ホワイトデーの足音と、秘密の仕込みの目撃者
三月上旬。
肌を刺すような冬の寒さも和らぎ始め、春の足音が少しずつ近づいてくる季節。
校内では、先月のバレンタインの話題が落ち着いたかと思えば、今度は男子たちが頭を悩ませる一大イベント——そう、ホワイトデーの話題で持ちきりになっていた。
「なぁ藤野! お前、先月のバレンタインで長谷川副会長からガチのやつもらっただろ!? お返し、一体何返す気だよ!?」
お昼休み、佐藤が自分の席からガバッと振り返り、ものすごい熱量で問い詰めてきた。
「え? まあ、それなりに考えてるけど……」
「『それなり』って何だよ! 相手はあの『氷山の副会長』だぞ!? 下手なもん渡したら即座に氷漬けにされて生徒会牢獄行きだぞ!?」
佐藤の必死すぎる例えに、私は思わず苦笑いを浮かべる。
(……氷漬けどころか、放課後になったら私の胸元でデレデレにとろけてる可愛い彼女なんだけどな……とは、絶対に言えないな)
「大丈夫だよ、ちゃんと喜んでもらえるものを準備するさ」
「むっ……その余裕、なんか腹立つけど頼もしいな……。まぁ、お前の実家はケーキ屋だし、期待してやっからな!」
佐藤がフンと鼻を鳴らして自分の席に戻っていく。
私は心の中でホッと息をつき、斜め前の席に視線をやった。
長谷川凛は、いつものように涼しい顔で読書をしている。
だが、よく見るとページをめくる指が妙にピクピクと痙攣しており、耳のあたりがほんのりとピンク色に染まっている。
(……絶対、ホワイトデーのことで頭がいっぱいになってるな、あれは)
誰もいない隙を突き、長谷川がすっと左手の薬指を二回トントンと叩いてみせた。
——『今日の放課後、絶対に遅れないで来てよね』という、無言のプレッシャーと期待が入り混じった可愛い合図だった。
◇
放課後。
私は図書委員の仕事を猛スピードで片付け、実家の洋菓子店『パティスリー・フジノ』の裏口へと急いだ。
鍵を開けて厨房に入り、エプロンを装着する。
ホワイトデーのお返しとして私が選んだのは、先月の彼女のチョコに対する最高級のアンサー——『特製ホワイトショコラ・ムース、ベリーのジュレ包み』だ。
純白のホワイトチョコレートを使ったなめらかなムースの中に、彼女の大好きな甘酸っぱいベリーのジュレを閉じ込めた、見た目も華やかな一品。
彼女が驚く顔を想像しながら、私は真剣な表情でグラサージュ(チョコレートのコーティング)の作業に没頭していた。
——その時だった。
ガチャリ。
勝手口の鍵が、静かに開いた。
「お疲れ様、葵……って、あれ?」
入ってきたのは、制服姿の長谷川だった。
彼女はいつものように私の胸元へ飛び込んでくる……はずが、厨房の作業台に並ぶ純白のスイーツを見た瞬間、ピタリと動きを止めた。
「……これ、は……?」
しまった、いつもより準備に夢中になりすぎて、彼女が来る時間の計算が少しズレていた!
「あ、えっと、凛……? その、これはですね……」
「葵……あなた、今、何を作っていたの……?」
長谷川はゆっくりと、まるで獲物を狙う猫のような(ただし耳は真っ赤)鋭い眼光を向けながら、じりじりと作業台へと歩み寄ってきた。
「い、いや、別に怪しいものじゃなくて……その、来週のホワイトデーに向けて、試作を……」
「試作……?」
長谷川は作業台の上に置かれた『ホワイトショコラ・ムース』をじっと見つめ、そして私をジッと見上げた。
その瞳には、疑いの色……ではなく、隠しきれない期待と、猛烈な「知りたい欲」が渦巻いていた。
「それって……私への、お返し……?」
「……まぁ、そうだけどさ。まだ完成形じゃないし、ホワイトデー当日にサプライズで渡すつもりだったんだから、そんなにジッと見ないでよ」
私が少し照れくさそうに頭を掻くと、長谷川の表情が一瞬でパァッと華やいだ。
「す、サプライズだったの……!? うそ……私、知っちゃいけない秘密を覗き見しちゃった……!?」
両手で自分の口を押さえ、バタバタと可愛いパニックを起こす長谷川。
学校での「氷山の副会長」の威厳は、この瞬間完全に消え去っていた。
「別に、見られたからって困るわけじゃないよ。味見してみる?」
「えっ……! いいの……!?」
「うん。ちょうど君の意見も聞きたかったところだしさ」
私が小さく切り分けたムースを皿に載せて差し出すと、長谷川はまるで宝物を見るような目でそれを見つめ、フォークで一口すくってそっと口へと運んだ。
「……っ!」
食べた瞬間、長谷川の目が丸くなり、その場に崩れ落ちそうなほど美しい笑みが広がった。
「んん〜っ……♡ なにこれ……美味しい……っ!」
「どう? 甘すぎない?」
「うんっ! ホワイトチョコのまろやかな甘さと、中のベリーの酸味が絶妙にマッチして……口の中でとろける……! こんなの、絶対もらったら女の子はみんな気絶するわよ……!」
大興奮で感想をまくし立てる長谷川。
そんなに喜んでもらえるなら、徹夜して試作を重ねた甲斐があったというものだ。
「よかった。君の口に合ったなら一安心だね」
「……ねえ、葵」
「ん?」
長谷川は急にスッと真面目な顔に戻り、私の目の前まで歩み寄ってきた。
そして、私のエプロンの裾をキュッと掴み、上目遣いでじっと見つめてくる。
「ホワイトデー当日まで、これを隠しておくなんてズルいわ……。私、毎日このムースのこと考えちゃって、学校の授業に集中できなくなっちゃうかもしれない……責任取ってよ」
「え、責任って言われても……じゃあ、毎日一口ずつ味見させてあげようか?」
「っ……! 毎日それはそれで反則よ……!」
顔を真っ赤にしてぷっと頬を膨らませる長谷川だが、その口元は隠しきれないほどにニヤけている。
彼女はそのまま、トスッと私の胸元に額を預けてきた。
「……でも、嬉しい。私のために、こんなに可愛いお返しを一生懸命考えてくれて……ありがとう、葵」
「どういたしまして。本番は、もっと盛大に驚かせてあげるから、楽しみにしててよ、凛」
「……うん! 楽しみにしてる……絶対、世界で一番幸せなホワイトデーにするんだから……!」
胸の中で小さく呟く彼女の体温は、春の訪れのように優しく、そして最高に温かかった。
ホワイトデー本番まで、あと少し。
二人だけの甘い時間は、さらに加速していくのだった。
(第23話・おわり)
お読みいただきありがとうございました!
第23話では、ホワイトデーのお返しを巡る秘密の試作と、長谷川さんの可愛すぎる「フライング目撃リアクション」をお届けしました!
ホワイトショコラ・ムースを巡る二人の甘々やり取り、楽しんでいただけましたでしょうか?
【読者の皆様へお願い】
「ホワイトショコラ・ムースが美味しそう!」「長谷川さんのフライングデレが可愛すぎる!」と思っていただけましたら、
ページ下部の**【ブックマーク追加】や【評価(★★★★★)】**をいただけますと、毎日の執筆の大きな大きな励みになります!
次回第24話(ホワイトデー本番&さらなる大甘展開)もお楽しみに!




