類をまとめていた。
斜め前の席では、長谷川凛が優雅な手つきで自分のペンを走らせている。
「ねえ、葵」
周囲に他の生徒がいないことを確認してから、長谷川がすっと振り返り、潤んだ瞳で私を見つめてきた。
「どうしたの、凛」
「今日の放課後……いつものお店、行くわよね? 昨日言ってた、新しいタルトの試作品、私にも一番最初に食べさせてよね」
「もちろん。君が一番のテスターに決まってるだろ」
その言葉を聞いた瞬間、長谷川の美しい頬にふわっと満面の笑みが広がり、嬉しそうに頷いた。
学校では相変わらず「冷徹で近寄りがたい氷山の副会長」を演じている彼女だが、二人きりの時や、こうして目を合わせる瞬間に見せる笑顔は、世界で一番可愛くて甘い。
——だが、その平穏な放課後に、思わぬ「乱入者」の影が忍び寄っていた。
「おい藤野! まだ残ってんのか? 生徒会の仕事手伝ってやろうか?」
突然、大声で教室のドアをガラガラと開けながら入ってきたのは、佐藤だった。
私は反射的に背筋をピンと伸ばし、長谷川は一瞬で「氷山の副会長モード」へと表情を切り替えた。
「お、佐藤か。いや、もうすぐ終わるから大丈夫だよ。お前こそ、部活はいいのかよ?」
「今日の部活は休みだからさ! でさ、このあと一緒に駅前の新しいゲーセンでも行こうぜ……って、あれ?」
佐藤はチラリと斜め前の長谷川に視線をやり、なぜかニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「なぁ藤野、お前さ……最近やけに長谷川さんと仲良くね? なんかこう、放課後も二人でコソコソしてるって噂もあるし……まさかお前、氷山を溶かしちゃった系男子だったりする?」
——ギクリ。
心臓が跳ね上がるのを感じたが、私は必死にポーカーフェイスを保った。
「ば、馬鹿なこと言うなよ! 生徒会の書類のことで話す機会が多いだけだろ!」
「そうよ、佐藤くん。何か不満でもあって? 生徒会としての業務をこなしているだけですけれど」
長谷川も冷ややかな視線を佐藤に向け、完璧すぎる「氷山ボイス」で言い放った。
その圧倒的なプレッシャーの前に、佐藤はたじろぎながら両手を上げた。
「ひっ……! す、すいません副会長! ただの冗談です! じゃあ俺、先に帰るわ!」
佐藤は冷や汗を拭いながら、一目散に教室を飛び出していった。
教室の扉がバタンと閉まり、静寂が戻る。
「ふう……危なかった……」
私は小さく息をつき、額の汗を拭った。
だが、隣を見ると、長谷川はなぜか少し不満そうに、ぷっと頬を膨らませていた。
「……ちょっと、葵」
「ん? どうしたの、凛」
「さっき佐藤くんに『まさか氷山を溶かしちゃった系男子だったりする?』って言われたとき……あなた、すごく焦ってたわよね?」
「そりゃあ焦るだろ! 学校で付き合ってるなんてバレたら大騒ぎになるって!」
「それはそうだけど……でも、なんだか私との関係を隠し通そうとしているみたいで……少しだけ、悔しかったんだから……っ!」
長谷川はトコトコと私に歩み寄ると、ぐっと顔を近づけ、潤んだ瞳でじっと睨んできた。
その姿は怒っているというよりも、子犬が「もっとかまって」と駄駄をこねているようにしか見えなくて、愛おしさが爆発しそうになる。
「ごめんごめん。隠したいわけじゃないよ。ただ、二人だけの秘密の時間を大事にしたいからさ」
「……っ! そんなこと言われたら……怒れなくなっちゃうでしょう……バカ……っ!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向く長谷川。
私は優しく彼女の頭をポンと撫で、「さあ、お店に行こうか。今日の特製タルト、待ってるだろ?」と声をかけた。
◇
十五分後。
実家の洋菓子店『パティスリー・フジノ』の裏口。
鍵を開けて中に入り、二人きりの安全地帯にたどり着いた瞬間、長谷川の「氷山モード」は完全に融解した。
「ふぅ……やっと二人きりになれた……」
長谷川はカバンをソファに投げ出し、バタンと私の背中に抱きついてきた。
バックハグの体制。
彼女の柔らかい体温と甘い香りが、私を優しく包み込む。
「さっきの学校での仕返し、今すぐしてもいいかしら?」
「仕返しって……何をする気さ?」
「ふふ、お楽しみよ……。ほら、座って、葵」
長谷川は私をソファに座らせると、自分で買ってきたばかりの『特製宇治抹茶とホワイトチョコのタルト』を小さく切り分け、フォークに載せた。
「はい、あーんして、葵」
「え、自分で食べるよ……?」
「ダメ! さっき学校で私との関係を隠そうとした『お仕置き』なんだから、素直に食べなさい!」
少し意地悪そうに、でも蕩けるような笑顔でフォークを差し出してくる長谷川。
逆らえない可愛さに負け、私は素直にパクッと口を開けてそれを食べた。
「どう……? 私の愛情たっぷりの、お仕置きの味は……?」
「……最高に甘くて、美味しいよ」
「でしょ?〼 ふふ、これからもずっと、私だけの甘えん坊でいてよね、葵」
満足そうに微笑んだ長谷川は、そのまま私の隣にピッタリと寄り添い、自分の頭を私の肩に預けた。
外の夕暮れが街をオレンジ色に染めていく中、二人で分け合うタルトの味は、世界で一番甘くて、最高に幸せな味がした。
(第26話・おわり)




