本命チョコと、ふたりきりのバレンタイン
二月十四日。
校内は朝からどこか浮足立った、独特の熱気に包まれていた。
下駄箱を開ければ誰かの視線を感じ、廊下を歩けば女子たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。
男子生徒たちは終始ソワソワとし、授業中も落ち着かない様子で机の横や鞄の中を気にしていた。
「おい藤野……今日、マジで誰もチョコくれねぇ……俺の青春、終わったかもしれん……」
昼休み、佐藤が魂の抜けたような顔で私の机に突っ伏した。
「まあまあ、まだ放課後があるじゃないか。部活のマネージャーとかからもらえるかもしれないだろ?」
「慰めんなよぉ! そういうお前はどうなんだよ? 机の中とか下駄箱、確認したか?」
「いや、全く。俺はただの実家の手伝い要員だからね」
苦笑いしながら答える私だったが、実はカバンの中に一つだけ、特別な「約束」が仕込まれていた。
今朝、登校途中に届いたLINE。
『今日の放課後、絶対にどこにも寄り道しないで真っ直ぐお店に行きなさい。遅れたら承知しないわよ』
短い文面だったが、その裏に隠された彼女の緊張と期待が痛いほど伝わってきた。
チラリと斜め前の席に視線をやると、長谷川凛はいつものように完璧な「氷山の副会長」の姿勢で教科書を開いていた。
……だが、その手元にあるペンは微かに震えており、耳たぶは熟した苺のように真っ赤に染まっている。
(……可愛いな、本当に)
誰も見ていない一瞬を突き、長谷川がすっと左手の指先で小さくハートの形を作ってみせた。
——それが、『今日のために、死ぬほど頑張って作ったから覚悟しなさい』という、二人だけの秘密のメッセージだった。
◇
放課後、終業のチャイムが鳴ると同時に、私は急いで荷物をまとめて教室を後にした。
実家の洋菓子店『パティスリー・フジノ』の裏口。
鍵を開けて厨房に入り、エプロンに身を包んで待つこと約十分。
コン、コン、コン——。
いつもより少し控えめな、でも確かなノック音が響いた。
私が扉を開けると、そこには両手で小さな可愛らしいラッピング袋を抱えた、制服姿の長谷川が立っていた。
「お、お疲れ様、凛……」
「……っ! お、お疲れ様……葵……」
長谷川はパタンと扉を閉めると、そのまま足早に私との距離を詰め、息を呑むほどの至近距離で立ち止まった。
彼女の顔は今にも火が噴き出しそうなくらい真っ赤で、潤んだ瞳が震えている。
「り、凛……?」
「……だ、黙って……! 今、私、心臓が爆発しそうなの……話しかけられたら、逃げ出しそうになるから……っ!」
必死に強がりながらも、長谷川はキュッと唇を噛み締め、抱えていた袋を両手で私に向かって突き出してきた。
「ほ、はい……! これ……っ! バレンタインの……チョコ……っ!」
「え……これ、凛が作ってくれたの……?」
「当たり前でしょう……! 他の誰にあげるっていうのよ……! 昨日の夜、何回も何回も失敗して……夜遅くまでかかって作ったんだから……っ!」
上目遣いで、恥ずかしさと愛おしさが混ざり合った最高に可愛い表情で私を見つめてくる長谷川。
私がそっとその袋を受け取ると、中には綺麗にラッピングされた『特製生チョコレート』が入っていた。
「開けて……食べてみて……。葵の口に合うか、すごく不安だけど……」
「ありがとう、凛。すごく嬉しいよ。さっそくいただきます」
私がリボンを解き、一粒の生チョコを口へと運ぶ。
濃厚なカカオの香りと、口に入れた瞬間にトロりと溶け出す極上の滑らかさ。そして、ほんのりと香る洋酒と甘酸っぱいフランボワーズの風味。
「……っ! う、うまい……! これ、本当に凛が一人で作ったの……!?」
驚きで目を見開く私を見て、長谷川はホッと安堵したように胸を撫でおろした。
「ふ、ふん……! 言ったでしょう、『葵だけの特別な隠し味』を入れるって。あなたが前に『フランボワーズと生チョコの組み合わせが好きだ』って言ってたから……隠し味に、少しだけそのソースを練り込んだのよ……」
照れくさそうに視線を泳がせる長谷川。
私の好みをちゃんと覚えていてくれて、私のために夜遅くまで何度も試行錯誤して作ってくれたのだと思うと、胸の奥が熱いもので満たされていく。
「凛、本当にありがとう。世界で一番おいしいチョコだよ。……いや、世界で一番幸せなチョコだ」
「——っ!?」
ストレートな言葉に、長谷川の顔が再び茹でダコのように赤くなった。
彼女は言葉を失い、恥ずかしさの限界を迎えたように両手で顔を覆うと、トスッと私の胸元に額を預けてジタバタし始めた。
「あ、あなたって人は……! どうしてそういう照れることを平気で言えるのよ……! ズルい……ズルすぎるわよバカ葵……っ!」
「本当のことだもん。こんなに心のこもったチョコ、他にあるわけないよ」
私はそっと腕を回し、彼女の華奢な体を優しく抱きしめた。
長谷川もまた、小さく息を漏らしながら、私の制服の背中をキュッと両手で掴み返してきた。
「……ねえ、葵」
「ん?」
「……義理チョコなんて、誰にもあげてないからね。佐藤くんにも、他の男子にも……。私のチョコは、一生……葵だけのものなんだから……」
腕の中で、小さく、でもはっきりと独占欲を露わにする長谷川。
学校での冷徹な「氷山の副会長」の面影はどこにもない。ここには、私だけに全てを委ねてくれる、愛おしすぎる彼女がいるだけだった。
「うん。俺も、凛以外のチョコなんていらないよ」
「……ほんと……? 約束……ね……」
長谷川は安心したように微笑むと、私の胸に顔を埋めたまま、ゆっくりと瞳を閉じた。
甘いカカオの香りと、二人だけの温かい体温。
放課後の小さな厨房で交わした二人の約束は、どんなスイーツよりも甘く、心深くに刻まれるのだった。
(第22話・おわり)
お読みいただきありがとうございました!
第22話では、バレンタイン本番の「特製生チョコ」と、長谷川さんの甘すぎる本音&抱擁をお届けしました!
氷山副会長の究極のデレと「私だけのもの」という独占欲、楽しんでいただけましたでしょうか?
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「手作り生チョコのシーンが甘すぎて悶絶した!」「長谷川さんの抱きつきデレが尊すぎる!」と思っていただけましたら、
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次回第23話(ホワイトデーのお返し準備&さらなる甘々展開)もお楽しみに!




