↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/28

バレンタインの前触れと、特別な甘さの隠し味

二月中旬。

大雪が過ぎ去ったあとの街には、どこか甘く、そわそわとした空気が漂い始めていた。

そう——もうすぐバレンタインデーがやってくる。

放課後の教室。

男子生徒たちは「今年は何個もらえるか」なんてくだらない話題で盛り上がり、女子生徒たちは放課後の予定をヒソヒソと話し合っている。

「おい藤野、お前はどうなんだよ? 実家がケーキ屋なんだから、チョコなんて貰うより作る側か?」

佐藤が自分の席の背もたれに肘をかけながら、ニシシと笑って話しかけてきた。

「まあね。この時期は店の繁忙期だから、チョコの仕込みで大忙しだよ」

「ふーん、つれないねぇ。まあお前、女子と浮いた話もないしなぁ……あ、でも長谷川副会長に義理チョコ頼んでみたら? 秒で凍殺されそうだけど!」

佐藤が大笑いする横で、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

(……佐藤、お前が『秒で凍殺される』と思っている長谷川副会長だけどさ……)

チラリと斜め前の席に視線を遣る。

長谷川凛(はせがわ りん)は、いつものように凛とした姿勢で生徒会の書類に目を通していた。

だが、そのペン先は完全に止まっており、耳たぶがほんのりと桜色に染まっている。

(……昨日から『バレンタインに何が欲しい?』って、LINEで遠回しに聞いてきてるんだよな……)

誰も見ていない隙を突き、長谷川がすっと右手で髪を耳にかけるフリをした。

——それが『今日の放課後、とびきり甘いやつを作って待ってて』の、二人だけの合図だった。

◇

放課後、十五分後。

実家の洋菓子店『パティスリー・フジノ』の裏口。

勝手口の鍵を開け、エプロンを身につけた直後。

コン、コン、コン——。

軽やかなノック音とともに扉が開き、制服姿の長谷川が滑り込んできた。

「お疲れ様、凛。今日も早かったね」

「お疲れ様、葵……! もう、学校での男子たちのバレンタインの話題、うるさくて集中できなかったわ……」

長谷川はパタンと扉を閉めると、カバンを置いてふぅと息を吐き出した。

そして、そのまま吸い寄せられるように私の目の前まで歩み寄り、制服の裾をギュッと掴んできた。

「ねえ、葵」

「ん?」

「……さっき、佐藤くんと何話してたの? 『チョコ貰うより作る側』とか言ってたけれど……私からのチョコは、別枠でしょう?」

上目遣いで、少し嫉妬の混じった瞳で私を見つめてくる長谷川。

学校での冷徹な副会長の面影は皆無で、目の前にいるのはただただ甘えたい盛りの可愛い彼女だった。

「もちろん、別枠に決まってるだろ。凛の手作りチョコなら、世界中のどんな高級チョコより楽しみだよ」

「〜〜〜っ! そういうこと、サラッと言うの禁止……っ!」

顔を真っ赤にして、トスッと私の胸に額を預けてくる長谷川。

その可愛さに心がギュッと締め付けられる。

「はいはい。じゃあ今日は、バレンタイン本番に向けた『特製トリュフ・ショコラ』の試作に付き合ってもらおうかな」

「えっ!? トリュフ!? 食べる食べる! 私、葵の作るトリュフ大好き!」

パッと顔を輝かせ、すっかり子供のように瞳をキラキラさせる長谷川。

さっきまでの強がりはどこへやら、一瞬で「甘党モード」全開だ。

◇

厨房の作業台に並び、二人でチョコのコーティング作業を始める。

溶かした濃厚なベルギー産チョコレートの甘い香りが、厨房全体に満ちていく。

「ねえ葵、トリュフの表面に粉糖をまぶす作業、私にやらせて!」

「いいよ。じゃあ、このふるいを使って優しく振りかけてね」

長谷川は真剣な表情でボウルの上に粉糖を振っていく。

だが、集中しすぎるあまり、鼻の頭にちょこんと白い粉糖がついてしまった。

「ふふ、凛。鼻に砂糖がついてるよ」

「えっ? どこ……? 取れた……?」

両手でゴシゴシと頬を擦る長谷川だが、肝心の鼻の頭の粉糖は取れていない。

「違う違う、そこじゃなくて——」

私はそっと手を伸ばし、彼女の鼻の頭についた粉糖を指先で優しく拭い取った。

そして、その指先を自分の口元に運んでパクッと舐めて見せた。

「……うん、甘い」

「——っ!?!?」

その瞬間、長谷川の動きが完全に停止した。

彼女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まり、頭から湯気が出そうなほど赤面していく。

「あ、あなた……な、ナチュラルのタラシなの……っ!? いまの、反則……反則すぎるわよバカ葵……っ!」

「え? ただ拭き取っただけだけど……」

「そういう問題じゃないわよ……っ! 私を心臓麻痺で倒れさせる気……!?」

長谷川は両手で顔を覆い、バタバタと足を踏み鳴らしながら厨房の隅で丸まってしまった。

そのあまりの照れ様に、私もつられて照れくさくなってしまう。

「ご、ごめんって。ほら、トリュフ完成したから、一緒に食べよう?」

私が冷蔵庫で冷やし固めたばかりの『特製フランボワーズ・トリュフ』をお皿に載せて差し出すと、長谷川は指の隙間からチラリとこちらを覗き込んだ。

「……食べる……葵が作ってくれたんだから、絶対食べる……」

トコトコと戻ってきて、ソファに並んで腰掛ける。

長谷川はピックでトリュフをひとつ持ち上げると、小さな口でパクッと頬張った。

「んん〜っ……♡」

一口食べた瞬間、彼女の顔から照れが一瞬で消え去り、至福の笑顔が広がった。

「……美味しい……! チョコの濃厚な甘さの中から、甘酸っぱいフランボワーズのソースがとろっと溢れ出て……最高……!」

「よかった。バレンタインの限定メニューはこれで決まりだな」

「……ねえ、葵」

「ん?」

「……このトリュフ、お店で売るんでしょう?」

「うん、その予定だけど」

長谷川は少しだけ不満そうに唇を尖らせ、私の袖をキュッと引っ張ってきた。

「……ダメ。こんなに美味しいの、他の人にあげたくない……。本番のバレンタインの日は……もっと、私だけの『特別な隠し味』を入れたチョコ、作ってあげるんだから……」

「凛だけの特別な隠し味……?」

「ふ、ふん! 当日まで秘密よ! 楽しみにしてなさい!」

長谷川はプイッと横を向いたが、その耳たぶは真っ赤で、口元は隠しきれないほど甘く緩んでいた。

外の風はまだ冷たいけれど、この小さな厨房の中で二人で分け合う甘いトリュフと、密かな約束。

来週やってくる本番のバレンタインが、今から待ち遠しくてたまらなかった。

(第21話・おわり)

お読みいただきありがとうございました!


第21話では、バレンタイン前夜祭としての「手作トリュフ試作」と、長谷川さんの鼻についた粉糖をめぐる甘々アクシデントをお届けしました!

氷山副会長の独占欲と可愛すぎるデレ顔、楽しんでいただけましたでしょうか?


【読者の皆様へお願い】

「粉糖を舐めるシーンでキュン死した!」「バレンタイン本番が楽しみすぎる!」と思っていただけましたら、

ページ下部の**【ブックマーク追加】や【評価(★★★★★)】**をいただけますと、毎日の執筆の大きな大きな励みになります!


次回第22話もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。